弁天小僧菊之助「知らざぁ言ってきかせやしょう」 | マサミのブログ Road to 42.195km

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5/16の月曜日は、ここに↓いました。

 

 

 

 

 

はい。歌舞伎座です。観に行ったのはこれ↓。

 

 

 

 

第三部の『市原野のだんまり』と『弁天娘女男白浪(べんてんむすめ めおのしらなみ)』。私のお目当ては後半の『弁天娘』でした。

 

 

このブログで歌舞伎に触れるのは初めてかもしれませんが、私は歌舞伎鑑賞は何度か経験しています。まだ20世紀だった頃、「日本人なら、一度は歌舞伎を観ておかないとまずいのでは?」と思い、観に行ったのでした。市川猿之助(先代)の「宙乗り」で知られる『小栗判官』ほか、いくつかを観た記憶があります。でも当時は「ふーん。なるほど」という感じで、繰り返し観たくなるほど引き込まることはなく、歌舞伎との縁はそれっきりになっていました。

 

今回、歌舞伎を観たくなったのは、実はシェークスピアがきっかけでした。「まだ自分はシェークスピアを読んだことがないので、有名な作品だけでも読んでみたい」と、今年の目標に書いたと思います。これまでに『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『マクベス』『リア王』を読んだのですが、『マクベス』(岩波文庫版)の巻末に、翻訳した木下順二さんが公開講座でしゃべった内容がしるされていて、こういう一節がありました。

 

「(マクベスと魔女のセリフについて)…シェイクスピアが、ひょいとした思いつきをうまく使っている例ですが、これに似たようなせりふの書き方は歌舞伎にだってないわけじゃない。『三人吉座』で「月もおぼろに白魚の、篝も霞む春の空、浮かれカラスのただ一羽、ねぐらへ帰る川端で、棹のしずくか濡れ手で粟、思いがけなく手に入る千両」…昔の15代目羽座衛門がこのセリフを朗々と声に出すのを聴くとこたえられない。ところがこの独白はたいして意味がないのです。でもそれを七五調の名調子で言うと、非常に気持ち良く聴こえる。その気持ちのいいのに乗ってストンと「思いがけなく手に入る千両」という肝心の言葉が胸に落ちるわけです」

 

なるほど。シェークスピアでも歌舞伎でも、意味は無いにしても「音」と「リズム」に乗って気持ち良く聴かせるセリフもある、ということですね。私はこの部分がなんとなく印象に残っていたのですが、そんな時に新聞の広告で「弁天娘」の歌舞伎座公演があることを知り、「これだ!」と思って、チケットを買ったのでした。

私の子ども時代には、家におばあさんが居ました。母方の祖母です。私が12歳の時に亡くなったのですが、そのおばあさんはTVで歌舞伎を観るのが好きで、子どもだった私もなんとなくTVの前で一緒に観ているうちに、有名な芝居の有名な場面は記憶に残るようになっていました。

「弁天小僧」の「知らざぁ言って聞かせやしょう」とか、「白浪五人男」の「問われて名乗るもおこがましいが」とか、「石川五右衛門」の「絶景かな、絶景かな」とか…。あと「安珍清姫(娘道成寺)」の蛇が鐘の中で焼かれる場面や、「俊寛」で舟が出ていく悲しい別れの場面、「番場忠太郎(瞼の母)」の「おっかさん、忠太郎でござんす!」とか、名場面、名セリフはいつの間にか、私の心の深いところに刻まれていたのでした。(おっかさん!は歌舞伎ではないかな?)

