地方議員の無報酬制度 | 川島正仁の南米体験歌

川島正仁の南米体験歌

川島正仁は、東京オリンピックの年(1964)、高校を卒業し、翌年19歳で南米アルゼンチンに移住します。日本を最後の移民船「アルゼンチナ丸」に乗船し、横浜港の大桟橋から出航しました。その時からの苦しい移民生活を、歌とともに綴ります。

全国で地方議員が無報酬で,ボランティア精神で政治を進めたら、これほど素晴らしいことはありません。このことが可能になれば、この事業に付随する職員もいらなくなるのです。これにかかる大変な費用も不必要になるのです。そしてこの浮いた費用を福祉と教育に使ったらいいのです。今,正に議員の人間性が問われています。それはなぜか?彼らの地位があまりにも恵まれているからです。そこで一度議員の味を覚えると、もうその地位を守るだけが仕事になります。このような「無駄」を一日も早くなくしましょう。そしてこの「改革」が実行されれば「お金儲け」が目的の人たちは、もう二度と立候補しないでしょう。まじめに仕事をしながら、心から「市民のために、国のために頑張ろう」と思う有志だけが残るのです。この作業はまさしく改革です。私たち一人一人が真剣に考え、勇気と責任をもってチャレンジしなければなりません。ここにどうしても紹介したい本があります。名は「官僚の責任」著者は古賀茂明、現官僚です。しかし現在の「官僚政治」を非難し、改革を実行しようと考えているため、同省庁の仲間から窓際に追いやられています。その本の1章を掲載します。「通産省と郵政省がドブに捨てた2700億円」。NTTが民営化された時には、こういうことがあった。株式を売却して国は数千億円の利益を得、それを通産省と郵政省で半分づつ山分けすることになった。こういう時、役人という人種には、その金が自分たちのものだ、という意識がある。自分たちが使わねば損だ、と考えるのである。とはいえ、さすがに自分たちで消費してしまう訳にはいかないので、「ベンチャー」を支援するとの名目で、それぞれ競うあうように様々な企業に投資することになった。その額およそ2700億円。投資のための団体を作り、天下りを送り、さらに民間活力を活用するとの理由で、銀行のOBも入れて運用させた結果、戻ってきたのは、わずか10億円、投資先の大部分が潰れてしまい、大半の金をドブに捨てる結果となった。さぞや責任問題を追及されたと思いきや、投資を10年くらいかけて行ったので,実際に行った人間は既におらず、何度か国会で問題にはなったものの、結局、金の行方と共に責任の所在もうやむやになってしまった。

私が以前から繰り返して言っているようにこの国は完全に「官僚マフィアシステム」に支配されている。家康が心から「平和」を願い構築した「官僚社会」に甘えてしまい、ただただこの自分たちに好都合なシステムを温存するだけの社会になってしまった。国民はこの「甘さ、便利さ」にすっかり虜になってしまい「忖度」に徹している。「改革」をすることは正に「戦い」である。皆さん、「ウクライナ」を見てください。彼らには、一体何の罪があるのでしょう。しかし現実には日々何百人もの人が犠牲になっています。この平和を守るには、ただ甘えてはいけない。強い責任感とチャレンジャー精神をもって前進しなければならない。