薄暗い部屋を出て、眩しく光る通りに出るとすぐにツレの姿を見つけた。朝からまともな食事をとっていないことに気づいた我々は夕食を求めてレタントンを後にした。

10分ほど歩くと行列ができている店を見つけた。どうやらバインミーの店のようだ。バインミーとはフランスパンを使ったサンドイッチでありベトナムの国民食ともいえる食べ物である。我々はここで夕食を取ることにしたが、店内で食べるには余計に金を払う必要があるらしい。店の周辺で腰をかけることができる場所もなさそうだったので、仕方なく一度宿に帰ることにした。

部屋に戻りベッドに腰をかけると、どっと疲れが押し寄せる。昨日からまともに眠っていないのに加えて、暑さで体が参っているのだろう。真冬の日本から30度を超える場所に来たのだから無理もない。しばらく仰向けになった後、持ち帰ったバインミーをいただくことにした。包を開くと、20センチを超えるフランスパンの間に溢れんばかりの具が挟まっており、一口齧り付く度に具材が溢れ落ちてしまう。部屋にテーブルはあったのだが、あいにく1人が食事できるほどの広さしかなく、椅子も一脚しかなったためツレと2人で交代しながら食べることとなった。

 

夕食を済ませ窓の外に目をやるとそこには昼間とは全く違った光景が広がっていた。先ほどまで閉まっていた店からは地を揺らすほどの音量で音楽が流れ、ネオンに照らされた通りは地面を埋め尽くすほどの人で溢れかえっていた。我々は火の灯りに飛び込む虫のように通りへと誘われて行った。

バンコクのカオサン通りやシェムリアップのパブストリートなどの歓楽街を訪れたことがあるが、こういった場所はいつ来ても特別な高揚感を与えてくれる。うまそうな匂いを路上に漂わせる屋台。脳を揺らす程の大音量の音楽。通りを挟むように立ち並ぶバーとその舞台上のダンサーたち。しつこく声がけしてくる客引きや、物売り。それらが織りなす独特な雰囲気に人々は酔いしれるのだろう。非日常的な光景に胸の高鳴りを感じる。最後にこういう場所に来たのはいつだったろうか。平凡な日々を送ってい会社勤めの頃には決して味わうことのなかった興奮と開放感で、疲れのことなど忘れてしまっていた。



タバコとは違う煙の匂いをかすかに感じながら歩いていると。10歳ほどの少年とその母が歩いて来た。2人ともその手に棒を握っている。すると彼らは行き交う人々を気にもせず、道の真ん中で荷物を広げてなにかの準備を始めた。母親が持っていた棒に火を灯し、口になにかを含む。次の瞬間、母親が何をか吐き出すと同時に空中に火が燃え広がった。その熱は数メートル先にいる私の顔にも伝わった。少年もそれに続き火吹き芸を披露し、周りの観衆を湧き立たせる。すると彼はおもむろに木の器を取り出し、観衆に金を要求する。もうすぐ深夜だというのに幼い彼は働いているのだ。通りには他にも金を稼ぎにやってきた子供がたくさんいた。菓子や手芸品を売る子供、生まれつきなのだろうか、片手の指がなく、ただ金を要求している子供もいた。このような光景は非日常的な熱気と華やかさの中に、決して楽とは言えないであろう現地民の日常が混在することを教えてくれる。私は右頬に刹那の熱を感じながらその場を去っていった。

我々がホテルへ戻ったのは深夜1時ごろだったであろうか。シャワーを浴びて部屋の電気を消し、床につく。しかし、体は睡眠を欲しているはずなのに、眠気を一切感じない。それほどに興奮状態に陥っていたのだ。さらに通りから響く音楽がより一層私を眠りから遠ざけた。街はまだ眠りにつく気配はない。むしろ街にとって夜はこれからなのだ。街の体内に捕らわれ、その一部となってしまった私はまだしばらく眠りにつくことはできないだろう。街に捕らわれることなく、すやすやと寝息を立てるツレの横で私はただ天井を見つめていた。