「神の火」高村薫 | ああ、無情!!masarinの読書ブログ

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読書の感想を書いています。ゆっくりしたペースで更新しますので、よろしくお願いします。

ワクチンの2回目を打って、だるさがすごいので簡単に。

 

ひさしぶりに高村薫の神の火を書いている。

 

読んでみると印象がずいぶんちがっている。

昔は非常に殺伐としたスパイの話に、世を捨ててしまった元スパイの儚い日常が描かれている印象だった。

しかし、今読んでいるとなんだか書かれている世界の豊かさに目を見張っているのである。

年齢を重ねて、わたしの方が変わったのかもしれない。

 

島田は父親の葬儀のために福井を訪れていた。

島田は母親がそのとき来ていたロシア人の牧師との逢瀬の果てに生まれたという複雑な出自を持っていた。島田の父親はそれにもかかわらず、島田をかわいがる。しかし、島田は長じて実家を顧みず、数十年も帰っていなかった。その福井でひとりの男と再会する。それは江口と言って、島田をスパイの道に連れ込んだ男だった。

 

島田は大阪で理工学系の専門書や論文の輸入代理店に勤めている。まだ、インターネットなど存在せず、ソ連がまだ存在していた頃の話だ。北朝鮮は核開発に力を注いでいた。島田は原子力開発の専門家になるが、ハニートラップにより、工作員にされる。工作員としてどんな活動を行ったかはつまびらかにされていない。この話は工作員を引退した後の話である。

 

島田は福井でもうひとりの男と再会していた。火野草介。彼の傍らには、ロシア人の良と名乗る男がいた。

 

話は北朝鮮の核開発に絡んで、日本、アメリカ、北朝鮮、ソ連のパワーゲームを描いている。

 

アメリカ村の三角公園など、(行ったことはないが)情景が浮かぶ。

そういう一見ストーリー展開とは関係ないような細かい書き込みが、妙にリアリティを作っている。

高村薫自身が歩き回ったのがよくわかる。

 

みんなが集まる中華料理店や、仕事の合間にみなで食べに行く様子、干しがれい、など、生活の痕跡が書き込まれていて、後年書かれる、「レディ・ジョーカー」、「土の記」、「晴子情歌」などにつながっていく。

 

その書き込みの豊かさにあらためて気づかされた。

コロナ禍でみなの心が疲弊しきっている。

先日「コンテンツ・ラバーズ」というNHKの番組で、講談師の神田伯山が言っていたが、

「もうお客さんがハッピーエンドしか受け付けなくなっている」

そうだ。

 

もちろん、この「神の火」もバッドエンド気味ではあるのであるが、高村薫の日常生活の書き込み方というのはなんとなく癒やしの効果があるように思う。もしも、癒やされたかったら一読されたし。