うつが拗れてだけど

もっとたくさん思い出が欲しかった
二人掛けのキッチンテーブルとセミダブルベッドと
小さなシステムキッチンと小さな出窓
二人で料理して食事して抱き合った
他には何もなかった
あなたが居なくなった部屋で
入院しているあなたの帰りを
空っぽの部屋でずっと待っていた
十年過ぎてあなたが帰る場所の
思い出の部屋から逃げてしまった

すべてそのせいかしら
自分が可哀想だと思ったのかしら
夜更けにそんなこと考えて
アイスコーヒー飲んだ

妻の入院費の支払や高額医療費の手続きが嫌になって
滞納していたら年金の申請をするように言われ
申立書を書いていたら泣けてきた
翌年年金の遡及請求も通ったあたりからうつ状態がこじれて行った

あなたの年金申請を書いていたら泣いた
1級の遡及請求も通って泣いた
もう頑張らなくていいよと
それからちからが出なくなった
駄目になってしまった

あるプロジェクトが頓挫したあとだった
うつが拗れてたのは
1999年 (平成11) 36歳 43歳 2年目 妻の年金申請
2000年(平成12) 37歳 44歳 3年目 年金受給4月から
夏が来る度に「ビーチボーイズ」が昼過ぎに再放送されていた
2001年(平成13) 38歳 45歳 4年目
2002年(平成14) 39歳 46歳 5年目 10月から入院12月前半退院
2003年(平成15) 40歳 リストラ
いくつか派遣の仕事をした

覚えた方法で自分の年金申請もした
駄目になってしまったのだろうか

昨日
武蔵野中央病院へインフルエンザワクチン同意書・委任状を送った

2020-10-22 @yoshifumi_




「ビーチボーイズ」主題歌
手紙

妻は可愛いおばあちゃんになって欲しいな
そのとき私はどうなっていればいいのだろう
そもそも生きているのだろうか
笑顔を返さなきゃ
切手とレターセットを渡そう
じっくり返事を思い浮かべるんだ

2020-10-17 @yoshifumi_
You Tube「精神疾患動態研究チーム 20周年記念 オンライン ライブ シンポジウム」

動画公開は今日(2020-10-04)の22時までです

双極研究20年の足跡
ブルーバックス「つながる脳科学」やこころの科学「ここまでわかった!脳とこころ」のその項を読まれた方も是非

(双極性障害に薬が何故効くのか?〜新薬の開発は?)

https://youtu.be/i5aXOify3GQ



https://twitter.com/KatoTadafumi/status/1312679832577142784?s=19

 

 

研究室や実験施設を気軽に見ていただける機会として、理化学研究所は年に1度、各地区の一般公開を開催しています。
コロナ禍で一般公開が休止のため
このシンポジウムもオンラインでした




視床室傍核で気分制御に関係している可能性

ミトコンドリア病が

腎臓のランゲルハンス島で起こる
ミトコンドリア腎症(糖尿病の一種)

中脳の黒質で起こる
パーキンソン病

大脳の視床(視床下部ではない)視床室傍核で起こる
双極性障害

視床室傍核は縫線核(ほうせんかく)のセロトニンニューロン、視床下部室傍核のCRHニューロン(ストレス)視交叉上核(行動のリズム)と島(内蔵感覚)から入力を受け
視床室傍核からは出力として側坐核(報酬)、扁桃体(恐怖)、前部帯状回(恐怖を制御する)、分界条床核(?)と前頭葉内側面(感情)線維を送ってる















2003年でしたか
バルプロ酸の双極性障害での作用機序を論文発表されたので加藤忠史先生を知りました
同い年なのも勝手に親近感を持っています


〜蛇足〜
薬学なんぞ知らない私は
(脳科学の基礎の基礎はその後少し学びました)
以下のように想像していたことがあながち外れてもいなかったのかなあと思う次第です

気分安定薬にリチウム塩の炭酸リチウムしかなかった頃
岩波科学百科をパラパラと見て

神経伝達にはナトリウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオンなどがあるので
カルシウムイオンの状態を安定させるのではないかと思っていました
(単純にリチウムイオンと置換しやすそうなのはナトリウムイオンだと気付くはずですがナトリウムイオンのバランスは単純に崩れやすいものなのを生物学的にとてもバランスを取っており余程のことがないと崩れないと想像していました)
またミトコンドリアというのは細胞内の化学プラントのようなものであり食事や呼吸で得られた栄養を細胞が使える栄養に化学処理するものであり
その中に電子伝達系なるものがあってここにもカルシウムイオンが関わってくるのではないかなどと漠然と思っていました

