明日の医療と今日みた夢と

明日の医療と今日みた夢と

医師。夢療法家。エドガー・ケイシー研究家。臨床分子栄養医学研究会認定医。
「からだ」と「こころ」と「たましい」の医者として患者さんに寄り添います。

ワークショップ『夢のお話会』

 

眠りにつくとみる夢、そこではいくつものストーリーが繰り広げられています。摩訶不思議な世界。現実にありそうでなさそうな状況。したくない失敗や、叶えたい願望。過ぎ去ったはずの遠い記憶。かいま見える未来。もう会えない大切な人・・・鮮明でその感触がいつまでも残る夢や、何年にもわたって繰り返しみる夢もあるでしょう。

ひもといていくとそこにはひとつひとつ意味があり、その人が本当の自分を生きていくための方向を示してくれる、深くあたたかいメッセージがあるのです。

 

 

2024年度前半の日程

1月30日(火) 19:00~21:00 終了

2月27日(火) 19:00~21:00 終了

3月26日(火) 19:00~21:00 終了

4月23日(火) 19:00~21:00

5月28日(火) 19:00~21:00

6月25日(火) 19:00~21:00

(以降、第4火曜の夜の予定)

 

 

定員 4名

料金 4000円

 

気になっている夢の場面を絵に描いてシェアをします。

現在はオンラインで行っております。

zoom環境および画用紙とクレヨン(なければ色鉛筆でも)

をご用意ください。

 

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#夢#ワークショップ#夢分析#夢療法

 

 

日本では3月から4月が年度の変わり目。

この時期が

人生の大きな節目になることが多いと思います。

 

夢主さんも

子どもたちが卒業して独立して

それぞれ新生活を始める

そういう時期でした。

ご本人の承諾を得てご紹介します。

 

 

 

夢①

「マラソン大会をやっている。

走っていた女性が負けてしまった。

柳葉敏郎が自分のせいだと言って

駆け出して川に飛び込んで死ぬ。

川はわりと広く深い。」

 

 

 

これまでの生活は

夢主さんにとってはマラソンだったのですね。

容易に想像できます。

 

主婦はいつもマルチタスク。

しかもこのかたの場合ほぼワンオペの子育て。

学校など日常生活のことだけでなく

看病や介護や死別、

すべて家族優先で生きてきました。

息つく間もなく動いていたはず。

長距離を走り続けたようなものだったのでしょう。

 

完走できただけですごいんです。

よく頑張りました。

ほんとうに、お疲れさまでした。

 

 

 

さて

夢に現れる人物は

その人のこころの側面をあらわしています。

マラソンを完走した女性と

責任を感じて川に飛び込む柳葉敏郎のような男性と

どちらもその人のなかに存在しているのです。

好きとか嫌いとかは別にして。

 

 

この男性はどうしても負けたくなかったのですね。

マラソンで“負ける”とは

おそらくトップになれなかったということ。

トップになれなければ存在価値がない

…と思っているのでしょうか。

 

 

一般論になりますが、男性は

「この世界に形ある何かを残したい」

それが生きる原動力になっているように感じます。

 

だから頑張って仕事をする。

成功を求める。

誇らしげに頂点に立つことを望む。

そのための行動力や合理性は

物質世界を生きていくために必要な能力でもあります。

夢においてもそういった側面をあらわします。

 

 

いっぽうこころのなかの女性の役割は

精神性・霊性につながることだと思います。

インスピレーションや創造性によって

こころの感度を高めていくこと。

それは目に見えるものではなく

具体的な形としてあらわれない部分です。

 

 

この夢のなかの女性のほうは

淡々としているようですが、存在感は希薄で

柳葉さんに対するアクションは何もありません。

うながされるままにただ走っていただけなのか

あるいは無我夢中すぎて

自分や周りを意識することもなかったのか。

 

 

夢主さんのこころのなかの人格である男性と女性

もう少しバランスがとれているほうがよさそうです。

 

 

男性がリードして

“形に残る成功”を目指して生きてきたのでしょう。

現実の生活では

トップを手にしたと言ってもよい状況にあるからなのか

このような夢になりました。

 

 

夢のなかでの“自殺”は

自分の可能性を生かせていないこと

あきらめて放棄してしまっていることです。

 

 

柳葉敏郎さん。

自分の世代はギバちゃんって呼んでいました。

 

主役級のカッコイイ人も、強面の悪役も

なんでも演じちゃう俳優さん。

一世風靡セピアなど多彩な活躍をしてらっしゃる才能豊かな人。

 

目力があって眉毛が凛々しくて

とっても表情豊かですよね。

眩しくハジけた笑顔、男泣き、苦渋に満ちた顔。

そしてタフな印象。

転んでも何度でも起き上がる。

少々暑苦しいくらい。

私にはそんなイメージです。

 

 

死は忌むべきもののようですが

その後の“再生”とセットになっています。

新生・ギバちゃんとして生まれ変われるということです。

 

 

子どもたちを巣立たせた夢主さんは

これから人生の新しいステージに入ります。

つまり

この先の人生をどう生きていくか

夢から問いかけられているのです。

 

 

これから先の人生、トップを目指すだけでいいですか?

