火葬場は、初めてではなかった。

祖母や祖父の葬儀の時にも来ていた。


父の棺が設置されて、お坊さんの読経だけが響く

それでもまだ実感を得られないまま、お経は終わる。

本当に、これで終わりなのだろうか?

葬儀屋さんが、たんたんと言う。

「・・・故人と最後のお別れです・・・」

だいたい、あの棺に本当に父が入っているのだろうか?

そんなしょうも無いことばかり、考える。


長々と葬儀屋さんが話していたが

ついに、

「こちらのスイッチをお願いします。」

母、妹、夫。

みんな急に顔を上げる。

だれも、自分がその担当だとは思っていない。

かおを見合わせても、言葉も出ない。


葬儀屋さんが、母の顔を見る。

「お願いします」

それでも母は踏ん切りがつかなかった。

細い声で夫の名前を呼ぶ。


夫は、その突然の名指しに驚いた。

やがて、意を決してボタンに近づく。

周囲からすすり泣きが聞こえる。

ボタンに指を置き、顔を反対側にそらす。

震えながらボタンを押した夫の顔は、一生忘れないと思った。


その時だった。

突然、ざわめきが聞こえた。

見ると、叔母が。

母の姉である叔母が、後方からこちらに近づいてきた。


母の前につかつかと近づく。

様子がおかしい。

母の顔を見て、叔母は言った。

「ママ、ゴメンな。ゴメンな、みんな、ママをお願いします。」

そう言って、叔母は急によろめいた。

慌てて周囲の人間が支える。

すると、その顔を眺めて、

「皆さん、宜しくお願いします。お義兄さん、勝手なことしてすみません。」

そう、つぶやいた。

声も絞り出したような声。叔母の声ではない。

その言葉は、叔母が自分の夫に対して言った言葉で、

本来なら叔母の口から出るはずのない言葉である。


私は、今まで心霊、霊というものを信じたことがなかった。

でも、その時の叔母は、叔母ではなかったと思う。

父が、叔母の口を借りて、最期に伝えたかったのだと。

そう思う方が納得がいく。

そんな場面で冗談で出来るはずもない。


それだけ思い残すことがありながら・・・父はなんで?

何で死んだの?

そう思い悔しい反面、

父の魂は、自殺した現場に残ってはいないのだと

少し安心した気分にもなった。

死後の世界なんか分らないけれど

でも、少なくとも、お経の声は届いたのかも知れないな、と。

そんなことを考えながら、火葬場を後にした。


結局、なんだか知らないうちに色々な事が決められていって

お葬式まで来た。


今更のことだが、お通夜やお葬式の時の天気のことを

よく覚えていない。晴れ?雨?曇り?

傘を使った覚えは無かったが

自宅と隣の公民館への往復しただけだったし。


ただ、すごく蒸し暑かった。

その年はそれまでクーラーを入れていなかったのに

夜通しクーラーを入れていたような気がする。


お葬式は午後からだったが、

すでに早くから親戚も集まっていた。

階段を下りて、部屋に入る手前で

階段下の収納を見つめる。


そっと紙袋を覗き込み、父親が最後に着ていた服を眺める。

そっと、紙袋に手を突っ込んで触ってみる。

いつもと同じ、半袖のポロシャツ。

タバコを吸うので、

いつも胸ポケットが付いているものを選んで買っていた。

そして、ジーパン。

かすかに、ピースの匂いがした。


昨日と同じように、叔母に喪服を着せてもらう。

昨日と打って変わって、着古した感じ。

昨日までは新品だったのに。


叔父達は、父が使ってた灰皿をタバコで一杯にしながら、

近所の葬儀の担当者の段取りが悪いと愚痴っている。

クーラーの設定温度が20度なのに、

それでも蒸し暑い気がした。


今日一日で、終わる。そう言い聞かせる。

皆、普通の状態であるはずないもんね。そう思う。


父の顔は、公民館に運ばれてから見ていなかった。

なんとなく、棺を開けて改めて見るのが怖い気がした。

別人で有るかのように思えそうで怖かった。


うちは家に仏壇がないから、お経というものに

あんまり聞きなじみが無かった。

般若心経の音が耳の中で響きながら

そういえば、仏壇もお墓もない。

これから、考えることは一杯ありそうだった。


昨日よりも比較的人も少なく感じたが、

お葬式はとくに問題もなく終わった。


棺が運ばれてきて、最後のお別れをする。

葬儀屋サンの用意してくれたお花の他に、

買ってきたミニウイスキーや、タバコを入れる。


これでお別れだというのに、実感が湧かない。

棺のフタが閉じられ、一斉に号泣する。

母は位牌、妹が写真を持つ。

夫や義弟は棺を担ぐ。


私は、手持ち無沙汰な感じでそれを眺める。

なんだか、部外者みたいだなあ、なんて。

しょうもないことでちょっといじける。


タクシーが来て、焼き場(そう、呼んでいた。)

に移動する。

十分当事者であるはずなのに、

なんだか気持ちも体もふわふわして、実感がもてない。

それでも、7対のお地蔵さんの脇を通り過ぎ、

タクシーはいよいよ父との最後の別れの場に到着した。







姉妹で、当面の相談をする。
母と末の妹だけではほっとけないね、という事になり、
妹夫婦も私達家族も、初盆までの3ヶ月弱、
実家で寝泊まりする事にした。

私も真ん中の妹も、お互い仕事はしておらず
お互いの旦那は30分ほど通勤時間が増える事になったが、
二人とも何も言わなかった。

私は仕事を継ぐからと宣言し、実家に引越してくると宣言した。

夫も賛成し、母もホッとしていた。

その時はまだ、当時一緒に同居していた

夫の両親に相談もしていなかったので
少し申し訳なさも感じたが、
それでもこんな状況だから許されるだろうと思っていた。

お葬式の次の日、金曜日に初めて配達に回る事にした。

悲しむよりも前にするべき事が一杯あるような気がした。

あと一日で、日常生活が戻って来る。
仕事を継ぐと言うものの、母と女二人で

本当に生活していける様に継続して行けるのだろうか?
ホントは不安でたまらない.


誰も何も言うわけでもない。

私は結婚し外に出た人間だけど、でも。

感じなくてもいいプレッシャーを感じていた。

母と妹を食べさせていけるだろうか?


父親の最後の別れ、お葬式が終わることが

すごく不安に感じられてきた。

もうすぐ、夜明けだった。


すでに、私の人生は大きな転機を迎えているような

そんな気がした。

家庭の通知簿、2なんだから。

裁縫もミシンもヘタクソだし。

私は継がないよ、なんていってたのに。


好きにしたらいいよ、

うちは跡継ぎなんかいらないから

なんて言ってたのに。

父のうそつき!!!

勝手に自分で死んじゃうなんて。


責任感だけではなく、色んな思いが

次から次に溢れてくる。

今日も、ほとんど眠れない。


お葬式は午後から。

あと半日で、父との最後のお別れの時が来る。

不安と寂しさの中、朝を迎えた。