放送大学で脳科学の基礎の基礎の講義の単位を取得したりしました

抗てんかん薬が何種類か気分安定薬として用いられるようになってから
てんかんもナトリウムチャンネル、カルシウムチャンネル、カリウムチャンネルが原因のものがあり
カルシウムチャンネルが原因のてんかんに小児てんかんがあり
気分安定薬として用いられる抗てんかん薬はオーソドックスに小児てんかんに用いられるものではないかなと思ったりもしました

小児てんかんに
バルプロ酸はオーソドックスな薬
ラモトリギンは新薬

どの部位で?と問われるとさっぱりなのは
このシンポジウムで視床室傍核だと同定するのに大変な時間と労力を要したことから
(その辺を説明しているスライドキャプってないが)

こう言う事を知ることは少しはプラセボ効果を増大させるのでは(笑)
ポエマー朝のメランコリーポエム

最後に働いてたとき
カレンダーとは関係なしの
日勤・夜勤・夜勤明け・休みを
繰り返してた
G-SHOCK のTHE Gが壊れるとか
酷い仕事だったな

母が亡くなって
「東京で真面目に働いている息子」を演じる必要もなくなって
入院している妻のおカネは障害年金の申請が通って稼ぐ必要ないし
歯車が外れてどうでも良くなった

すっかりなんともなかった
喘息がまた起きて
勤め先にやんわり辞めてくれって言われるし

自分も障害年金の申請をしたら通っちゃった

今になって
主治医に「あの頃は自分にとってはムリをしていたのかな?」って聞いたら
「あなたにはムリだったんだよ」って言われるし

インスタントだけど珈琲3杯目
煙草も吸ってる
胃の内視鏡検査した
消化器内科の医師に
やめて~って顔されたよなあ

働いてたときに
寝起きに珈琲と煙草の癖がついちゃった

今日は初めて務めた会社の創立記念日で休みだったな
大正4年設立だったかなあ

20年勤めて
二度目の入院で
会社都合退職したよ
リストラで割増の退職金もらったよ

好きな仕事だったんだよ

Copyleft 2020-10-01 @yoshifumi_
先月の心理カウンセリングの録音を聞いた

明日月1の心理カウンセリングだと
先月何を話したかと
IC Recorderの自分の声
テープを巻き戻した様に始まる
窓を開けたカウンセリング室
マスクして暑い朦朧(もうろう)として話している
それでもコロナは他人事だった
明日話すことは妻のこと
二人共感染していないが完全にコロナ禍に巻き込まれてる
他人事の様に話してる過去は
録音したのが終わって切ると
一挙に今に早送りされる

妻の為なら35℃炎天下の下でも自転車を漕いで
妻の入院している病院に行ける
私には妻が倒れること以外何も怖いものはない
自分のことなんかさておいて
妻を気遣う事ができる
それが愛と言うならそうだろう
そんなことどうでもいい
妻の事なら強くなれる

Copyleft 2020-09-27 @yoshifumi_
月に祈る

こんばんわ~
お酒飲んだあと珈琲飲むのが好き
お休み前に聴かせていただきます
途中で眠ったらごめんね

グダグダ書いてたらこんな時間

これをたたき台にして歌にしてもいいかな

コロナ禍で入院している
妻に逢えなかったの
満月に妻に逢えるように
お願いしたの
9月の満月の前の夜に
妻は変な転び方して
大腿骨を骨折したの
翌日天赦日で満月の日に転院で逢えたの
妻が変な転び方したの私のせいだ
週末手術だったの
4週間後リハビリのできる病院にまた転院
緊急事態宣言の解除の日に感染者が出た病院
テレビカメラ越しに面会できるの
それでも僕は月に祈る
あした届けられなかった手紙をゴミで出す

2020-09-24 @yoshifumi_
コオロギの音を聴いている

正しく「秋のバイオリンのすすり泣する調べ」であろう
(永井荷風「虫の声」)

不意に物語に耽りたくて眠れずに
秋に物思いするのは何故かと
何の欲なのかと
過ごし安くなると欲が湧いてくる
あなたの背中で手を組んだ事など思い返す

お腹が空いているでもなく酒を飲む


アパルトマンに越して来た
不思議ちゃんは
ポストの前の階段で煙草を吸う
化粧水の匂いだろうか
煙草の匂いだろうか
煙草の名前だって
化粧水の名前がついているのだろう?