潜在的に持っている柳葉敏郎さんのような特質を

もっと活かしてはどうでしょうか。

そんなメッセージを感じます。

 

 

そのためには女性の果たす役割があります。

大げさに言えば

“目覚め”のようなものが必要なのかもしれません。

女性としての感性や創造性を大切にして

これから発揮していくために。

 

 

 

 

もうひとつ

しばらくしてからのシンプルな夢があります。

 

 

 

夢②

「ピアニストになる」

 

 

 

マラソンの夢が問いかけであったとすれば

こちらの夢がその答えです。

 

 

夢が伝えてくる、この夢主さんが自分らしく生きられる道は

“ピアニスト”のような表現者なのですね。

 

 

音楽は調和と平安、創造性の表現です。

そこには心がふるえるような感動があります。

 

その両手で心地よく美しい音色を紡ぎだすことで、

自分が癒され、人を癒すこともできるもの。

そんなふうに生きていきましょう。

生きていくことができますよ、というメッセージです。

 

 

ほんとうにこころが喜ぶ生き方

本来の自分自身とつながる生き方をすること。

おそらくこれまでは考えもしなかったでしょう。

 

 

夢主さんも音楽やピアノは大好きとのこと。

まずはブランクがあったピアノを

再開してみてもよいかもしれません。

もちろんピアノでなくてもいいんです。

具体的な道は、これからきっと見つかるでしょう。

 

 

人生の道のりは、これからも続いていきます。

トップを目指すマラソンも素晴らしいけど、

自分のペースで楽しみながら歩いていくのもいいですね。

 

 

広くて深い川は、人生の流れそのもの。

ときにゆったりと、ときには急流となって。

 

 

 

人生の新たなステージをどのように表現していくのか

私もとっても楽しみです。

応援しています!

 

 

 

とつぜんの訃報でした。

お元気そうに見えたのですが

ほんとうに あっという間に

逝ってしまわれました。

 

まだまだやりたいことはたくさんあったでしょうし

ご家族の悲しみや無念も計り知れません。

 

 

たまたまなのですが

亡くなるほんの少し前

そのかたは夢をふたつ語ってくださいました。

 

今となっては許可をいただくこともできないので

まことに勝手ではあるのですが

そのかたの夢について書かせていただきます。

 

 

こころの奥の深いところでは

今回の人生の終わりを知っていたのではないでしょうか。

たましいはきっと時期をみずから設定して

旅立つための準備をしていたのではないかと

そんなふうに思えてしまうのです。

 

そのこころの軌跡が

夢を通して語られていたのではないかと。

 

 

 

夢を話題にすることは

潜在意識を語っていることにもなるので

意図していてもしていなくても

こころの深い部分が動かされます。

それが深い納得や赦し、癒しにも繋がると思うのです。

 

 

 

「若いころの父が立っている。

私は分厚いノートを開いて父に見せている。

“がん”について自分がまとめたことが

すべて書いてある完璧なノート。」

 

 

長年にわたって

病める人に寄り添ってこられたかたでした。

がん、という自分自身がつくりだす異細胞の塊にたいしても

そのかたなりのさまざまな思いがあったに違いありません。

 

物質としてのがん細胞も

象徴的な意味で、こころのなかの“がん細胞”も

潜在意識下に抑圧されてきた感情や

自分自身へのネガティブな思いから形成されると考えます。

時間の経過とともにそれは重苦しいかたまりとなって

その人の生命まで圧迫してくることになります。

 

がんという病気のこと

人のこころというもの

すべて深く見つめて洞察した人生であったのでしょう。

 

お父さまの存在はとても大きかったのだとわかります。

最期は介護もして

そのかたが看取ったとのことですが

もっともお父さまらしさを感じられる、

若いころの姿で登場しているのですね。

 

時代的なものなのか

職業的なものなのか

親子の関係性には厳格な雰囲気が感じられます。

頑張った自分を見せて

きっとほめて欲しかったのだろうと

もしかしたら甘えたかったのかもしれないと

ご自身も語っていらっしゃいました。

 

書き記した分厚いノートは

今生でのたましいの生きた記録。

そのかたの人生そのもの。

ひとつの学びが終了したということなのでしょう。

 

夢の話をする際に

場面を絵にしてもらうのですが

卒業証書を渡されているようにも見える情景を描かれました。

 

満足感をもって

「完璧」と誇ることのできる人生だったのですね。

もちろん神の視点で見ていればおそらく

どの人生もその人の“学び”として完璧ではあるのですが。

 

 

 

その後に語ってくださった夢

「高い木々に囲まれた森の中のアトリエのような建物。

祈りや瞑想の生活をする、たましいの家のような場所。

そこで瞑想をする自分の姿。」

 

 

自然を愛していらっしゃったのでしょう。

第二の人生として

じっさいにそのような共有スペースを運営していくという

プランを話してくださいました。

かつて夢としても見た暮らしを

将来の夢として思い描き

実現に向けて具体的な行動を始めようとしていた、

その矢先のことでした。

 

“たましいの家”とは

誰もがいずれこの世界をあとにして帰っていくところ。

そのように考えています。

 

その世界には時間なんてないのでしょうが

“いま”そのかたは

そこで瞑想をしていらっしゃるのかもしれません。

あちらに行ってから

今回の人生を振り返る時間をかならず持つでしょうから。

それを予感していたのかも?

 

現実の世界で生きている間にも

内観するための時間は必要と考えます。

そのかたがつくりたいとおっしゃっていた場所。

それは次の人生で実現することなのかもしれません。

次に向けてのビジョンであり決意表明であり。

いまとなってはそう感じられます。

 

 

お話していくなかで

そのかたの“霊的理想”もお聞きしました。

 

理想を言葉にするということはとても大切ですね。

ここには書きませんが

おそらくそのかたは

今生で学んだことを表現して、分かち合っていきたい

そう思ってらっしゃるのだろうなーと感じました。

 

 

 

私にとっては

余韻を残して去っていった一陣の風のようなかたでした。

 

夢にみることに助けられて

夢を語ることでこころにしっかりと根づかせて

人生の総まとめをなさったのだろうと・・

私にはそう思えるのです。

 

 

ご冥福をお祈りいたします。