けっして危機をあおるわけでなないですが
今回の震災や原発の影響で
国内の「食」を取り巻く環境もこれから変わっていくだろうと
思っています。

そのためにはどう対処していけばいいのかと考えると…

「一家に1つMY田んぼ」
「日本中の人が自分の食べるものを自分でつくる」
「自産自消の世の中」
「身土不二的暮らし」

そんなことは夢物語だと一笑に付されるかもしれませんが…
僕の中に上記のようなイメージがむかしからずっとあります。
http://masa-yan.net/noulife.html


それをどういう方法でやっていくのか
具体的なものはまだまだ自分の中では
いまだにはっきりしていませんが
「とにかく今動くべし!」という心の声が聴こえてきます。

自分に何が出来るのか、どこまで行けるのか
正直分かりませんが、
今自分が出来ることを、
一生懸命やっていくしかないです。

昨日のブログで、
「自分でコントロールできないものを扱うのは不安とストレス」
という内容を書いてますが、
今回の震災でも
以前から安全ですと言われていたけど
実際にはコントロールできなかったものがありました。
今もそれの収束のメドは立っていません。
今現在も多くの人の命と安全を脅かし続けています。

善かれ悪かれ、
賛成であれ反対であれ、
そのシステムの中で暮らしているということは、
他人やコントロールできないものの手の中に、
自分や家族の命を委ねていることだ、というのが分かりました。

もう、国とか大きなものに、
頼る期待する頼むのはやめて、
ここ100年間ぐらい、あちら側にいってしまった
僕たちの、安全、幸せ、衣食住を
取り戻しに行きます。
完全に機は熟したというか、
気づいた人からもう動き始める時が来た気がしています。

2009年の7月から12月までの半年間
「東京→沖縄リヤカー旅」をしましたが、
以下に紹介させて頂くのは
そのゴールをした直後に、このブログに書いていた文章です。
(今もこの思いは変わっていませんが
3.11の震災後、「食とエネルギー自給」というこの思いは自分の中でますます強くなっています。)


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◆人間が生きていくのに最低限必要なもの

旅をして毎日極限の路上生活を続けていると、いろんなことが見えてきました。
今まで頭では分かっていたけれど、今回身をもって感じたことは
人間、極限状態になった時には生きていくために最低限必要なものは何なのか?
毎日欠かさず必要だったものこれが不足すると死んでしまうもの…
それはやっぱり「食べること」でした。
飽食の国日本で生きていると普段の生活の中では、この当たり前のことをついつい忘れてしまいます。

「衣・食・住」が、人間が生きていくことの最低限の基本だと言われますが
そこをさらに突き詰めると
「衣・住」ですが、これは着るものは毎日同じでも例えずっと風呂に入らなくても
寝る場所も例えダンボールであったとしても
雨露と寒さをしのげれば、死ぬことはありません。

ただ「食」だけは、これがなくなるとほんとに死んでしまいます。



◆旅にも人生にも必ず予期せぬことが起こる

旅をしている最中は本当にいろんなハプニングがおこりました。
(台風、突然のゲリラ豪雨、夜中の雨、
寒さ、暑さ、強風、病気、
けが、事故、タイヤのパンク、荷物の盗難、
食糧の不足、寝場所がない、理不尽な人の出現・・・etc)

そういった必ず起こる予期せぬ事態に備え、
最善の対策を施し必要なものを常に確保し
万全の準備をしていても、
それでもやっぱりその予想を上回る
罰ゲーム的事態に陥ったりしました。

こういう予期せぬ事態はなにも旅の中だけでなく
人生の中でも十分起こりえます。

そう、正直未来に何が起こるかは、人間誰にも分かりません。



◆自分でコントロールができないものを扱うのは不安とストレス

今回リヤカーを引っ張って歩いてずっと旅を続けたわけですが、
よく途中でタイヤがパンクして
前に進めなくなる事態がよくありました。
旅の初めの頃はリヤカーのパンク修理の経験がなく
もしもパンクをしたらどうしよう?とそれがとても不安でした。

そして何度もパンクして自分で修理をすることに慣れると
そこからはいつパンクしても大丈夫だという安心感が出てきました。

そう、このように自分の手でコントールできれば安心ですが
自分ではコントロールできないものを扱うのは
常に人任せになり、不安とストレスがつきまとうものです。


旅で感じたこれらのことを総合して考えると…


何が起こるかわからない世の中で、人間が生きる上で最も必要な「食」を
自分の手でコントロールできていない状態は、不安とストレスが常につきまとう。

こんな結論で出てきました。

そして今の日本という国を見渡すと、まさにそういう状態になっているのです。
日本の国の自給率は現在40%で先進国の中では最低ですが、
日本人はどうして人間が生きるのに一番必要な食糧を
自分の手で常に確保できるようにはしてないんだろう?という疑問が湧いてきます。
このことは旅をするずっと以前から思っていたんですが旅をして一層その思いが強くなりました。

ここで2つの提案をします。




世界人口のうち10%の人は食べる物がなくて飢餓で亡くなっている現在、
日本は世界中から穀物や食糧を買いあさり、そのほとんどを外国からの輸入に頼っているけれど、
未来永劫、このまま食糧を買い続けることができるのか。
もし自然災害が発生して世界的な不作が起きて外国が食糧を輸出できなくなったりしたら・・


この大切な「食」をなんとか国内で自分達で確保できないものか。
例えば各家庭内での自給率を100%にすればおのずと国の自給率も100%になるのでは。

そんな考えが頭をよぎります。

国や外国に頼るのでなく、まず自分達で自分達の食を確保して
家庭内自給率100%を目指すというのが一つ目の提案です。




◆便利な暮らしに慣れた現代人にはライフスタイルを変えることは不可能


あと思っているのが、
いま現在世の中にあるさまざまな問題の原因は、
今の先進国の人たちの生活
(大量生産大量消費型高エネルギー消費生活)に
起因するものが多いのでは?と以前から思っていて、

