mj23のブログ

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映画、音楽、アート、建築、本、演劇、ワールドサッカーなど今まで出会って来たおもしろいことや最新のものにフォーカスして自分のことばで紹介して行きます

蒼の世界。

ピンクの時代、と『ファッション通信』で特集していた。I LOVE PINK! ピンクの歴史。いつから青が男性を表し、ピンクが女性を表すことになったのか。そもそも赤は戦いの意欲を表す攻撃的な色。血、血潮、血飛沫、血が沸る。情熱、炎の色であり、古来男性も好んで着装していた色だ。赤を薄くしていく、他の色を足すとピンク系になる。黒と対極にあるピンク、差し色。生物の色、脳の中の細胞もピンク色。バービー人形からピンク映画。いつから女性を表すアイコンになったのか。セックスシンボル的な色。それは色に対する偏見であると呼ぶべきだ。人間の肌や細胞に最も近い色。逆に青は男性の象徴と言われるが、青(蒼)がすごく似合う女性もいる。Tシャツの青が効果的に使われたドラマだった。個性的で主張のある色であり、濃淡により落ち着きや哀しみを身に纏っている印象が醸し出される。外に干すと庭の緑にもよく映える。ロジカルで筋の通った色彩である。

 

見知らぬ他人だからこそ何でも気兼ねなく話せる。

最近ドイツの哲学者ハーバーマスの書籍を読み始めたので興味があるテーマだ。コミュニケーションの問題だ。SNSが普及して誰もが匿名のまま自分が思ったことを無造作、無配慮に垂れ流せる困った時代になった。無責任な発言が他人を傷つけ、人を陥れる。戦いではなく対話を。人の話に関わりたくない。そもそも時間がもったいない。ギリシャの哲人たちのように余暇の時間がない。両親がいないことや暫く会っていない娘の話を聞いてもらう。お互いにとってかけ甲斐のない大事な時間。週に一回、いや月に一回でもその時が来るのが楽しみで待ち焦がれる。それは一方通行ではなく、誰かに聞いてもらうことで達成できる癒しであり慰め。女性が女友達に話している感覚。利害や人間関係から解放された自由な発話。声質や表情(眼差)が伴った活きたコミュニケーション。

 

コインランドリーという居場所。

最近、斎藤幸平の近著を拝読した。共有財としての水、電気、ガス、食糧、情報などのコモンについて。それは人々に等しく分配されるべきものだ。そして広場などの公共施設。ローマの公衆浴場のような誰にでも対等に開かれた場所。そしてある程度の滞在時間が必要な場所として、現代はコインランドリーがあるのではないだろうか。最近のドラマはコインランランドリーを舞台とした作品が多い。洗って乾燥させるまでに要する時間。洗濯機が故障して買い換える間や雨が続いた時など、誰もが乾燥機付き全自動洗濯機を持っているわけではない。マンションでは音や振動の問題。それにフィルターの故障。所詮、薄い網であり消耗品だ。現代の便利な世界にあるエアポケットのようにこれからも必要になって行く場所なのだろう。

 

色彩と会話と場所性の意味を毎週楽しめた、久しく巡り会ったことのなかった印象深い作品だった。シナリオ作家が33歳ということでこれを超える作品を今後も期待してしまう。秀逸な会話劇を演じ切った素晴らしい俳優たちの演技力。身体性の感じられない、あるいは必要としないストーリーテリング。手品の種明かしをしていくように丁寧に積み重ねられたプロット。連続ドラマは最終回の1回前が印象的なことが多いと言われるが、この作品は最終回を何度も観てしまった。

アップリンク吉祥寺で『ほなまた明日』を観て来ました。終演後のトークショーも含めて何か懐かしい匂いがする上映会でした。PFFの作品を毎年楽しみにしていて新しい才能に巡り合った頃を思い出します。冒頭の街中フォトは俳優なのか素人なのかシナリオがあるのかアドリブなのかも混在とした8mm映画の時代を彷彿とさせてくれます。大学4回生の岐路に立つ学生の群像劇でコッポラやスピルバーグの商業デビュー前の映画を撮る楽しさが伝わってきました。大予算の娯楽作品に目を向けがちな昨今ではありますが、観客も一緒に映画に没入して作り込んでいくような身の丈の作品も好きです。



