ウクライナ軍のロシア「領内」侵攻と、この戦争の本質 民衆の闘いの道は

【ワーカーズ九月一日号より転載】

 

 

被侵略国のウクライナによるロシア領土(クルスク)への「侵攻」に、親ウクライナ派の平和主義者は仰天しまた苦悩したことでしょう。他方、日本を含めた西側マスコミは、その正当性(防衛的作戦)を自明なものとして報道していますが、これは悪質だと言わねばなりません。ロシアの住民を射殺し、民家を焼き払い多数の難民を生み出す作戦が犯罪であること言うまでもありません。

さらに、この対ロシア侵攻は、ウクライナ政府の「思惑」としては、陽動作戦の一部であり、来るべき和平交渉に有利な条件づくりだとされます。また、ゼレンスキーの口からは「緩衝地帯作り」であると軍事侵攻の正当化がなされています。ウクライナ高官は「ウクライナはロシア領土の占領に興味などない」と(ミハイロ・ポドリャク大統領顧問)は16日に述べました。本当でしょうか?

 

■土地とは誰のものなのか?

 

ウクライナがロシアの一部である南部ロシアのクルスク州の土地を切り取ることを、「無垢な」ウクライナ政府は関心が無いというのでしょうか?ウクライナの支配層を「気の毒な被害者」「無欲な政府」と信じることは出来ますか?ウクライナが、西側の軍事支援の下で、ロシアの弱点を突き、領土と人民を包摂・支配する気など一切ないとは言えますか?添付写真を参照してください、ゼレンスキーは「そもそもクルスクはウクライナ領土だ」と、プーチン顔負けの主張を展開しています。

さらに、占領地クルスクにある「スヂャ」ガスメータリングステーションを制圧しました。この施設は、ロシアからヨーロッパへの天然ガス輸送において極めて重要な役割を果たしており、占領したウクライナ軍はウクライナに欧州経由で天然ガスをふんだんに流し込むことができるようになりました(あくまで可能性です)。

 しかし、確認されるべきことは、「領地・領土・資源」とは、その地で土地を耕し交易し、その地で生きる人々に帰属するものです。これは理想論ではなく、人類史に示された歴史的な事実であり、それはモスクワ権力やキーウ政権の物ではありませんし、そもそも彼らが争奪すべきものではありません。それらはいわば人々の共用物「コモン」なのです。

 

■ロシア侵攻は戦争の長期化を招きかねない

 

ゼレンスキーの思惑(「和平実現の取引材料にする」)は矛盾しています。というのはロシア領内侵攻それ自体が戦争の拡大であるばかりではなく、戦争の長期継続につながる可能性を高め、終戦を遠ざけるものでしょう。さらに「緩衝地帯の形成」とは新たな戦略の拡大です。「和平のための侵攻」などはあり得ません。むしろ真実は逆です。ゼレンスキーが世界を駆け巡って(ほとんどが欧米諸国ですが)「平和」を訴えてきた。それは七月のスイス「平和サミット」が欺瞞に満ちていたように、軍事的・官僚的ゼレンスキー体制は、国内において一層抑圧的であり、今や巨額の欧米からの支援と軍事利権で体内から腐り果てています。その彼らが、欧米からの巨額支援を当てにして(ロシアの野蛮と闘っている、との名分で)戦争を継続する意図は徐々に明確になりつつあります。もちろん、軍事官僚的な戦争指導に対しては、国民からの怒りや不満は、戦果の見通しが無いなかで日々高まっています。

 

■欧米諸国の投資も無駄になる可能性

 

欧米諸国政府・資本も、今更ながら、ウクライナ支援から手を引くのは簡単ではありません。ウクライナの債務が1000億ドルを超え、最近のデータによると、ウクライナの外債は約1220億ドルに達しています。ウクライナの債務は二国間および多国間のローンの混合であり、IMF、G7、EU、米国その他の国際金融機関や民間金融機関からもあります。

このような巨額の債務は、結局はウクライナ人民が背負います。他方欧米政府からすれば、この債権は、ウクライナ政府の軍事的敗北に結果した場合、極端なケースでは紙くずとなってしまいます。だから、欧米政府も戦局に困惑し、進むに進めず、ひくに引けないでしょう。劣性にあるとされるウクライナ軍ですが、支援諸国の逡巡や消極姿勢を前にしたゼレンスキー政権が、「新領土」を植民地化するにしても、あるいは今後ロシアとの取引材料に使うにしても、今、強硬にロシア領土の獲得に乗り出したことは不思議ではありません。つまり、ゼレンスキー政権が見出そうとしている活路とは、欧米の強力支援と戦争の継続です。彼らはこうして戦争に利益を見出す一層反動的な体制へと移行しつつあります。

 

■戦争とは何か、誰のための戦争か

 

当「ワーカーズ」で何度も指摘してきたように、この戦争が「ウクライナ国対ロシア国」だという、マスコミなどに溢れている見方は、うわべだけのことです。実態は、どの階級が、どの支配的集団が、ウクライナ人民(あるいはロシア人民を)を支配し搾取するかと言う問題としてウクライナ戦争は開始され闘われてきました。

 ロシアのシロビキ集団(軍、諜報機関、警察、法執行機関などの出身者で、権力を所持する者たち)や、ロシアの財閥資本により戦争は計画され遂行されてきました。他方、ウクライナのゼレンスキー、与党「人民の下僕」ら、新自由主義ブルジョア階級や、既存の財閥と官僚群により現在の対ロシア戦争は推進されてきました。無慈悲なことに、実際に戦わされ傷つき倒れるのは双方の国民です。

 ウクライナの少なくない民衆が戦闘や作戦に主体的に参加しています。しかし、残念ながら、現在のウクライナ軍は人民軍的な性質を全く持っていません。ゆえに、軍は対ロシア戦争を通じてロシアの支配層を駆逐しウクライナ支配の確立を目指すのみです。しかしながら、ウクライナの支配層や軍隊は私腹を肥やし腐り果てており、戦死者に対する補償は雀の涙で、兵士の間では、彼らへの怒りが高まっているとの報があります。怒れる兵士達は少なくとも、訓練を受け戦いの経験を持ちます。希望があるとすれば、まさにこの点です。

  

■終わりに

 

今回の、ウクライナ軍のロシア領土内への侵攻は、プーチンにとっては、政治的打撃であり、ロシア国内の新たな反戦、反プーチン運動を励まし活性化しうると言う点でのみ意義があるでしょう。今や、ウクライナとその近傍の和平や平和は、プーチンに期待できないのは勿論のこと、「欧米・ウクライナ政府ブロック」ともいうべき新戦争勢力に期待することは出来ません。プーチン体制の打倒が、ロシア民衆の未来にわたる大きな利益になるように、ゼレンスキー政権打倒こそが、ウクライナ人民の喫緊の課題として急浮上しているのです。ウクライナにおいて民衆が、軍事的主導権を獲得し人民の意志を体現して、真の平和に向かう可能性を――それは困難であっても――決し諦めることは出来ません。(了)