蒼の世界。
ピンクの時代、と『ファッション通信』で特集していた。I LOVE PINK! ピンクの歴史。いつから青が男性を表し、ピンクが女性を表すことになったのか。そもそも赤は戦いの意欲を表す攻撃的な色。血、血潮、血飛沫、血が沸る。情熱、炎の色であり、古来男性も好んで着装していた色だ。赤を薄くしていく、他の色を足すとピンク系になる。黒と対極にあるピンク、差し色。生物の色、脳の中の細胞もピンク色。バービー人形からピンク映画。いつから女性を表すアイコンになったのか。セックスシンボル的な色。それは色に対する偏見であると呼ぶべきだ。人間の肌や細胞に最も近い色。逆に青は男性の象徴と言われるが、青(蒼)がすごく似合う女性もいる。Tシャツの青が効果的に使われたドラマだった。個性的で主張のある色であり、濃淡により落ち着きや哀しみを身に纏っている印象が醸し出される。外に干すと庭の緑にもよく映える。ロジカルで筋の通った色彩である。
見知らぬ他人だからこそ何でも気兼ねなく話せる。
最近ドイツの哲学者ハーバーマスの書籍を読み始めたので興味があるテーマだ。コミュニケーションの問題だ。SNSが普及して誰もが匿名のまま自分が思ったことを無造作、無配慮に垂れ流せる困った時代になった。無責任な発言が他人を傷つけ、人を陥れる。戦いではなく対話を。人の話に関わりたくない。そもそも時間がもったいない。ギリシャの哲人たちのように余暇の時間がない。両親がいないことや暫く会っていない娘の話を聞いてもらう。お互いにとってかけ甲斐のない大事な時間。週に一回、いや月に一回でもその時が来るのが楽しみで待ち焦がれる。それは一方通行ではなく、誰かに聞いてもらうことで達成できる癒しであり慰め。女性が女友達に話している感覚。利害や人間関係から解放された自由な発話。声質や表情(眼差)が伴った活きたコミュニケーション。
コインランドリーという居場所。
最近、斎藤幸平の近著を拝読した。共有財としての水、電気、ガス、食糧、情報などのコモンについて。それは人々に等しく分配されるべきものだ。そして広場などの公共施設。ローマの公衆浴場のような誰にでも対等に開かれた場所。そしてある程度の滞在時間が必要な場所として、現代はコインランドリーがあるのではないだろうか。最近のドラマはコインランランドリーを舞台とした作品が多い。洗って乾燥させるまでに要する時間。洗濯機が故障して買い換える間や雨が続いた時など、誰もが乾燥機付き全自動洗濯機を持っているわけではない。マンションでは音や振動の問題。それにフィルターの故障。所詮、薄い網であり消耗品だ。現代の便利な世界にあるエアポケットのようにこれからも必要になって行く場所なのだろう。
色彩と会話と場所性の意味を毎週楽しめた、久しく巡り会ったことのなかった印象深い作品だった。シナリオ作家が33歳ということでこれを超える作品を今後も期待してしまう。秀逸な会話劇を演じ切った素晴らしい俳優たちの演技力。身体性の感じられない、あるいは必要としないストーリーテリング。手品の種明かしをしていくように丁寧に積み重ねられたプロット。連続ドラマは最終回の1回前が印象的なことが多いと言われるが、この作品は最終回を何度も観てしまった。
