私は高校生になったときに空手を習い始めました。
意気地なしで、何ごとにも積極的にならない私に業を煮やした父が知り合いのツテで見つけてきた道場に半強制的に入れられたのでした。
それまでの私にはまったく相応しくない空手でしたが、それを無理やりやらされることに抵抗すらしないほど自分の意思を持たない私でした。
道場は西新宿の繁華街の中心、ヨドバシカメラ本店のあたり、にありました。
場所柄、門下生は大人ばかりで、高校生の私が最年少でした。
また門下生や会の幹部には危ない世界の人がいるような道場でした。
若いために覚えが早いことも相まって、師匠からも先輩からもかわいがられましたが、中には別のかわいがり方をしてくれる先輩もいました。
口の中が切れて食べられなくなるほどしこたま殴られたり、みぞおちを蹴られて床をのたうちまわったりしたことがなん度もあります。
しかし、何故か、やめようとは思いませんでした。
そうやって続けた結果、黒帯になり、また大きな大会に出場するほどになりました。
その空手をやめてから久しいのですが、ときどき「運動不足解消のためにやってみようか」と思うことがあります。
しらばっくれて白帯を締めて近所の小学校でやっている空手教室に入ったこともありますし、インターネットで探してみたこともあります。
しかし、ダメです。
動画で指導者の突きや蹴りを一目見るだけで「これは違う」と思ってしまうのです。
稽古に参加して直されるとなおさらです。
長い時間をかけて師匠の手解きを受けながら作り上げてきた自分の形を否定されることを受け入れることができないのです。
違うものを受け入れる寛容さを持ったほうがいいのでは、と思うこともあるのですが、やはりできません。
その師匠から教えられたことがあります。
「守・破・離」
「いつまでも俺の言うこと通りにやっていてはダメだ。師匠たる俺を破って、離れろ!」と。
もちろん、破門されたわけではありません。
「師匠の教えを守りつつ、自分のやり方を考え、探して、自分のものを作れ」という意味と受け取っています。
ですので、私の形は師匠のものとは違うものになっていたはずです。
そもそも、師匠のあの美しい形はどうあがいても真似はできませんし。
黒帯を取ってから、師匠は細かいことはおっしゃらなくなりました。
それは私の形を認めてくださっていたからでしょう。
そうやって出来上がっている自分の空手の形を変えることはどうしてもできないのです。
だったら、一人でやるしかないですね。笑
同じことは、私が続けている和太鼓にも言えます。
始めたころは、当然ですが、指導者に言われる通りの形で打っていました。
しかし、その後、いろんな太鼓を見聞きしながら、今は自分独自の形で打っています。
それに対して、私が師と仰ぐ方(そうお呼びしたことはありませんが)は何もおっしゃいません。
傍目にはその方の打ち方とはまったく異なる形ですが、それを許してくださっているの(かな?)だと思います。
ありがたいことです。
落語の世界でも同じことがあるのではないかと思います。
師匠と同じことをする弟子はいませんね。
真似ているうちは、私は、見たくありません。
基本は師匠から教わりますが、その後はその教えを守りながら、自分のものを作ってゆく。
師匠もそれを認め、それを願う。
芸道における師弟関係とはそういうものではないかと思います。
空手の師匠があるときつぶやいたことがあります。
「俺はほんとは先生じゃなくて師匠と呼ばれたいんだ」と。
お気持ちはとてもよく分かりました。
でも、なんだか照れくさくて、結局「先生」としかお呼びできませんでした。
私を大きく変えてくださった師匠。
どうもありがとうございました。
