元気な障害者

元気な障害者

2004年発症。当初はうつ病の診断。転院を繰り返し、発症から10年目で初めて双極性障害という言葉を知りました。休職、復職後、2016年3月に定年退職。2017年7月から障害者枠のパート勤務。
2024年には顔面神経麻痺を発症。苦しんでいます。

「万博の太陽」という映画を動画配信サイトで観ました。

 

1970年の大阪万博を題材にした作品で、2024年にテレビで放送されたもののようです。

この万博は国民的な祭典であったと言って良いでしょう。

私も学校を休んで行きました。

月の石、宇宙ロケット、テレビ電話、動く歩道、全周型のスクリーン、などなど驚くものばかり。

NHKは連日お祭り広場で披露される各国の民族舞踊や芸能を放送し、私は毎日見ていました。

 

1964年の東京オリンピック。

学校は休みだったのでしょうか、たくさんの種目に喜んだり悔しがったり。

今でも選手の名前を覚えています。

日本人も外国人も。

聖火リレーも観に行きました。

それは私だけではないでしょう。

「全国民」と言っても良いほどたくさんの人が関心を持ち、一喜一憂したのではないでしょうか。

このオリンピックに向けて東海道新幹線も開通しました。

 

他にもあります。

力道山、大鵬、王選手の756号ホームランに沸き、長島選手の引退セレモニーに涙した人がどんなにたくさんいたことでしょう。

ミュンヘンオリンピックの男子バレーボールは多くの国民を寝不足にしました。

これらのことにどれほどの人が元気づけられたことでしょう。

 

 

2020年の東京オリンピックや昨年の大阪万博。

今から50年後、60年後に、今の私と同じように懐かしむ人がどのくらいいるでしょう。

「万博」といえば、これまでにも筑波科学万博、沖縄海洋博、花博、宇宙博などいろいろ開かれました。

それぞれ何年前だったか覚えていませんが、自分が行ったものですら、ほとんど覚えていません。

 

「時代が違う」と言ってしまえばそうかもしれません。

日本中が「発展しよう」「世界に負けない国になろう」と思っていた時代ですから。

すでに「発展」し、「世界に負けない国」になり、むしろ負け始めているのかもしれない今。

それを意識することもなく、誰も励まされたくないし、励ます必要もない。

頑張る必要もない。

頑張ることより「ゆる~く」がもてはやされている。

 

多くの国民が関心を持ち、沸いたのは何年か前に日本が優勝した野球のWBCが最後かもしれません。

あるいは、他に何かあったのかもしれません。

私が関心なかったのかもしれません。

もしかしたら盛り上がったかもしれない先のWBCも有料チャンネルでしか見られなかったせいか、野球好き以外には関心を持たれなかったように思います。

 

人々の好みや嗜好が多様化し、しかも、関心のある人しか見られない仕組みになってしまう。

全国民が一つのことに関心を持ち、熱狂することはもうないのかもしれませんね。

 

他人が何をやっているかになど関心を持つことはなく、それぞれが思い思いに好きなことをする。

 

それでいいんでしょうね。