 

なかでも「弁天小僧」で、武家の娘に扮した弁天が男であることを見破られ、開き直って自分の素性を明かす場面は、数ある歌舞伎の名場面の中でもピカイチに有名なシーンですし、ご存知の方も多いことでしょう。検索するとたくさん出てきます。

 

 

そうそう。この場面↑で弁天小僧が啖呵を切るセリフがこちら。

 

知らざあ言って聞かせやしょう。

浜の真砂と五右衛門が、歌に残せし盗人の、

種は尽きねぇ七里が浜、その白浪の夜働き、

以前を言やぁ江の島で、年季勤めの稚児が淵、

江戸の百味の蒔銭を、当てに小皿の一文字、

百が二百と賽銭の、くすね銭さえだんだんに、

悪事はのぼる上の宮、岩本院で講中の、

枕探しも度重なり、お手長講を札付きに、

とうとう島を追い出され、それから若衆の美人局、

ここやかしこの寺島で、小耳に聞いた祖父さんの、

似ぬ声色で小ゆすりかたり、名さえゆかりの

弁天小僧菊之助とは、俺がこった。

 

(参考『心に響く歌舞伎の名セリフ』赤坂治績)

 

今回、私が初めて知って驚いたのは、この物語、舞台は鎌倉なんですね。盗賊の一味だった弁天小僧が、鎌倉・雪ノ下にある呉服屋「浜松屋」に、位の高い武家の娘に化けて入り、わざと万引きしたとみせかけて店を強請り、大金をせしめようとするものの、通りかかりの侍に男であることを見抜かれて開き直る。しかしその侍も実は弁天とグルで…というお話。なるほど、「七里ヶ浜」「江の島」「稚児が淵」「岩本院」など、あの界隈の地名がたくさん出てくる!知らなかったなぁ。

 

また解説によると、掛け言葉や洒落、楽屋落ちなどもふんだんに出てくるそうです。「寺島」というのは「島の中の寺」という意味ですが、この演目は代々「尾上●●」という芸名で知られる「音羽屋」の役者さんが演じることになっていて、音羽屋さんといえば本名が「寺島」なんですね。それにひっかけた楽屋落ちなんだそうです。女優の寺島しのぶさんは、歌舞伎役者の七代目・尾上菊五郎さんと富司純子さんの娘さん。ということは、弁天小僧のセリフに出てくる「寺島」って「寺島しのぶ」さんの「寺島」なのかッ!はぁ…こういうことを知るのは、本当に面白いですねぇ。

 

 

上記の『心に響く歌舞伎の名セリフ』には、こういう記述もあります。

 

「古典劇には、よく独白(モノローグ)が出てきます。これはシェイクスピア作品も同じです。昔は、(登場人物の)心のうちを観衆に伝えるには、言葉に出して言う必要があったのです。(略)歌舞伎に限らず、演劇の台本は、読書のためでなく、観衆に耳で聞いてもらうために書かれます。河竹黙阿弥(弁天小僧等の作者)のせりふは、観衆の耳に心地よく聞こえるよう計算して書かれています」

 

おお。ここにもシェイクスピアの名前が。シェイクスピアの本に歌舞伎のことが出てくるし、歌舞伎の本にシェイクスピアのことが出てくる。ふーむ。しかも、歌舞伎の土台を作ったといわれる「出雲の阿国」という人は、シェイクスピアとほぼ同時代、1600年前後に活躍した人なんですね。このあたりも実に興味深い。

 

 

 

―――

 

 

くどくどと前置きが長くなりましたが、観劇した感想について。

 

 

この写真は歌舞伎座の宣伝用素材を借りました。今回の弁天小僧を演じる、尾上右近さんです。「知らざぁ言って…聞かせやしょう!」と見栄を切る瞬間ですね。右近さん、娘を演じる時は可憐で可愛いのに、男と見破られて開き直ってからは図太くて迫力がありました。娘の時は裏声というか、高い声を出すんですが、それでも良く通る声が場内に響きわたるのはすごい。発声の訓練をよほどやっているのでしょうね。

 

尾上右近さんの素顔はこちら↑。もう、なんと申しましょう。言葉がないですね~ 爽やか過ぎる!(笑) 

 

 

