記憶に残るゲームpart1 | kantoku's ブログ

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バスケと子供たちを愛する人たちへ

僕は時々、過去の試合のDVDを観ることがあります。


その時の感動を振り返り、今のモティベーションにする為です。


我がチームの誇りはどんな試合でも絶対に手を抜かないことです。

勝ち負けや、相手の強い弱いに関係なく、常に100%の気持ちで臨むことを信条にしています。


なので、全ての試合に思い入れがあります。

ですが、それでもやはりその中に忘れられないゲームというのがいくつかあるのです。


そして、いつの間にかいつもそのDVDを手にしてしまうのです。


昨年度(8期生)の試合の中で、僕が最も好きなのは、昨年度の最終試合、そうチャリティ交流試合の最終日、最後の試合です。


その試合だけは、その他のすべての試合と1つだけ大きな違いがありました。

それは、自分のためではなく、仲間のために戦った試合だったのです。


元々、チームスポーツは「ONE FOR ALL」つまり「1人は皆のために」という戦いなのですが、その試合は「ALL FOR ONE」、「皆は1人のために」でもあるということを改めて感じさせてくれた試合でした。


チャリティ交流試合、そんな奇跡の夢舞台に、たった1人だけ出場できなかった6年生がいたのです。

その子はチームの副キャプテン、以前ベストメンバーのPGも務めたことのある主力メンバーの1人でした。


全国大会まで日程も押し迫った2月に、盲腸とインフルエンザに立て続けに罹ってしまい、直前の1ヶ月余りを彼は棒に振って、焦りと不安で情緒不安定になっていました。

そして、やっと練習に復帰できたという矢先にあの大震災が起こり、全国大会が中止になってしまったのです。


そのストレスの蓄積で、彼は喉頭機能不全症という呼吸がまともにできない病気になってしまい、医師から完治に1~2年掛かるケースもあるような病気、気長に治すしかありませんと診断されたのです。


結局彼はチャリティ交流試合の出場を断念せざるをえませんでした。


ただベンチでチームを応援しながら5つ目の試合を終え向かえた最終試合、その直前、僕は我慢できずに彼のお母さんの元へ行き、こう言いました。「もし可能なシーンがあったら、最後に少しだけ彼をコートに立たせてもいいですか?」

お母さんは「え?本当ですか?はい、よろしくお願いします。少しの時間ならきっと大丈夫だと思います。」責任は私が持ちますと言ってくれたのです。


無謀だと思いました。でもその子が今までどれだけ必死で頑張ってきたかを、僕もお母さんも誰よりもわかっていましたから。


僕は、「ありがとうございます。出せるように頑張ります!」と言ったのです。


        

                        明日につづく