#ちょっとモヤっとした事 ② | mocomocoのブログ

mocomocoのブログ

60代も いつの間にか半ば。
日々の想いを綴ろうと、ブログを始めましたが、いつしか、回顧録に、、
幸せな時、辛い時いろいろあった人生を振り返ってみます。

ちょっとモヤっとした事

ちょっとモヤっと  してた事。


✳️以前 投稿したブログ内容と

     重複している部分もあります。



同居してると

いろいろな事がある。


同じ事があっても、

何も気にならない日があったり

凄くイラっとする日があったり


何で、こんな些細な事に

イライラしちゃうんだろう。

何て自分は小さい人間なんだろう。

自分は優しくない。


って、落ち込む事なんて

しょっちゅうだった。


世の中の同居してるお嫁さん達

こんな風に自己嫌悪に陥る人

たくさん いるんじゃないかな。



もう、ずっと昔の事だけど、、


まだ、義兄夫婦が義実家で

同居していて まだ別居だった

時の私は

義父が体調悪そうな時


大丈夫? 

仕事やりすぎじゃない?

無理しないで。


って、

素直な気持ちで 気遣う事が

できていた。


それが、

同居して生活を共にしていく内に

そういう思いやりの言葉を

素直に言えなくなっていった。




ある時


義父の腕に注射後の

絆創膏を見た 義兄嫁が


「 お義父さん、どうしたの?

どこか悪いの? 心配、、

気を付けてね。 」


って、言った。


私は、

注射後の絆創膏を見つけても

そんな風に、優しく言えない。

言えないどころか、、


言いたくない。


変な意地を持つ。


何で こんな風になっちゃったん

だろう?


同居して、義父との間に

溝ができて 同居前の私じゃ

なくなっていた。


同居していなければ、、、

もしかしたら

優しい私で いられたかも。

義兄嫁みたいに、素直に

心配する事ができてたかも。



素直に心配の言葉を出せる

義兄嫁が羨ましかった。


でも、


義兄夫婦が同居してた頃、

義父は、私に義兄嫁の愚痴を、、

義兄嫁も(こちらは、別居してから)同居時代の義父母の愚痴を

言っていた。


義兄嫁さん、別居して

そんな風に優しい言葉を

かけられるようになったんだ。


別居して

たまに顔を合わすだけなら

どんないい顔も出来るよね。



あのまま、同居してたら

今の私みたいに 素直に

なれなかったかも知れないのに。


反対に

義兄夫婦が同居してくれてたら、

私は自分の心の醜さを知らずに

すんだかもしれないのに。


妬み  嫉妬  羨望


嫌な言葉だ。もやもや


義兄嫁さんは何も悪くない。


でも

私の中にどうしても こんな

負の感情が湧いて

心の奥底に黒い物が

溜まっていった。


同居が原因で

主人と喧嘩もした。


自分の事がますます

嫌いになっていく。

理想の自分と、

現実の自分の違いを

自覚するのは辛く

心が苦しかった。




もやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもや



それから何年もかけて

私も、自分の心の持ち方、

守り方を覚えていった。



幸せは

いつも自分の心が決める。


そのままでいいがな。


つまずいたっていいじゃないか

人間だもの。


みかんもりんごも

お互いにくらべっこも競争も

しないけど~

じぶんの実をつける



その時、その時で

たくさんの相田みつを師匠の

言葉に救われた。


そして、


自己嫌悪に陥ってる時間が

もったいない。


私は、落ち込んでも

すぐに忘れちゃう。


今は凹んでるけど、その内

気分も上がる時が来る。


と 自分の凹んだ時の感情を

コントロール出来るように

なっていった。


繊細さんだった私が

いつの間にか図太くなった。



自分の事を優しくない。って

思ってた若い頃の私に


優しくない。って思ったから

優しい人間になりたい。って

思えたんだよ。


妬みや嫉妬の顔は醜い。

って思ったから

毎日、笑顔でいたい。って

思えたんだよ。


何も感じないより

思えたって事が

今の自分への

第1歩だったんだよ。


って、

言ってあげることにした。


今の自分も大した人間

じゃないけどね。てへぺろ


まだまだ 修行中の私だけど、、

理想の自分には 程遠いけど、、


今は、こんな自分も好き。指差し


ちょっとモヤっとしてた事


ちょっとだけ、スッキリした。飛び出すハート



 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する