私の席は3階の3列目。こんなふうに舞台を見おろす席でした。舞台は私の記憶よりも近くて、役者さんのちょっとした顔の表情の変化まで確認できました。オペラやバレエの公演がある東京芸術劇場とか新国立劇場と比べたら、歌舞伎座はずっとこじんまりしていて見やすい。宝塚と同じ感じかな?と思いました。(あ、宝塚には3階席はなかったかもです)

 

 

予習をしていったので話の筋は理解できたのですけれど、私の耳では、セリフが聴き取れたのはせいぜい1割ほど。例によって「聞こえてはいるけれど、何と言っているのか聴き取れない」という、難聴あるあるです(涙)。出だしの部分で、おそらく時事ネタや芸能ネタを織り込んで客を笑わせる「くすぐり」があったようで、客席には笑いが広がったんですけど、私には何がおかしいのか分からず…まぁ「あるある」なんですけどね。

でも男だと見破られた弁天が開き直って言う例のセリフの場面は「ああ、これだ!小学生の頃、おばあちゃんと一緒にTVで見ていたあの場面は、これなんだ!」と思うと、感極まってしまいました。

でもなぁ…弁天小僧と南郷力丸が浜松屋を出る時、花道でかなり長い時間をかけてやりとりするのですが、そこはまったく聴きとれなくて悲しかったです。このお芝居のセリフを全部文字に書き起こして印刷したものを読んでみたくなりました。

 

 

 

第二場は、弁天小僧をはじめとする「白浪五人男」が追手に追われ、いよいよ覚悟を決めて一人ひとり名乗りを上げる場面。「問われて名乗るもおこがましいが…」から始まって「さて、どん尻にひけえしは…」の「つらね」と言われるセリフも、歌舞伎の中の名場面・名セリフですね。

今回あらためて思いましたが、歌舞伎というのは、物語の起承転結をきっちり筋通りに描くのではなく、長い物語の一場面を切り取って、ダイジェスト的に見せているんですね(そうでない演目もあるかと思いますが)。だから私もずっと「弁天小僧」と「白浪五人男」が、同じひとつの話なんだとは長いこと知らずにいました。勉強になることばかりです。

そしてこの場面でも、私にはセリフの聞き取りがほとんど不可能だったのですが、「洋楽ロック」のライブを観ているような感覚で、何を言っているのか分からなくとも、言葉を「音」と「リズム」で受け止めようと心がけてみたら、なんかすごく気持ち良く感じられたので良かったです。ちなみに第一場の「浜松屋」の場面が1時間ほど、第二場の「稲瀬川勢ぞろい」の場面は15分ほどでした。

 

 

なお、弁天娘の前に演じられた『市原野のだんまり』というお芝居も面白かったです。都のはずれ、月光に照らされた野原で一人の貴族が笛を吹いていると、二人の盗賊が襲い掛かる…というお話ですが『だんまり』というタイトルの通り、セリフが一切なくて、動きと音楽だけで物語を表すんです。16~7分ぐらいの短い舞台ですが、私は見ているうちに「ああ、これはバレエじゃん!」と気がつきました。言葉を使わず「動きと音楽」で表現するというのは、まさにバレエですよね。そう思って観ると、とても面白かった。盗賊の一人は牛の皮を被っているので「嘴平猪之助かよ!」と突っ込みたくなったりして(笑)

 

 

―――

 

 

 

 

私は今回、予習のために、1958(昭和33)年に公開された映画『弁天小僧』のDVDを買って観ておきました。主演は市川雷蔵さんです。観て分かったのですが、歌舞伎の『弁天小僧』をそっくり映画にしたのではなく、歌舞伎を土台にしたオリジナルの脚本の作品なんですね。でもその中で「知らざぁ…」の場面がチラリと使われているので↓動画をご覧ください。TVの画面をデジカメで撮りました。

 

 

弁天小僧菊之助が啖呵を切るところのセリフは、出だしをチラッと言うだけになっていますが、雰囲気はお分かり頂けると思います。

 

