いよいよ今年も全国の切符を賭けた福岡県大会が3週間後迫って来ました。
泣いても笑っても、この大会にすべてが掛かります。
参加全チームが最後の調整に全力を尽くしていることでしょう。
そんな中、僕は「もうそんな時期なのか・・・」と改めて昨年のチームのことを思い、感慨に耽っていました。
皆さんもご存じの通り、前回の全国大会は震災の影響で中止になりました。
我がチームも出場を決めていたので、その連絡を受けた時は、本当にショックで何とも言えない思いでした。
今日は、その時の出来事についてお話したいと思います。
悪夢の震災が東日本を襲ったのは3月11日。
日本バスケットボール協会が各大会の自粛、中止を発表したのが3月15日。
全国ミニバスケットボール大会の日程が3月29日~31日でしたので、余震も治まらない東日本のあの状況から見て中止は当然だと思いました。
ただ、夢を追い続けて、長い子は6年間、全国を目指してきた子供たちの落胆ぶりを見て、「本当にこのままでいいのだろうか」と考えずにはいられませんでした。
そんな時、1本の電話が鳴ったのです。
それは友人であり、昨年度の福岡女子の代表コーチでもあるⅠ氏からでした。
「土本くん、子供たちのために最後何かやってやろうじゃないか!」
正直、僕はその言葉をどこかで待っていました。
「そうだね、頑張った子供たちに最後に何かやってやりたいよね!」
僕たちは早急に会って、何をするべきか打ち合わせをしました。
そして1つの結論が出たのです。
「チャリティ交流試合を行う!」
全国大会に出場するために貯めたお金、物販やお祝いで頂いたお金、そのお金を可能な限り、東日本の被災地の皆さんへの寄付に当てよう。
そして、全国に行けなかった子供たちのために最後に夢の舞台を作ろうという計画でした。
Ⅰ氏と私は、懇意にしている他県の出場チームに手分けをして連絡をしました。
すると、驚いたことに、その話はあっという間に西日本全域に伝わり、男女各20を超える代表チームが参加に手を挙げてくれたのです。
その反応には正直驚きましたが、改めて「みんな同じ気持ちだったんだ」とわかったのです。
僕たちはその大会をこう名づけました。
「東日本大震災復興支援ミニバスケットボールチャリティ交流試合2011」
あくまでも目的は復興支援、大会はチャンピオンシップではなく交流試合で、勝ち負けに関係なく、3日間1チーム1日2試合の計6試合を戦う。
全国大会に出場するはずだった各県の代表チームと、勝ち負けに関係なく全力で、何と6試合も戦えるのです!
子供たちの笑顔を考えると、涙が出そうなくらいの感動でした。
ただ、それからというもの、夜も寝れないほどの大変な作業の日々が始まったのです。
それを僕は、「奇跡の10日間」と言っています。
明日につづく