ビブラート(vibrato)は音にゆらぎを与える演奏法です。
歌でも管楽器でもビブラートはかけたりしますね。
一種の音の装飾です。
ヴァイオリンなどの弦楽器では、弦を押える左の指を揺らすことで発生させています。音響的に言わば、演奏音のピッチと音量に周期的な揺らぎを与えることになるのですが、ピッチ変動は弦の長さが変わることですので、弦の方向に抑えている指を振動させる必要があります。
ところが、このビブラートという奏法は結構難しく、ただ指をクネクネ動かしても、あまり美しくは聞こえないのです。
確かに、ピッチはゆれているけど…聞いていて心地よくないのです。
プロの演奏が心地よく聞こえるのは、そのゆらし方にポイントがあります。
レッスンにおいても、習い始めの頃ではビブラートはなかなか教えてもらえません。まずは、左指の押え方の基礎ができてから!ということになり、音程やフォームが良くなってから教わることが多いですね。
それでも、しばらくレッスンに通い、ようやく先生に「ビブラートをかけて良いぞよっ!」とめでたくビブラート解禁!となって手の動かし方を教わるも、なかなかビブラートがうまくかけられない、という経験のある人は多いのではないでしょうか。
きれいなビブラートってどういうメカニズムで手が動いているのでしょう?
※本記事はビブラートのかけかた講座ではないので、手指をどう動かすかといったあたりはここでは置いといて…
じゃあ、ということで、プロがどのようにビブラートをかけているのか、モーションキャプチャを使って解析をしました。モーションキャプチャは動きをコンピュータに取り込んで位置情報を計測する方法です。図のように指に銀色の光学マーカーを取り付け、特殊なカメラで動画をとります。解析にはOptitrackとVinus3Dというシステムを用いていました(精度は0.5mmほど)。
そうすると、図2の右上のようにマーカーの位置座標が3次元で記録できます。
各指の位置座標の時間経過が図の下半分なのですが、見てみるとプロの演奏家の指の動きが非常に滑らかなカーブで動いているのがわかります。
おおよそ正弦波(サインカーブ)に見えます。つまり、同じ周期でどこも不連続なところがなく指が往復しているのです。
一方で、うまくビブラートがかけれない人の指の軌跡はどうなるかというと、不連続で不規則であることが分かっています。つまり、指の動きが急であったり同じ間隔で動かせていなかったりしているわけです。
※だから、私が指導するときは、メトロノームを使ってゆっくりのテンポから始めて、自分の指の動きを確認しながら、かつ規則的に動かせるようにすることを勧めています。指のふり幅も最初は控えめで始めます。そして、徐々にテンポアップ(1拍あたりの回数を増やす等)やふり幅を広げていくようにすると良いでしょう。あとは、音響&物理で言うとビブラートはピッチの変動ですから、指の動きもピッチの変化方向である弦に平行な方向が無駄がないと言えます。
そして、もう一つ、ビブラートの連続性も大事です。
音が変わる時、つまり押さえている指が変わる、ポジションを変える、移弦をする、といったときにビブラートの振動が不連続でないことも、美しいビブラートには必要でしょう。レガートに滑らかな旋律をビブラートをかけるときです。
押さえている指が変わったりしたときにビブラートの動きや回数・振幅が変わってしまって不連続になると、レガートに聞こえません。
図3は、巨匠ハイフェッツのビブラート音のスペクトログラムの結果です。
※スペクトログラムとは、ある時間の音のパワースペクトル(周波数ごとの音圧)の時間変化をグラフにしたものです。
ここからピッチや音色、間合いの取り方などなど演奏の詳細がわかってきます。
図3のうねうねとした波はビブラートのピッチを表しています(CDの録音からAudacityというアプリで作成。もちろん生きていませんのでモーションキャプチャでは取れない!)。
図をみると、どの音もきれいな波であることが分かります。そして、波形が似ています。
この類似性が音色や音楽のつながりに寄与しています。
また、一つの音に何回ビブラートをかけているか、また、1秒間に何回かけているかも一目瞭然です。ハイフェッツの場合は6から7回かけています。
余談ですが、ハイフェッツのポルタメントをみると直線的でなく二次関数のように(最初速く移動し行きつくピッチに近くなるにつれて減速するように)曲線で上下させています。
図3 ハイフェッツのビブラート(ドヴォルジャーク:ユモレスク第7番) 音源
そしてもう一つ、美しいビブラートの例として、オイストラフのメンデルスゾーンヴァイオリン協奏曲2楽章のスペクトログラムを挙げておきます。素晴らしいのは、音が変わっても(指が変わっても)ビブラートのサイン波が連続しているのです。
よく見るとオイストラフは位相までほぼ連続しています(特に2小節目A⇒G、3小節目の下降音階)。
つまり、手の動きが押さえている指に影響されることなく連続的に滑らかなカーブを描いているということを意味しています。
図4 オイストラフのビブラート(メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲第2楽章) 音源
最後に、パールマンの演奏より、ボーイングは切れているけどビブラートはつながっている例です(図5)。
同じ音が続きますが弓はアップダウンで切り返されます。
それでもビブラートのサイン波に乱れはありません。左手のビブラートはきれいにキープされたままです。
図5 パールマンのビブラート(ラロ:スペイン交響曲第1楽章) 音源
ということで、解析した結果から言えることは、プロの美しいビブラートのメカニズムは、指の動きがサイン波のように滑らかな周期性があるということでした。
そのように美しく動かすにはメトロノームでゆっくりのテンポから、どの指の動きも不均一にかつ不連続にならないようにトレーニングすることが必要ということでしょう。みなさんも、自分のビブラートを録音してアプリ(本記事では無料のAudacityを使ってます)でスペクトログラムを使ってみて確認してみてはいかがでしょうか。また、ビブラートのかけ方は演奏者により少し個性がありそうですので、好きな演奏のビブラートのかけ方を観測してみると新たな発見があるかもしれませんね!
ビブラートの演奏家の違いについてはまた次の機会にお伝えします。
巨匠バイオリニストによるビブラート解析、研究報告音楽情報科学、宗宮麻衣子, 宮沢芽衣, 横山真男
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音楽と楽器の研究:
筆者(横山真男)のHP(楽譜のダウンロードもできる作品リスト)