はじめに-長唄三味線について-
 
☆三味線の調弦(調子)について
三味線の調弦は主に3種類あります。本調子、二上がり、三下がりです。
三味線の弦は、低音から一の糸、二の糸、三の糸といいます。
本調子が基本となる調弦に対して、二上がりは二の糸が高く、
三下がりは三の糸が低くなります。 
 
 
 
☆口三味線について
 口三味線は音色と奏法を表します。弾いた音とバチですくった音や指先ではじいた音では、音の高さは同じでも音色が違います。例えば、一の糸を弾いた音をドンといい、バチですくうとロンとなります。 口三味線では音階は表しません。
☆三味線の奏法について(スクイ、ハジキ)
スクイ=撥で絃をすくって弾く。
ハジキ= 絃を左手の指先ではじいて鳴らす。
 
 
長唄 氷艶 破沙羅
(二上り→本調子→二上り→三下り→本調子)
 
年代 平成二十九年五月
作詞 戸部 和久
作曲 今藤 長龍郎
作調 藤舎 呂英
 
 
 概節
 
 この曲は平成二十九年五月代々木第一体育館で上演された歌舞伎とフィギュアスケートの共演に使用された曲であります。二幕から成る構成の一幕の第四場より長唄の演奏が挿入されます。 
 
1、義経登場
 
 
 一幕第三場で善の英雄義経が颯爽と登場する「かかるところに九郎判官義経が」は長唄のタテ唄(リードボーカル)の発声です。
 
 
 2、弁慶討死 二上り
 
【曲節】
 
 
「トンチンチンチントチチリチリチリ」で始まる合方は、立ち回りの前半は歌舞伎の様式美としての静かな動きで型を見せるものであるので、あまり早間にならぬように弾きます。途中、陰囃子のように音量が抑えられ役者のセリフとなります。
 
 
「テンドロドドンロン」からの後半は一の糸が洋楽のビートの効果があり、拍子とリズムの面白さをねらって撥さばきと音色を利かせるように心がけます。ここからはノリを早く勇壮に。続く「ドンチリチリチリ」の高音の早掬いはキレイに弾きます。「チャチャン、チャンチャンチャチャ」の部分のみ一の糸の「ドドドドド……」とパートが分かれます。「チリチリチリチリチリチリチリチリトトトトトトトト」は末期の弁慶の動きに合わせて速く。「ツルトロツツ」と勢いのまま不意に止め弁慶の討死を表現します 。
 
3、悪四天の舞踊 二上り
 
【歌詞】
 
 
  四海波納まりて
  常磐の枝ものほんよえ
  葉も繁る
  えいのんえい
  えいさら悪の弥栄
 
 「四海波納まりて」は 謡曲「高砂」の一節の引用、ここでは悪の国家が磐石なことを祝う。「常盤」常に変わらぬ岩のように永久不変、と岩長姫の世に掛けてある。「えいさら」は、謡曲「岩船」の「引けや岩船、えいさらえいさと」と前段の「えいのんえい」と合わせて掛け声。ここでも岩を言掛けている。「弥栄」は一層栄える、めでたいの意。
※この部分の歌詞は長唄「舌出し三番叟」からの引用です。
 
 
 
  この世をば我が世と思う三笠山
  巡る盃大江山
  酒呑童子の大杯が流れ
  北山 東山
  天下を望む盗人が
  見初めて手折る如意ヶ嶽
  地獄太夫のカシャ髑髏
 
悪四天各々を表す言葉と所縁の山名が綴られています。「京鹿子娘道成寺」にも見られる「山づくし」です。以下、末尾に()書きで各人の登場する歌舞伎演目名を記載。
「この世をば我が世と思う三笠山」は最高権力者に登りつめた蘇我入鹿の三笠山御殿を指す。(妹背山婦女庭訓) 
「巡る盃大江山」(大江山酒呑童子)
「北山 東山 天下を望む盗人が」石川五右衛門が南禅寺山門から見渡す京都の五山の「五」を五右衛門の名に掛ける。五山のうち、東山と北山は送り火では「大」の字を焚くことが共通している。 (楼門五三桐) 
「見初めて手折る如意ヶ嶽」は前述の東山の大文字が如意ヶ嶽であることを受ける。地獄太夫が幼少時、賊に囚われた如意山を掛けてある。「見初めて手折る」とはあまりの美しさに遊郭に売られたことを指す。「地獄太夫のかしゃ髑髏」どんなに美しい女でも最後は髑髏になってしまう真実を見せたいと、自分の死後は野晒しにして欲しいと僧に頼んだ逸話より。(一休地獄噺)  
 
