シューベルトの伴奏の刻みはシンドイ?
シューベルトは伴奏に刻みを持ってくるのが好き?
彼の後期の伴奏の特徴は、トレモロとしつこさ。
またいつもの通り片っ端からスコアと音源を総なめして考察します。
今回はシューベルトの伴奏について。
旋律は素晴らしいのは言うまでもないですが、
そのわき役に押し込まれてしまう伴奏、しかも「刻み」が気になり、スポットを当ててみました。
#一応、物書きと調べものが本職の学者、そしてチェロ弾きで作曲もする室内楽愛好家。
気になるとどうしても調べてみたくなるもので。
シューベルトと言えば「魔王」。
みなさん学校の授業でも聞いたことがあると思いますが、
この曲は実をいうと伴奏のピアニストにとってはかなりシンドイ曲。
というか、ちゃんと弾ける人は少ないらしいです。
その理由は!
馬の駆る様子を描いた高速3連符が、なんと約150小節も続くのです。
曲の最後の二小節だけがコードを弾くようになっていて、
最初からほぼ最後までオクターブないし和音(途中少し形を変えますが)
ずーと鍵盤を連打し続けるのです。
簡単な計算をしてみましょう。
4/4拍子で1小節12個の音があるので、全部で150×12=1800発も連打するわけです。
しかも、どれだけのスピードか。指定のテンポは四分音符=152(BPM)。
つまり、1分間に152個の四分音符が鳴るテンポで3連符を刻むと、
60÷152÷3≒0.13秒に1回のペース。
シューベルトさん…大変ですよ、これ((+_+))。
# どうやら作曲者自身も「僕には弾けない」とぼやいたとか。
シューベルトの器楽曲の伴奏の特徴か?
さて、シューベルトの伴奏における刻みについて、もう一つの有名曲から。
数ある未完成曲のなかで最も有名な交響曲ロ短調「未完成」の1楽章。
冒頭のオーボエとクラリネットのテーマの裏で霞のようなヴァイオリンパートの刻みと
終始登場するトレモロを数えてみると、約180小節(繰返し無しで)。
全部で370小節くらいですのでざっと48%の小節で刻みがあります!
これは交響曲としてはシューベルトの1つの特徴かと。
ブラームスやベートーヴェンの交響曲や室内楽ではここまで執拗な刻みの使い方はあまりなかったような。
モーツァルトは非常に多彩にコロコロ移り変わっていきます。
モーツァルトの多彩な曲想の移り変わり
おなじ刻みのパターンを長い時間持続すると、聞いていてもちょっとしたしつこさを感じます。
シューベルトのようにずっと同じ刻みを休みなく続けるのと、
モーツァルトのように巧みな変化と空間(エアー)が入ると、
やはり聞き心地が変わると思います。
ドイツパンやシュトーレンのようなずっしり目の詰まったのも、まあ美味しいですが、
空気を含んだフワッとそしてバターの風味豊かなパリッとした、
そう!ブリオッシュの方が私はすきかなぁー。
人生もパンも伴奏も、適度な変化と隙間があったほうがいいんでないですかね。
そもそも伴奏の付け方は?
ところで、普通、楽曲には大なり小なりの盛り上がりポイントが何度か現れますね。
伴奏の刻みの使い方の常套手段としては、
例えば、音楽の区切りに向かって音型を細かくして、その効果を与えたりするときに使います。
もっとも、普通に伴奏音型として使うときは、ある小節たったところでカデンツ等によりその伴奏形は終止します。
そして、次の伴奏音型をもってきて、雰囲気を変えるのが常套手段です。
たとえば、八分音符のスラーの流れる音型から、次は少し動きを持たせたシンコペーションとか。
ところが、シューベルトの曲の多くは、その変化を与えようとしません。
一区切り続いた後も、また同じ伴奏刻みの音型を使います。
交響曲グレートの1楽章、壮大なホルンから始まる序奏につづく、
第1主題の…伴奏!
(今回は旋律には全く触れません(^^♪)
木管から始まる四分音符6連ですが55小節くらい、この伴奏一筋です!
