女性の激しい怒りについて | 東京・横浜物語

東京・横浜物語

西麻布に生まれ育ち、現在は横浜に居住する筆者が、
色々語って行くブログです。

#ダイエット#筋トレ#ランニング#登山#富士登山#クラシック音楽#美術館#能#マラソン#ジム#横浜#東京#バッハ#アート#フィットネス#山登り#トレッキング#クライミング#ボルダリング

「女性の激しい怒りについて」


以前、まだ私が倒れる前の芸術三昧時代の歌舞伎座にて。


不倫で話題になった某大物役者の出演する狂言を観た時のこと。


さすがに非常に上手く演じて大感動した。


終わった後、近くにいた若い女性グループの会話が聞こえた。


「今日の演技を観てようやく許してやってもいいかなと少し思った。」


その時は何と言うか、他人の家の問題に何故こうも自己投影をする?と、

ちょっと滑稽に思えたのだが。


時代はさらに流れて、

ホワイト化社会と呼ばれるようになっている。


要するに単に法に触れなければいいのではなく、

道徳的倫理的に正しくないと糾弾される社会。


この基本は女性の怒りだ。


それも不倫とか浮気、あるいは女遊びとかつて呼ばれた男の行動パターンが非常に激しい怒りの対象になっている。


かつて芸人や役者は遊ぶのが芸の肥やしとまで言われていたが、

今は、特にここ数年、そのような言い訳は一切通じない世界になりつつあり、

旧態依然の考えを表明したり、まして実行した場合、

大物スターまでもが一気に転落する状況になる。


そしてここが恐いのだが、

一旦落ちると復帰が非常に難しい点にある。


ちなみに私の娘とその親友は野球マニアだが、

やはり選手のその種の行動を絶対に許さない。


しかも、それは永遠に続くのでは?と思われるほどだ。


これをどう考えるべきなのか?


はっきり言ってしまうと、

この流れは間違いなく男の持つ本質とは真逆のものだ。


昭和時代、かつての男の中には多数の嫌な差別野郎がいたのは事実だ。


女性を容姿や年齢で激しく差別するヤツ。


やたらと浮気をするヤツ。


これは良くないのだが、

ある意味、本質であり本音だ。


何故なら、偉そうな事を主張する女性自身も、

こと自分の恋愛・結婚になると非常に激しい男性差別をするからだ。


これは何を意味するのかと言うと。


今後、良い悪いの問題ではなく、

嘘が罷り通る社会になる。


分かり易い例を挙げておく。


世の中にはインテリリベラルと言う男がいる。


高学歴で高収入で社会的地位も高い。


この種のヤツらの特徴は頭が回るため、

非常に上手く嘘をつける点にある。


昭和差別バカ男とは真逆の存在だ。


洗練された物腰で知的な雰囲気を漂わせている。


中高年以上のインテリ女の常套句である、

「若い女が好きなだけの軽薄な男」

「女を容姿と年齢だけでしか見ないバカ男」

と言うセリフに対しても、

見事な共感を示して来るのでウケは頗る良い。


だが、その種の男が聖人君子のような生活をしているのかと言うとさにあらず。


そもそも恋愛とは性行動であり、

若さや容姿を気にしない方がおかしい。


事実、そのようなセリフを吐く女性自身も、

間違いなく男の容姿や若さに拘るからだ。


もっと言うと財力や社会的地位、さらに家事育児を積極的にしろ、と。


要するに本音とはかけ離れた嘘が前提の社会となる。


この種の社会においては、

本音は姿を消して潜行する。


もちろん本音が消失する訳はないので、

陰でするようになる訳だ。


得をするのは嘘だらけのヤツ、と。


これは北朝鮮社会を想像すると非常に分かり易い。


本音が姿を消した社会とは如何なるものなのか?、と。


だからと言って不倫や浮気を奨励する者ではないが、

某週刊誌のように尾行してスクープし、

陥れる社会を私は肯定しない。


しつこく許さない者にも嫌悪を感じる。


何故ならそれは偽りの怒りだからだ。


自分に直接関係のない者の行動に対する怒りは本物ではない。


作られた怒りだ。


自分の恋人や配偶者の浮気や不倫に激しく怒るのは当然だが、

アイドルや役者のそれに怒り続けるのはどうかしている。


ちょっと行き過ぎを感じている今日この頃。