皆様、こんにちは。有限会社 三島石装石材の三島正行です。吹く風に秋の気配を感じるこの頃となりました。
ご縁をいただいたお客様に感謝の気持ちを込めて石屋だよりをお届けさせていただきます。参考文献「月刊石材」
今月は「東日本と西日本の仏教や葬送のしきたりについて」お話しします。東日本と西日本の間には習俗に大きな隔たりがあります。例えば灯油のポリタンクの色です。東日本では赤が定番だが、西日本は青が多く売られています。人をけなす言葉「バカ」も関西にいけば「アホ」となります。
こうした東西の分かれ目は、不思議と地質学上の東日本と西日本との境とほぼ合致にます。フォッサマグナを境にして、東西が分かれています。
仏教や葬送のしきたりも東西ではかなり異なっています。まず、葬式後の初七日から百か日法要の数え方です。東日本では、死亡日を含んで七日目が初七日になります。西日本の初七日の考え方は、死亡日の前日から数えて七日目となる。東日本と西日本では、法要の日が一日ずれるのです。
さらに僧侶の世界では、袈裟が東西で異なります。東日本の僧侶の多くは、輪袈裟(わげさ)という輪状に折りたたんだ袈裟を用いるが、西日本の僧侶は、前掛けのような威儀細(いぎぼそ)を好んで用います。
興味深いことに、火葬のしきたりも東西で違います。つまり火葬後の拾骨の違いです。
骨上げのやり方は東日本がすべての遺骨を直径18㎝以上の大きな骨壺に納める「全部拾骨」。西日本では部分的に骨壺に納める「部分拾骨」です。
(骨壺は直径15㎝以下)
全部拾骨を基本とする東京などでは不思議がられることが多いが、京都では骨上げの際、頭骨から胸骨、背骨、骨盤、手足のそれぞれ一部のみ拾骨し、最後に喉ホトケを拾い上げます。残りは火葬場において帰ります。
こうした習俗の違いは時に、葬送の現場で混乱を招きます。東京育ちの人が大阪に引越し、火葬に立ち会った際に遺骨を全部持って帰れずにショックを受けたという話はしばしば聞かれます。
また、昨今、お墓(遺骨)を移動する改葬が増えていますが、全部拾骨の東日本のお墓から部分拾骨の西日本へと改葬する際、骨壺が大き過ぎて納骨室に入りきらないこともあります。今後、葬送文化の違いを巡る問題も浮上しそうですが、それぞれの違いを理解して対応していきたいですね。そしてよいご供養が続くことを願います。
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有限会社 三島石装石材
静岡県伊東市松原本町2番3号