心の中の神 | 川島正仁の南米体験歌

川島正仁の南米体験歌

川島正仁は、東京オリンピックの年(1964)、高校を卒業し、翌年19歳で南米アルゼンチンに移住します。日本を最後の移民船「アルゼンチナ丸」に乗船し、横浜港の大桟橋から出航しました。その時からの苦しい移民生活を、歌とともに綴ります。

今の仕事を始めた時は、何年もつだろうと常に心配していたが、21年の長い間続けていると「よくもまあ、ここまで来たものだ」と感慨にふける。感謝だ! この地球、人間、そして宇宙を創造してくれた神に感謝せざるを得ない。私は特別な宗教を持たないが、しかし心の中には、はっきりとした神の存在を意識している。このことが困ったときや道の選択に迷ったとき、サポートしてくれる。適切な道を指摘してくれる。この神の存在をはっきり意識できたのは、今から約27年前、メキシコのラサロカルデナスで日墨合弁で製鉄所を建設するのだが、ここにスペイン語の通訳として働きに来ている時だった。到着した最初の日、日本人スタッフに誘われて、州境沿いにあるクラブに行った時、事件は起こった。そこに詰めていた警察に拉致されたのだ。日本では全く考えられないことである。ここ中南米では何でもアリである。待機していた警察のバンに乗せられ、ジャングルに連れていかれ、その車中で蹴られ殴られ、その挙句,金銭や時計をもぎ取られた上丁度銃を頭に突き付けられ、そして彼らは「おい、こいつは生意気な奴だ!面倒だからやっちまおうか」その言葉を聞いて私は観念した。そして一瞬考え、どうしたらこの事態から抜け出せるか、開いているサイドドアからジャングルに飛び出すか。私は出来る限りのスペイン語で、「命だけは取らないでくれ、その代わりお金だったらいくらでも払うから」。しかし彼らは言った。「カジャテラボカ, テマート(黙れ、殺すぞ)この瞬間、悟った。悔しい、こんな奴らに殺されるのか。どうしてこんなところで死ななければならないのか.そして諦めた。これも神の思し召しだと、自分に与えられた人生だと。そして銃の引き金が引かれた。その瞬間、アッと言って身をかがめた。俺の人生は終わったと.弾は入ってなかった。私は助かったのだ。その時、「ああ、助かった.神はまだ見捨てなかった。私を必要としているのだ。その反面、こいつらめ、今に見ていろよ、きっと仕返しするからな!」。残念ながら、いまだに彼らには仕返しをしていない。今は、これも人生にとって貴重な経験だと思えるようになった.そのお陰か分からないが、日本に戻り、今の仕事を始めて丁度2年目にに日系人社員の住んでいるアパートの駐車場で、ピストル強盗の事件に遭遇した時、冷静さを失わず、相手のピストルを奪い,事を未然に防げたのは、考えてみれば、あの貴重な経験のお陰であるかも知れない。このように考えれば、人生にとっては何事も経験である。読者の皆様、特に若者に伝えたい。「何事も恐れずに前進せよ!失敗も又貴重な経験である。しかし2度と同じ間違いをするな。失敗し、反省して、それを次のステップにせよ!」と。 このエッセイは、今から13年前に地元の新聞に掲載した記事である。改めて読みなおすと「なるほど!このとうりだ、と感慨にふける。日本の国民の大半は几帳面で真面目な人なのだが、残念なことは、国の舵を取り、国民の幸福を追求しなけばならない「政治家」の人間性が問題である。