香水って言葉を使いたくないので

少し酔ったみたいだ


かなり酔ってきた
不思議ちゃんが
妻帯者が好みならいいなあ
妻がずっと入院中の
オッサンが好きだといいなあ
横取り泥棒女猫娘なら
妻が気持ち良くなって私を抱く夢を又見たいな
不思議ちゃんの上で
何だかごちゃ混ぜになって来た

妻の横で眠りたい


妻の事がいつも以上に心配なんだと思う
でもそれは私のモノで在って欲しいと言う事なのだと
あなたはモノじゃない
あなたが私に注いでくれたもの
きっとあなたの髪とお尻の穴以外は舐めてしまったときより
いっぱいで私から溢れ出てしまう
あなたの綺麗な瞳をまた思い出す
ふとあなたが何を見ているか忘れてしまう
でも私が映っている

報われるなら私もコオロギの様に鳴きたい



あなたの背中で手を組んだ事など思い返す
報われるなら私もコオロギの様に鳴きたい

これだけでいいんじゃないの?

2020-09-22 @yoshifumi_
このブログ消してしまったのですが
消すこともなかったかと
下書きに残っていたので再度上げます
下書きに残ってる分なので内容違うかも
先程のブログでどんな少女漫画を読んで
拗らせていたかという説明になるかもです


九月の初めティーンエイジャーになったばかりの
制服を着たカップルをコンビニで見て
淡い儚いものを見ている気持ちになった
思い出の片隅にあるものが淡くて儚かったので
続きゃしないと呪いをかける
つもりは無いのだけれども
私と妻の関係も淡くて儚いものだけれど
淡いと儚いを辞書を引いてみた


兄妹じゃないだろうな
それはそれで
おじさんは子供の頃読んだ少女漫画を思い出すよ
車の免許取ったら海に鍵を放り投げるんだよな


義妹なんだ
なんだかおどろおどろしい
母さんが「一生許しません」って言うんだ


なんとなくブログにアップし始めて
画像をつけようと四苦八苦(笑)


他人のブログを発見する
から「花ぶらんこゆれて」の画像取ってくる
夕飯も食べずに青空文庫で「ヰタ・セクスアリス」を読んでいた
読了

恋愛小説を読み耽って恋愛するのは美男子だけだと童貞を拗らせた話
私が少女漫画を読み耽って童貞を拗らせてたのと変わらない
そんなティーンエイジャーの件(くだり)がメインのような気がする

森鴎外と言えば「舞姫」を高校時代に読んだきりである
読んでいた少女漫画と通ずるところがある

最近ラジオの朗読の時間で「雁」をやっているので
何かもう一つ読んでやろうということである

「ヰタ・セクスアリス」は本として買うのにははばかる気のするタイトルである
読んでいて英語やドイツ語や 少しフランス語やイタリア語で
今でも著名な作家の作品名などが出てくる
これはなんと読むのだろうと
見ているとカタカナが浮かんでくる
しかし高校生のころ英文やら独文で表記されてたらさっぱりだったろうなと思う

「舞姫」は森鴎外が体験したことを少しだけ脚色して書いてあるのだろかと思いながら読んだのに対して

「雁」はフィクションとして楽しい
まだ朗読の時間は途中なのだか
いい歳になったせいか
高利貸しの末造の下衆なところが妙に楽しく感じる
そんなことはしないけれども自分の中にもそういう下衆な部分がなんともリアルにあると思う

「ヰタ・セクスアリス」は
「雁」の時期も「舞姫」の時期も内包しているので
鴎外の経験をもとに書いているのかしらとも思う
小説を試行錯誤して書いているのだなあと思う
でも小説は小説として楽しみたくもある
でも「ヰタ・セクスアリス」は実験的に書いたという体裁である

でも人に聞かれれば「リアルな青春小説」と云うかな



〜↓以上書くにあたってもう少し前後を書こうとした残骸↓〜

そもそも5月の連休が緊急事態宣言で
本屋の自粛要請はなかったのだが
駅前の啓文堂書店はやってなかった
図書館は学校と同列で休館である
Amazonで現代詩文庫を2冊注文はしたが
(Amazonで本を買うのは極力やめようと思っているのだが)
そうこうしているうちに梅雨に入った
ここ数年空梅雨で梅雨に入ったところで猛暑だった
今年の梅雨は数年ぶりに酷い雨だった
そして真夏になり出歩きたくない
今年の暑さと言ったらとんでもなかった
新型コロナ(新型SARSではないか?)は
真夏に少し収まるかと思っていたが宛が外れた