世の中のあらゆる問題を根本から解決していくためには
そろそろ現代人のライフスタイル自体を
根本から変える必要があるのではないかと思っていまして、、

でも、江戸時代や原始時代の生活にいまさら戻れるわけはないです。
そのことは今回の旅で不便な路上生活を続けて自分自身が一番痛感しました。
(人間一度ウォシュレットを知ると昔のぼっとん便所には戻れません。。)

地球環境に負荷をかける今のライフスタイルを
未来永劫続けられるのかという疑問が湧いてくる一方、
かといって、もう今のライフスタイルを変えられもしないし。
じゃあどうすればいいのか、

そこで、提案なんですが、
もし安全で環境に負荷をかけないエネルギー(電気)を
各家庭で(例えば太陽光発電などで)自給することができたのならば?
こうなれば今の便利なライフスタイルも変える必要はないし
地球環境にも負荷をかけなくてすむ。

2つ目の提案として
この各家庭内エネルギーの自給というものを提案たいと思います。
風とロックの箭内道彦さんや、サンボマスター山口さんほか
全員福島県出身のバンド、猪苗代湖ズの
『I love you &I need you ふくしま』です↓



今回の原発事故と放射能のことで海外では
日本人が言われなき差別を受けていたり、
国内でも福島の人が風評被害や差別を
受けているという話もあります。。

…そんなことは絶対に絶対にあってはならない…(涙)

We love ふくしま!
We love 東北!
We love NIPPON!
今までの人生の中で、
ほんとうにこれはよく聴きこんだなという
CDアルバムが、50枚ぐらいはあります。

元ザ・ブルーハーツ、現ザ・クロマニヨンズ、
マーシーの1992年のソロアルバム「RAW LIFE」、
これもその聴きこんだアルバムのうちの一つです。

この中の曲に「ヘドロマン」という曲があります。

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消費、浪費、無駄使いが今さらやめられやしない
ツケをどんどんまわすんだ 利子もたっぷりとつけてな
後の世代の事なんて、おいらには関係ないさ
立派な政治家の人がちゃんとやってくれるだろう

ヘドロマンは心じゃなく金ですべて片付けるぜ
コンピューターに操られ、心なんて通じないぜ
酸性雨をついて行くぜヘドロマンのドライブだ
あんまり退屈なもんで発電所に突入する
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3.11以降、
僕自身もほんとうにそうなのですが

「未来の世代へ、何を残しますか?」

この問いかけを、いま真剣に答えていきたい。
そんな自分がいます。

立派な政治家の人が
ちゃんとやってくれないことはわかったので…。



ミュージシャン、斉藤和義さん本人による
「ずっと好きだった」の反原発替え歌ソング「ずっと嘘だった」です↓



さっき、ラジオでJ-waveを聴いていたら
Bank bandが歌う「歌うたいのバラッド」が
流れました。

こんな時だからかもしれませんが、
この名曲がいつもより心に染みいりました。。



今回の震災は…

人はけっして独りではない。
誰もが誰かを支えているし
誰もが誰かから支えられている。

こんなことも
あらためて教えてくれた気がします。
「いつも心に太陽を」

この言葉が好きです。
むかしの古い映画の邦題にもなっていた
この言葉なんですが、

たとえ外の世界が大嵐や大時化であろうとも
心の中は、感情の大波に流されることなく
いつも湖面の水面のように静かで穏やかで
太陽が降り注ぐような温かい景色でありたいと思うのです。

外側が大嵐で心の中も大嵐では
行くところがないですから。。。

ここで言う「太陽」とはいろんな意味を
含んでいると思います。
希望や未来や温かさや、そして
全ての生命の源などともとれます。
(太陽がないと地球上の生物は生きていけません)

そういう意味では
毎朝、何も言わずに昇ってくれる太陽…
本当にありがたいです。


「明けない夜はない」

「いつもいつも心に太陽を」


震災のこと、そしてまだまだ予断を許さない原発の問題は、
ほんとうに日々いろいろなことを考えさせてくれます。

世の中で起こるすべての出来事には
必ず何らかの意味があると思っています。

困難や問題事が起こるのは、
いままでの行いに何らかの間違いがあったり
誤った道を歩いていたことを
教えてくれるためだと思っています。


さあ、未来の世界へ、未来の子供達へ
僕たちは何を残していくのか?

借金なのか負債なのかツケなのか、それとも愛や希望なのか

まさに、今、問われている気がします。



震災以降、自分に何が出来るのか、
これからどうすれば世の中が良くなるのか
その自問自答を、無意識に繰り返して
いる気がします。

これから、日本人が一丸となって
復興への道を歩まねばなりません。

そして、復興の先の行きつくべき場所は
また元の場所に還ることではなく、
ステージを上がった一つ上の場所なんだと
思うのです。

例えば、今まで世の中を動かしてきた
経済の仕組みやライフスタイルも全部含めて
また元の状態へと戻るのを目指すのでなく、
一つ上のレベルの、新しいものを
これからみんなで創り上げていかなければ
ならないような気がしています。

ただ金銭的な利益を追求していくだけのシステムでなく
つながり、絆、愛、家族、地域、自然、安全
などをなにより優先する、
地球環境に負荷をかけない
自然と調和した持続可能型の自給自足的経済圏…

このイメージが僕の中にむかしから
ずっとあるんです!