【曲節】
 
 悪四天の登場は荘重に演じます。酒宴に入ってからは騒いでいる心ですからスラリと軽めに演じます。
 悪四天の舞踊の出だしは「チチ」で一息吸って伸びよく唄い出します。「えいのんえい」から短い合を聴き「えいさら悪の弥栄」は絃から離れて拍子にノッて演じます。 
悪四天の舞踊はいずれも頭に「一拍子、半拍子、スクイ、ハジキ」の手が繰り返して入ることによって曲想のちがったものを違和感なく繋いでいます。 各人の曲から次に進むときにはその都度一旦棹をユルメて。
トチチリチリチリトチチリチリチリからは連舞となりガラリと気分をかえ「えいさら悪の弥栄」は浮き立つ気分を棹ノッて軽快に演じます。 
 
 
4、阿国花道 本調子
 
 
【歌詞】
 
  後の世も また後の世も 廻り舞え
  破沙羅 破沙羅に
  染めよ 破沙羅
 
「後の世もまた後の世も廻り」は義経の辞世の句を引用したもの。「破沙羅破沙羅に」は 今この時この世界に、「染めよ」思いを込め生き「舞え」との意。 
 
【曲節】
 
 琴との合奏で大和楽☆風になります。タテの「のちの世の」の余韻が残るうちにワキが「またのちの世の」と受けます。「破沙羅、破沙羅に」はウラで唄い声をうまくつかって綺麗に聞かせる工夫が必要であります。
 
☆ 大和楽は昭和初期に創設された新邦楽の一種。琴の伴奏が入る。
 
 
5、阿国舞 二上り→三下り→本調子
 
 阿国舞は長唄の中でも有名な「京鹿子娘道成寺」「二人椀久」「鏡獅子」の曲の一部を繋いで構成されています。三曲とも調子が違うため、曲の繋ぎ部分で転調しています。
 
【歌詞】
 
  花のほかには松ばかり 
 
「京鹿子娘道成寺」の引用。道成寺の花子は白拍子(男装して舞う遊女)であり、男装の遊女の阿国と通じる。
 
  八ツの時から巡り愛すは
  ちんとんしゃんとん 
  ちんとんしゃんとん
  舞拍子
 
 「八ツの時から巡り」は初演の義経役の高橋大輔が八歳からスケートを始めた事に因む。「愛す」はアイススケートの当て字。「ちんとんしゃんとん舞拍子」はフィギュアスケートで舞い踊るの意。
 
【曲節】
 
 
 囃子の一声の後、「京鹿子娘道成寺」の謡ガカリになります。最初はさらりと、二度めの「花のほかには」は荘重に、たっぷり間を取ってから「松ばかり」に繋ぎます。「松ばかり」はつの字を上げると面白くなります。 
 
 
 二上りで「京鹿子娘道成寺」の鞠唄の合の手となります。ここは通常いろいろなタマ☆を加えて聴かせるところになっています。
 
 ☆タマというのは、ツレの三味線が弾く1〜2小節の単純な繰り返しの伴奏に合わせ、タテ三味線(首席として他をリードする演奏者)が装飾的・技巧的な旋律を弾くというものです。節は流派によって違い、基本は奏者のアドリブ。
鞠唄では単純な繰り返しの伴奏部分「テンツルテンツル・・・」にかぶせてタテ三味線が旋律を弾きます。
 
 
 一の絃を上げて三下りになりますが、徐々に上体を起こす踊りの振りに合わせて少しずつ転調いたします。「二人椀久」の躍り地へ。トテチリンを2回聞いて唄い出します。「ちんとんしゃんと舞拍子」は軽妙に唄います。タマ☆の部分は弾みすぎて荒っぽくならぬよう、柔らかさやうるおいを失わぬように弾かねばなりません。
 
 ☆ ここでもタマは単純な繰り返しの伴奏部分「トンテンチンリン、トンテンチンリン・・・」にかぶせてタテ三味線が旋律を弾きます。 
 
 
 チャチャンチャチャチャンの流れのままチャチャチャ……と三の絃を少しずつ上げ本調子に転調していきます。
「鏡獅子」の髪洗いの合方となります。阿国舞のくだりの最大の盛り上がりとなりますので、豪快、流暢、かつ華麗に演じます。歌舞伎舞踊の興行の場合の髪洗いの後半ばりのかなりの早間ですので、よほど技量の練達した弾き手でないとうまく弾きこなすことができません。
 
 阿国舞は、全体でフィギュアスケートのショートプログラムの二分五十秒を演奏時間の目安といたします。
 
 
6、取らす盃  本調子
 
 
【歌詞】
 
  見事見事と 弾正が
  取らす盃 注ぐ酒
  今宵はお前を抱いてくれよう
  とかきくどけば
  粋を通して下さんせと
  面の奥で微笑む女
  その顔見せよと 面を取れば
 