読書をしない日々が続いた

夏午前9:45からのNHKラジオ第2の「朗読」の時間を
聞き逃しで聴き始める
ちょうど「二十四の瞳」がやっている

続いて早坂暁「華日記〜昭和生け花戦国史」が放送される
史実らしきことを何割か脚色しているらしくて
どこまでが事実なのだろうかと思う

ドラマの脚本家だったのでそうなのだろう
朝ドラや大河ドラマもそうである
読書をしそびれている上に朝ドラも大河ドラマも休止で私は物語に飢えていた

戦後から高度経済成長が終わるまでのギラギラした時代を駆け巡る
あの時代の途中から私は生まれて大人になったのだなあと思いながら聴く
でもどこまでが史実でとこからがフィクションなのかが
わからないように折り合わせて書かれているのは何か苦手である

その後朗読の時間は森鴎外の中短編をいくつか放送している
Radio

自分から進んでしたことは無かったのだなと思う
何だか時代が少し違えば別の道に行ってたのかもしれない

TVは子供の時間を除いて自由にはならなかった
ラジオは1人1台は持っていた

小学生の頃雑誌「学研の科学」(科学と学習)の付録で
電池に僅かな部品をつなぐものがあった

学研の商品に「マイキット」という配線を組み換えて150〜200回路(マイキット150と200があった)が組める知育玩具?があってそれを買った
1年もしないうちに全部の回路を試してみる

そんな中で少しずつ電気工作(エレホビー)なるものが流行りだした
NHK教育(現在のEテレ)に「みんなの科学」という1週間通し番組があって
週に1度「たのしい実験室」という回があり
次第に電気工作がメインのコーナーになる

中・高生あたり向けのラジオ雑誌「初歩のラジオ」や
「ラジオの製作」に電気工作記事が載るようになる

そんな中で"BCL"(ラジオ)なるものがブームになる
SONYスカイセンサー Panasonicクーガ
(短波放送の海外日本語放送を聴いてみるだけ英語すら覚えないので日本語放送を一通り聴いてみるだけで終わってしまう)
(そうでなくとも高度経済成長期中学生になるとラジオやラジカセを買うのである)

遅ればせながら後に就職するJRCが個人向け受信機(ラジオ)を出す
老舗のメーカーが民生品を出したがとても高くて買えないと記憶に留めるだけになった

なんのかんのとズルズル工業高校の電気科に進んでいた
(他にこれと言った知識が身につかなかった)
3年生になるとJRCの求人票を見つけた

以上書いたこと何か1つ欠けたら就職先違っていたかも


JRC:Japan Radio Co., Ltd.

厳密にはそれぞれ話が前後する
これを見てもらったらいいかも
https://ja.wikipedia.org/wiki/電子工作の歴史?wprov=sfla1
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E5%B7%A5%E4%BD%9C%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2?wprov=sfla1



https://ja.wikipedia.org/wiki/BCL?wprov=sfla1



でも本当に私のこころの奥に刻まれているのは
私が5歳半のとき亡くなった父の形見の
真空管ラジオで当時ヒットした
「時には母のない子のように」を何度も聴いたことかな
その夏私は自閉気味になり
冬には気管支喘息になった
(「時には母のない子のように」は父を亡くした(失くしたと書いたほうがいいのか?)子供だった寺山修司が回想して作詞したもの)


(私のアイコンの写真に写っているのは父です)


〜・〜・〜
就職して製造部や検査部の実務実習を受けた
船の無線機の検査課に行くはずだった
船の通信室(Radio Shack)のコンソールの組み上げをしたかったな
でも変更になり特機検査課で
自衛隊に納める受信機の検査をした
これは一台何百万するんだろう
数十台の受信機を前に
もうこれ以上の性能アッブは無いだろうと愕然とした
(デジタル化なんてまだ影も形もなかった頃)
何かもうこれ以上新しくすることは無いだろうと思ってしまった
工高時代クラブでやっていたマイクロプロセッサに関係ある技術部の配属希望を出した


そういえばTandy RadioShackというアマチュア無線ショップがパソコンを出していたな
電波研究部のクラブ活動もアマチュア無線とパソコンで二分していた
BCLからアマチュア無線に趣味を移す者と
パソコン(マイコン)に趣味を移す者がいた
(一連のつながりがあったがパソコンはRadioに酷いノイズを出した)
就職試験の面接でも何を学んで来たかは筆記試験で充分だったので電波研究部で何をして来たか聞かれた


退職して初めてこの歌を聴いた