「光る君へ」の生首事件の疑問 | 東京・横浜物語

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「光る君へ」の生首事件の疑問

 

NHK大河ドラマ「光る君へ」を見ていたら、

生首事件についてやっていました。

 

史実としてあったとされる一条天皇即位式の当日に、

高御座(即位の時に使われる。写真は今上天皇即位の時のもの。

東京国立博物館で展示された時に撮影)に生首が置かれていた事件。

 

ここで疑問に思ったのは2つ。

 

誰の生首だったのか?

 

仮にライバルなどの怨恨ではない場合、

そもそも生首は当時は簡単に入手可能だったのか?

 

Googleで検索しても分からなかったので、

ここはAIの出番でGeminiで調べてみた。

 

すると、

・誰のものかは分かっていない

・当時は割と容易に生首の入手が可能だったと思われる

と言う実に興味深い結果が出て来ました。

 

考えたら戦乱と言いますか、今よりは遥かに遥かに治安が悪かった時代。

 

このドラマでは懐かしい響きの「検非違使」なる人達も出て来ましたが、

現代の日本の警察とは似て非なるものだったでしょうし。

 

身分の低い敵対者など「ウジ虫」と表現されていましたが、

それはともかく。

 

生首・・・割と容易に入手可能だった、と。

 

恐るべし平安時代。(笑)