生徒との距離 | 来年から英語教師になる僕の気ままな仮免人生ブログ

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5年前好きだった人に「先生になれば?」と言われたことがキッカケで教師を目指し、この程フラれた人に「金持ちになれ」と言われたことがキッカケで死ぬ気で勉強し、本当に公立学校の教員採用試験に現役合格してしまった哀れな教師の卵の記録。


おはようございます。

今日は土曜日で久しぶりにバイトもお休みなので、朝から洗車をして一汗かいてきました。



いやもう、あの子との思い出と共に、汚れはすべて洗い流してきてやりましたよ。



ピッカピカです。

一緒にドライブしたとかいう記憶もこれでピッカピカです。まっさらです。

ワックスが目にしみるぜ・・・。 それ結構ヤバイ










さて、昨日のテーマは豊かな人間関係でしたね。

生徒間だけでなく、教師と生徒も良い人間関係を築きあげられれば、きっと生徒たちの勉強嫌いや学校嫌いも無くなっていくだろう、という僕の持論の話をしました。


ですが、実際「生徒たちとの良い人間関係」って何なのでしょう。


なんでも話し合えるようになること?

心から信頼して頼ってくれるようになること?



そんなことをちょっと考えていきたいと思います。

今日のテーマは「生徒との距離」です。




学校の先生になりたい!っていう人に動機を聞くと、


○○(専門教科)が好きだから!

教えることが好きだから!

といった動機に続いて


子どもが好きだから!


と答える人がいます。


教師になったら毎日、一日の大半は子どもたちと過ごします。

もちろん子どもが好きでないとやってられないですよね。



ですが、こんな話を聞いたことがあります。


子どもが好きで教師になり、現役で合格した。 ルンルン気分で学校へ行くと、生徒たちは温かく出迎えてくれた。


次第に子どもたちとも仲良くなり、色々な相談事を受けることになった。

授業のこと、恋愛のこと、ナイショのこと、ちょっと悪いこと、色々なことを相談された。


子ども好きだったその教師は、「こんなプライベートなことまで相談してくれるなんて! 生徒たちと信頼関係が作れた!」と意気揚々になったという。


次第に相談事がエスカレートしていき、実はバイクに乗っている、実はタバコをやっているといった話まで耳にするようになった。

しかし、その教師はせっかく出来た信頼関係を壊すワケにはいかないと思い、生徒たちを必死に諭し、他の先生には秘密にしていたという。

後日、その生徒たちは別件で目を付けられるようになり、タバコのことも発覚したのだが、一段落ついた後に目の前に現れた。

反省の言葉でも言ってくれるのかな、と思っていると、一言



「裏切ったな」



その教師は自分の過ちに気付き、泣き崩れてしまった。



この教師が犯してしまった過ちは、


1.子ども好きであるが故に子どもたちと近づき過ぎ、子どもたちのプライベートにまで首を突っ込み、結果プライベート過ぎる話を聞いてしまい後に引けなくなってしまったということ。

2.プライベートの話をしてきたり、ちょっと悪いことをしている、といった話をしてくる生徒たちに対し信頼してくれていると勘違いしてしまったこと。

3.子ども好きが祟り、「ほうれんそう(報告、連絡、相談)」を怠ったこと。


である。

特に 「 2 」 は人間誰しも勘違いしやすいが、生徒たちがプライベートの話をしたのは教師を信頼したからというわけではなく、「仲間」と思っていたからである。





教師は生徒たちと近づき過ぎても、離れ過ぎてもいけない、微妙な立場なのだ。


最後に、以前インターンシップで通っていた中学校教師が生徒たちとの文化祭準備中にポツリとこぼした言葉がある。


「生徒たちとは毎日一緒にいて、こんなに距離は近くても、お互いの間には見えない大きな壁があるんだよ。」