 

 

続いて、男と見破られた弁天小僧と仲間の南郷力丸が「斬ってもらおうじゃねえか」と侍に背中を向けるシーン。私はここを観て「あーっ!」と声を出してしまいました。この二人のシンクロした姿勢が、おばあちゃんと一緒にTVを観ていて記憶に残っていたのです。「覚えていたことを忘れていた」のですが、記憶が一気によみがえりました。なお、映画ではこんなふうでしたが、今回の舞台では、2人がもう少し客席に身体を向けた角度で坐っていましたね。

 

このところバレエを観る時に「あらすじはネットで検索すれば分かるけど、細かい演出については、やっぱりパンフレットを読まないと分からないなぁ」と思ったので、今回は場内で売っているパンフレット(歌舞伎では「筋書き」と呼ばれるようです)を買いました。開演までの間に急いで読みましたが、読んでおいて良かったです。休憩時間に読み直して復習も出来たし。バレエのパンフは3,000円もしたりしますが、歌舞伎のパンフは1,300円なので、まぁまぁ買いやすいですしね(ただし、ほぼ全編モノクロです)。

 

 

 

そんなわけで、25年ぶりぐらいに観た歌舞伎ですが、とても楽しめました。欲を言えば、セリフが字幕になってくれたらいいんですけどねぇ。松竹に要望してみようかな。また、調べてみると歌舞伎には「弁天小僧」の他にも鎌倉を舞台にしたものがあって(今回の第二部『暫(しばらく』もそうです)、鎌倉好き・歴史好きにとっては興味を惹かれますので、いずれ再訪してみようと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<おまけ>

今回、行きは地下鉄都営浅草線の「東銀座」駅を使いましたが、帰りは地下鉄日比谷線の「東銀座」駅を使いました。

 

 

日比谷線のほうが、「歌舞伎」の雰囲気を表しているんですよね。というのも、ご存知の方も多いでしょうけど…

 

 

ここでは、駅のホームの壁が「歌舞伎カラー」になっているんです。

 

 

ね? いかにも「歌舞伎座の最寄り駅」とアピールしているでしょう? 私はこの3色を「海老茶・黒・緑」といい加減に覚えていましたが、正式には「柿色・黒・萌黄(もえぎ)」というのだそうです。で、歌舞伎座の幕(定式幕・じょうしきまく)と比べてみると…

 

 

あらら!駅のホームの柄とは違うのが分かりますか? 色の並び順が違うじゃん!初めて知ったよ~! これも調べてみると…ああ、もう「沼」にハマってしまいそうですので、またいつか!

 

 

 

 

 

 

 

 

<おまけ2>

 

今回は少し早めに家を出て、歌舞伎座に入場する前に、こちらに↓寄りました。

 

 

 

はい。先月、リグヒトさんが作品を出展された写真展の見学に行った帰り、まったく偶然に通りかかって発見した喫茶店「樹の花」さん。ジョン・レノンとヨーコさんが訪れたお店です。

 

 

お店の入口の看板に「レノンセット」と書いてあったのが目にとまり、オーダーしてみました。

 

 

なるほど。ジョンがこちらでオーダーしたコロンビアコーヒーと、テイクアウトしたアーモンドクッキーのセットというわけですね。メニューにも書かれていますが、質問したら、お店のスタッフの女性が丁寧に説明してくれました。

 

 

パリパリ・サクサクと香ばしいアーモンドクッキーが2枚。コロンビアコーヒーも美味しかった。私は「なんか、このコーヒーの味、知ってるかも? あ、そうだ。鎌倉のレ・ザンジュと同じ?」と感じました。自信は、ありませんニコニコ そういえば、ジョンもお忍びで来日して歌舞伎を観て、話の筋はぜんぜん分からないはずなのに、悲しい場面では涙を流していたんですよねぇ…ふーむ。

 

 

 

 

長い長い記事になってしまいましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。