2時間ほど電車で揺られていると、マラケシュに到着した。車やバイクの排気ガスの匂いに包まれた雑多とした通りを歩き、今晩の宿を目指す。その途中でジャマ・エル・フナ広場を見かけた。そこでは多くの屋台が店の準備を始めており、夜に向けて盛り上がりを見せていた。


宿に着き、チェックインを試みるのだが、受付の男は私の名前で予約など入っていないと言う。しかしそんなことを言われても、こちらには予約確定の連絡が届いているのだ。もう一度確認するよう男に頼むが、あろうことか男はあからさまに不機嫌になり、数分パソコンをいじってようやく予約の確認が取れたようだ。ぶっきらぼうな態度で部屋に案内され、それに多少の不満を感じながら荷を下ろす。


部屋を一通り見渡すのだが、とても管理が行き届いているとは言えない状態であった。部屋にはベッドが2台あったのだが、そのうちの一つは前の客が使ったままの状態なのか、シーツが乱雑に剥がされたままであった。もう一つの方は使われた形跡がなかったためまだ良かったのだが、枕、シーツは共に黄ばんでおり、カビ臭い匂いを放っていた。


部屋の鍵をチェックしてみると、見たこともない形で、とにかくいじってみることにする。構造はと言うと、ドアに二つのつまみがついており、それぞれ左右に2回ほど回転する。試しに数回回してみるのだが、自分が何回どちらの方向につまみを回したのかわからなくなり、扉を開けることができなくなってしまった。私は愚かにも自らを内側から部屋に閉じ込めたのだ。つまみをがちゃがちゃと回してみるのだが、一向に開く気配はなく、仕方なく、受付の男に助けを求め大声を上げる。ただ単に聞こえていないのか、それとも無視されているのかはわからないが、いつまでたっても彼は現れない。途方にくれながら、脱出を試みているうちになんとか鍵を開けることができた。私は早速この宿に対する不満をたくさん抱えながら、夕食取るべく、ジャマ・エル・フナ広場へと向かった。

 

 

広場では、屋台のテントがひしめき合っていて、まずは一通り広場を歩いてみることにした。面白かったのが、現地の者は私が日本人だとわかると、

「高田馬場」

「宮迫さんありがとう」

等のわけのわからないことを言って話しかけてくるのだ。どこの店の者も愛嬌と胡散臭さの混じった笑顔で執拗に注意を引こうとしてくる。そんな客引きたちを適当にかわしながら歩いていると良さげな店を見つけた。よくわからないが適当に注文を済ませ、席で待っていると食事が運ばれてきた。きゅうり、トマト、オリーブがふんだんに使われたモロッカンサラダ、魚介のフライ、そしてモロッコ特有の丸く平べったいパンである。私は活気に包まれた市場の様子を眺めながら食事を楽しんだ。




食事を済ますと私は夜のスーク(市場)に向かった。イスラム文化圏の独特の雰囲気は空港に到着してからひしひしと感じていたのだが、夜のスークはより一層独特の雰囲気を醸し出していた。オレンジ色の街頭に照らされた細い石畳の通り。そこには、日本では見ることのない山積みに並べられた色とりどりの香辛料、絵画、伝統的な手芸品等が所狭しと並べられていた。そんな光景はまるでアラジンの物語の世界にいるような錯覚をもたらした。未知の世界に魅せられた私は、スークの奥へ、奥へと吸い込まれて行った。