 艶ごとめいたところ。「粋を通して下さんせ」は遊では枕を交わすまでに手順が必要なように、性急なことは野暮であるとやんわり拒絶する。 
 
【曲節】
 
  一の絃のコキ☆から三の弦のスリ上り☆で始まり、「見事見事と弾正が」からは浄瑠璃で演じます。「面の奥で微笑む女」の唄の切れ目にかぶせて弾くチリチンチリチンのチンはスリ工夫がいります。「その顔見せよ」は絃から離れ「面を取れば」で棹シメて。 
 
 ☆三味線の奏法について(スリ、コキ、スリ上がり)
スリとは左手で弦をすって余韻を出す奏法。急速にすって出す余韻が特に不安定なときはコキといって区別することもある。
 あまり勘所にこだわらずに左手を棹の上の方へすりながら同時に撥 (ばち) で弾いて音高を下げていくスリ上がりと,胴の方へすって音高を上げていくスリ下がりとがある。
 
 
7、岩長姫髪洗い 本調子
 
 
【歌詞】
 
  暗き瞋恚の 燃え立つ焔 
  物凄くもまた すさまじし
 
 「暗き瞋恚の燃え立つ焔」は燃え上がる炎のような激しい怒り。「物凄くもまたすさまじし」 すさまじいに同義語である物凄くを冠することから、 怒髪天を突くほどの怒りを毛振りによって表します。
 
【曲節】
 
 岩長憤怒の段はスリ上がりを豪快に弾いて始めます。唄は「暗き瞋恚の」ですご味を出す。ドツツルツルツルツは抑えめに弾きチチツツで一度棹ユルメる。ドンドンドンドンで次第にノって囃子との掛け合いになります。二の絃のスリ上りは内にこもった怒りを表すように抑えジャンジャンで強く弾きます。チャチャンチャチャンはハジけるようにトチチリトチチリで一気に盛り上げ大薩摩☆の本手押重☆となります。
 
☆大薩摩とは
 大薩摩節は勇壮豪快な曲調で歌舞伎の荒事の伴奏音楽として用いられたが長唄に吸収された。以後、長唄に大薩摩節の旋律を積極的に取り入れたものを「大薩摩物」と呼ぶ。 
☆三味線の奏法について(押重、コカシ撥)
 押重は大薩摩系統の曲には必ず登場する奏法。押バチ(3本の絃を1本ずつ撥皮に押しつけるような奏法)を重ねて弾くこと。
コカシバチは3本の糸の上をこかす(すべらせる)ように弾く。 
 
 
8、弾正六方  本調子
 
 
【歌詞】
 
  波を蹴立てて綿津宮
  「岩を打ち裂き千尋の谷」
  人魂燃ゆる黄泉底 
  「破沙羅の果てる所まで」
  千歳を越え
  「万世を絶って」
  彼方をさして
 
 弾正の場は役者の台詞と唄との掛け合いであります。「波を蹴立てて」で後の大海原海上決戦の場に繋ぐ。「綿津宮」 わたつみとは古語にて海という意味。「人魂燃ゆる黄泉底」は死者の魂が赴く世界。次の場の黄泉比良坂岩戸の場を暗示している。「岩を打裂き千尋の谷」は前段の岩長姫の毛振りを石橋(獅子もの)に掛けている。「彼方をさして」までの台詞と唄で、この海の続くところいかなる悪道をも突き進み、地の底まで、この世界の涯までどこまでも追い続ける、と六方に入ります。
 
【曲節】
 
 トビタタキ☆で長く引いて唄い始めます。「人魂燃ゆる黄泉底」で一度ユルめる。「万世を絶って」のセリフにテツンはかぶせて弾く。「彼方をさして」は高くて苦しくても表で唄わねばならぬところです。ナガシ☆で曲の終止となります。
 
☆三味線の奏法について(トビタタキ、ナガシ) 
トビタタキ=一の絃と三の絃を交互に弾く。
ナガシ=旋律の最後の同一音を次第に早めて連続的に弾く奏法で,最後に少し遅くすることもあり、強さは次第に弱まる。特に段落の終りでその前の旋律と区切って開放弦で行う類型は「オトシ」ともいう。
 
 

※氷艶2017破沙羅2周年記念として三日間で公演数と同じ6つのブログを掲載します。

こちらは1つめとなります。

三味線文化譜(譜面)は明後日5/22のブログに掲載します。

三味線文化譜はこちら↓