以前、僕自身の「願望」について話したことがあります。
http://ameblo.jp/master-ss/entry-11081757246.html
指導者としての「あるべき姿」というのは、表現は悪いですが対外的な
「建前」で、本当は自分自身が「どうありたいのか」が本当のヤル気の源で、
その「願望」が強ければ強いほど、頭の中にあるイメージを現実に
近づけることができるのだと僕は思っています。
だから、本気でチームを強くしたいなら、そうなった時の状態や状況を
強くイメージして、そこに強烈な願望を持たなければならない。
その強烈な願望があるから現状に妥協できないのだから。
客観的に考えて、「いや、あくまでもボランティアだから、そこまではね・・・」
と思っている指導者は、結果に絶対妥協していると思うし、たとえ試合で
どんなに強い言葉を表面的に発しても、本気じゃない空気がバレバレで、
行動や言動に説得力がないはずだ。
仮に僕は絶対に本気です!と言いきれるのにチームが強くならないとしたら、
それはイメージが漠然としていて、拘りが弱いんだと思う。
拘りが出来てこそ、現状に「なぜ」が生まれるし、それが「どうすれば」に
繋がって、新しいチャレンジに発展していく。
どんな分野においても「強い」といわれる組織は、多くのチャレンジを繰り返し、
その中から学び、今を確立しているはずだ。
その経験を「一言」で表現することは出来ないし、その感覚を100%他人に
伝えることなど出来ない。
だから参考にはしてもマネでは意味がない。
自らチャレンジして学ばなければならないのだ。
話を元に戻すが、そこに至るには「強烈な願望」が必要だ。
願望の弱い人間は、絶対に本気になれない。本気になれなければ、
必ず妥協する。妥協すれば、絶対に強くなれない。
強くなれないと、失敗を恐れるし、出来ない理由や言い訳に支配される。
そうなった時点でそのチャレンジは終わりになる。
今、僕は自分自身が新たなチャレンジの中にいる。
自分の新たな「夢」を実現させるためのチャレンジだ。
でも、まだまだ自分自身の願望の弱さを痛感している。
こんなんじゃ本物にはなれない。
腹を括るしかないな。
教え子たちに負けてはいられない。
僕は指導者なのだ。