阿部 治正
今日は、午後から共同テーブルちばの会議とそれに続いての街頭活動でした。街頭活動で司会をしながらつらつらと考えていたことを、以下に記します。
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■現代軍拡考━━現在の軍拡主義、その推進に政治生命をかける高市政権
高市自民党が衆院選挙で圧勝した後、革新リベラルの中には、「晴れの日もあれば雨の日もある」「高市首相は今は人気絶頂だがやがて民衆の幻滅がはじまる」などと無責任な言を弄する者たちがいた。いやしかし、日本の保守政治への民衆の幻滅と怨嗟の念は深く、守旧的保守を叱る高市右派への支持は容易にはおさまるものではない。仮に高市が民衆の幻滅を買った時には、高市よりさらに右の極右派が、人々の幻想を搔き集めて多数を制するシナリオもあり得る。
というよりも、日本保守派が生み出した経済停滞と民衆の生活苦とその改善の見通しが描けない絶望状況を、高市保守政権に替わって突破する展望を左派が示すことができないならば、必然的にそうなるしかない。
しかしもちろん、現在の労働者と庶民の暮らしの閉塞状況は、保守政治だけが生み出したものではない。と言うよりもそもそも「政治」のみが生み出したものではない。本当の原因は、政治を規定している経済、政治の根っこにある経済の場にこそある。高市政権も、そこにしっかりと目を向けて、強い経済、強い日本をつくってみせると強調している。それが、2025年11月に発足した「日本成長戦略本部」が掲げる17項目の重点投資計画であり、危機管理の観点から官民を挙げて全力投球すると豪語する。17項目全体が「危機管理」がらみなのだが、とりわけ力を込めているのが、軍拡、軍需へのテコ入れだ。儲かる軍需産業の育成、軍需企業の国有化、殺傷兵器の輸出解禁等々、日本版軍産複合体の構築だ。
では今なぜ軍拡、軍需拡大がこんなにももてはやされ、政府がここに力を注ぎこもうとしているのか。
背景には、民需を目当てにモノを生産し売って利潤をあげていたはずの企業において、そのことが難しくなり、壁に突き当たったことがある。それはモノが売れない、市場が飽和したからというだけでなく、むしろより大なる利潤の獲得を目指す競争によって、モノを生産するための設備投資の額があまりにも大きくなってしまったので、そこで労働者を働かせて新たな価値を産み出しても、そこから得る利益の割合が全体投資の額に見合わなくなったということなのだ。つまり利潤率の傾向的低下の法則の貫徹だ。
そこで企業が新たな利益確保の手段として目を付けたのが、軍需産業界だ。そこに向かって、種々の製造業企業が、そして製造業だけでなくとっくに製造業を見放してマネーゲームにいそしんでいた金融の世界も、新たに本腰を入れはじめた。それに加えて、やはり製造業・モノ作りから利潤を得ているのではないレント資本が、現代資本主義の強力な駆動力として満を持して登場した。
レント資本は、その名の如く、地代に似た剰余価値の収奪を利益の源泉としている。IT・AIを駆使したプラットフォームと、それが生み出すネットワーク効果を独占することによって、そこへのアクセスから発生する利用料や手数料を得ることを生業としている。このレント資本も、いまではこぞって、雪崩をうって、軍需に押し寄せている。実はレント資本にとっても将来展望はあまり明るくはない。何故ならば、レント資本の顧客たちこそ、まさに利潤率低下で利益が上がらなくなった製造業企業が中心だからなのだが、それゆえになおさらレント資本は軍需を利益の源泉にしようとして、そこに群がっている。
この潮流は資本のより大なる利潤への渇望、国家の統治力強化の野望が結合した強力で強大な潮流であり、「晴れの日もあれば雨の日もある」などという能天気なリベラル革新が手に負えるものではない。暮らしと労働の中にしっかりと根差した、より根本的な変革を志向する運動だけがこれをよく制することができるだろう。



