環境が変わって早6ヶ月が経つ。生活のペースというかリズムは慣れて来たと思う。良かったこと。それは仕事での移動(時間、距離)が極端に少なくなったことと定時退社が可能なため夜の余暇時間が格段に増えたこと。文章を書いたり、絵を描いたり、マンガや配信が見れたり、映画やサッカーが観れたり、読書ができたり、簡単な料理ができたり。それに何よりも心の余裕ができた。また余白にいろいろと落書きができるので楽しみ。20年ぶりで友人にも会えて、自宅まで来てもらって長い話もできた。初めて家族以外の訪問であった。つまりこれからマイパーフェクトデイズが始まるということだ。

 この一年間に初めて出会って何度か話をしたりした人って、意外と少ないと思う。このご時世対面で挨拶を交わしたとしてもマスク越しなので街ですれ違っても双方とも気が付かない。更に何度か会って話をするという機会を見つけるのは至難の技だ。具体的に書けば思い当たる人が、もしかしたらいるかもわからない。公園のカモの行進から始まり、中村哲、入管法、選挙、七人の侍、スラムダンクなど。短い時間のうちに交わされたいくつかのトピック。生産者と消費者と単純に割り切れば、そこには会話は最小で済むはずだが、探り探りではあるがお互いの共通の話題を見つけていく作業は余計で無駄なことではある。ただ不思議と記憶に残る。これを喉に引っかかった小骨のよう、と喩えるのだろうか。それは人生の余白に描いた落書きみたいなものだと思う。後で振り返るとなぜ描いたのかは忘れてしまっている。描かせたのは、おそらく、あの時の熱に違いない。度重なる緊急事態宣言、ウィシュマさん、東京2020、ワクチン接種と副反応、衆議院選挙のあの夏の熱量。きっとそうなのだ。

 新しいことに挑戦するとのことで会いに行けばいつでも会える関係はなくなってしまう。でもこれは別れではないような気がする。亡くなった人を想うとき、それは必ず場所とセットだという。人は去っても場所はそこにあり続ける。時として落書きを見て2021年夏に思いを寄せることになるのだろう。それはきっと別れとは違う感覚なのだ。

 3✖︎3の升目の仕切りが入っているプラスチック製の容器(これはやぐやのお正月おせち御膳にすっぽり収まる寸法とか)に計9品のお酒が進むおつまみが盛り付けられているというコロナ禍が生み出した最強の逸品テイクアウトメニュー(日替わり)です!

ネーミングセンスも相変わらずで秀逸です。

 

 マトリックスを左上をA1として右に行くとA〜C、下に行くと1〜3と表記します。

 

 A1砂肝の和風コンフィ B1なます&オイルサーディン  C1合鴨のくんせい

 A2藤間さんの干物   B2やぐやの豚角煮       C2鶏とレンコンのピリ辛

 A3ポテサラ       B3タコの梅マリネ         C3矢口家のナス炒め

 

                                                                                        ※料理写真はなし(2020.05.29謹製)やぐやFB参照

 

A1砂肝の下に小径ズッキーニを敷くという絶妙なコンビネーション、グレー&グリーンの色目も綺麗

A2お店の定番メニューの門外出、干物でも脂が乗っている絶品鮭ハラス

A3人気メニューのポテサラの上に葉紅葉(グリーン)がふわりと乗っている、具は色々多過ぎてわからない

B1お正月のなますだ!シメサバ風のオイルサーデンの背のシルバーが鮮やか

B2こちらもお店の人気メニューが真ん中に鎮座、マッシュポテトが升からはみ出さんばかりの盛りつけ

B3お布団のように敷かれた玉ねぎが甘い!タコも柔らかいものだなあ(コウペンちゃん風に)

C1気前よく6枚くらい乗っている(うろ覚え)酔いが回って来た??添え物の野菜はセロリのピクルスだ

C2ほどよいピリ辛具合、レンコンも歯ごたえを残していて、ご飯が欲しくなる

C3矢口家のは輪切り小径ナスを形そのままに炒めている?ナスの紫がきれいに残っている

 

 つまり、肉、魚、野菜がバランスよく配置されていて、これだけの手の込んだ料理を作りたてで自宅で味わえるという

しあわせ感は舌にも筆にも表せない(池波正太郎風に)。量的には1〜2人分というところか。料理のアテ?には日本酒は

もちろんのこと、ワインでも焼酎でもなんでもオールマイティにできている。緊急事態制限解除後も残ると店主は言っているが

このプライスを含めたお値頃感からすると気が変わらないうちに一度ご賞味頂いた方がよろしいかと。。。

 安心安全で旬な食材、優しい味付け、でも料理人さんの魂がこもったプロの味が自粛に疲れた心身を癒してくれること間違いなしです。

 

 ➡️写真なしでイメージつかめない人はお店FBにお料理デビュー当時の写真があります!ぜひ