さらに、流れるような第2主題の裏に延々と続く八分音符の分散和音的な音型は、95小節も続きます。
(こういった刻みとしつこさが匹敵する作曲家は、ブルックナーくらいですかね。)
弦楽四重奏曲における刻みっぷり
まだまだ、シューベルトの刻みの愚痴…いや、例はいっぱいあります。
代表曲の一つ弦楽四重奏曲14番「死と乙女」。一楽章の3連符の音型、その次の第2主題まで引っ張ります。これもかなり特殊です。続く16分音符刻みに変わり、結局110小節くらい過ぎたあたりでやっとチェロの伸ばしで解放されます。続く第15番の弦楽四重奏曲もトレモロの嵐。戻って、「断章」四重奏曲も出だしから刻みです。第13番「ロザムンデ」はトレモロや刻みの呪縛は少ないですが、冒頭の付点二分音符+16分音符の印象的なモチーフが終始支配的・・・他の伴奏の音型も八分音符の分散和音が主。有名な2楽章アンダンテもしかり。
一方、さかのぼって19歳のころの作品、第11番とされるホ長調Op.125のハツラツとした四重奏曲。
このあたりはずっとハイドンのような明快な曲で伴奏の動き豊かな作品もある。
弦楽四重奏第11番D353
さらに前に時間を戻すと、14-16歳のころに書いた初期の6作品は、しつこい刻みの片鱗はなく、
伴奏の変化もffに向かって刻みを入れていく方法も、上述のように定石な刻みの使い方をしています。
(ちなみに第4番ハ長調D46は珍しく対位法的イントロを使っている)。
逆に、第6番ニ長調D74は八分音符の連続と言った短調的なもの。
7番から10番まではハイドンからモーツァルトを思わせる良いもの。
20歳で書かれた弦楽3重奏曲変ロ長調には一本調子なところは見られない。
(どうやら過去の偉大な先人の模倣をしていた若いころの方が伴奏は面白いのかも??)
曲の効果的な伴奏
逆に、シューベルトのなかでも非常にドラマチックでカッコイイ伴奏と言えば!
そしてチェロ弾きとしてもこの曲は外せないだろう。
最晩年のチェロ2本による弦楽五重奏曲ハ長調。
2楽章の激しいセコバイとヴィオラ、第2チェロの伴奏。
刻みをとシンコペーションを巧みに合わせた素晴らしい伴奏として挙げたいです。
わめくストバイと第1チェロの旋律の裏で、嵐のような伴奏を30小節に渡り弾き続けます。
ここまで、シューベルトの伴奏について交響曲や室内楽曲の範囲から書き始めてみましたが、
ここでいったんストップ。
なにせシューベルトは1000曲近い曲を書いているので、
リートやピアノ曲まではまだ見きれてないのです。
すみません…さすがに。ピアノソナタまでは全部見たのですが。
その中では、晩年のピアノソナタ第20番D959は珍しく変化に富んだ飽きない力強い曲。
一番好きかも。そして第19番D958も。
とにかく、ここまでで言えることはシューベルトの伴奏は「一本調子」です。
これは良くも悪くも旋律に耳がいってしまう作りで、やはり歌(旋律)が素晴らしいシューベルトだから
曲としてまだもっているとも言えるでしょう。
シューベルトの作曲の仕方が歌曲的であって、バッハからベートーヴェンへの歴史に見られるようなモティーフの分析・変形・構築といったスタイルではないという論に、関連すると思います。
難しい話はさておき、この伴奏の単調さ、しかも長く続く同型の伴奏は、実は奏者からすると疲れるのです。同じかっこうで同じ動きをしていると、肩がこってしょうがないので、正直、動きがある方が楽しいし身体的にも楽。
(刻み大好き!というヴィオリストやセコバイの「専門職」の人もいるかもしれませんが…)
本文の音楽学的引用は参考文献「作曲家人と作品シリーズ、シューベルト」村田千尋(音楽之友社)から引用しています。
=========
音楽と楽器の研究:
https://yokoyama-music-research.jimdofree.com/
筆者(横山真男)のHP(楽譜のダウンロードもできる作品リスト)
https://www.cello-maker.com/research/music/japanesemusic-score.html