父は、小さな2つの箱に入って帰ってきた。

両手に載る大きさの白い透かしの模様の入った布に包まれた箱と、

紫に金の刺繍の入った片手に載るような小さい箱。

小さい方は、ノドボトケの部分が入っていて、

四十九日の仕上げの時に高野山に納めるらしい、と聞いた。


これから、7日ごとに晩うちへ兄弟が集まってお参りし、

四十九にちまで毎週お坊さんが来て拝んでくれるらしい。

しばらくは、親戚が出入りすることになりそうで、

人が死ぬって、大変なんだと改めて思った。


夕方になり、やっと親戚の人も帰っていった。

急に静かになった気がした。


ゆっくりと落ち着きたかったはずなのに、

これからのことを家族全員で色々話し合ったり、

決めなければならなかった。

ゆっくり落ち着いてから、という時間はあまりなかった。


まずは、しばらく実家で過ごす段取りをすることになった。

身の回りのものをとりあえず持ってくる準備も要る。


そして、明日はまず、内職の人の所へ回らないと。

出来た仕事を貰ってきて、納めないとお金にならないし、

今ある仕事を配らないと、内職を続けてもらえない。

取引先の信用と、内職さんへの信用。

まず、それを引き続き継続させないと。

最低でも今までどおりの売り上げを確保しないと。


借金は2000万ほどだった。

よく、テレビで何億もの借金をかかえた芸能人の話なんか、

見たことがあったけれど。

実際、縫製業でその金額を支払って返していくことの

大変さを思い知るようになる。

2000万。大してニュースにもなりそうにもない

そんな金額の為に

父親は自らの死を選んだのか。


それと住宅ローンも有った。

これは父の死によって、消失するはずだった。

いわば、死でチャラ。

なんて、安易な考えなんだろう。

それで、家族が喜ぶ?

ありがたかったわ、なんていう?


頭には浮かぶものの、そんな考えはナシ!

考えないようにしなきゃ。

今は、父親を恨んでも悔やんでも責めても仕方ない。


大きな住宅地図を広げる。

内職さんの自宅を、一軒一軒確認始める。

25件ほどの、4市町村にわたる内職さん宅の確認は

慣れない地図と地名に戸惑い、

深夜まで続いた・・・。


こうして、父が死んで3日が経った。





精進上げが始まろうとしていた

素早く娘の隣の席に座った

父の長兄が取り仕切ってくれて、
親戚一同が勢ぞろいし始まった。

これが終われば、やっと少し落ち着くはず。
そう思うとホッとした。

親戚の人の支えが有って
葬儀は無事に終わろうとしていたけれど、

かなり疲れが溜まっいる気がした
早く自分達だけになりたかった。

ちゃんと寝たようにも思わないし
疲れていたし
食欲もほとんど感じなかったけれど、
それでも食事は取っていた。

みんなの前で食べないのは、同情を引く様でイヤだった。

目の前に有るものを黙々と食べた。
周りは先ほどの火葬場の空気とは変わって、
少し緊張感が解けたようだった。

少しのお酒が、叔父達の気を弛ませた。

「うちのしきたりじゃ、こんな葬儀はおかしい。」
「うちの家に似合わない。」
「ここの地区のもんは勝手に決めてなっとらん。」
「こんな貧相な葬儀してからに。」
「大体、弟嫁も何を考えてるんや」
父方の兄姉が次々に愚痴をこぼす。

黙って聞いていたが、たまらなくなり
今まで張り詰めた糸がプチンと切れた気がした

私はちょうど叔父の斜め後ろに座っていた。

叔父の方を向いて、立ち上がった

手伝いの近所の人は一旦席を外してくれていたので
立ってるものは私一人だった

皆が一斉に注目する

しまった、こんな所でキレたらアカン!

そう思ったが遅かった
しかも夫も母も居なかった。
止まらないまま、ぶつけた。

「おっちゃん、そんなこと今言ってどうするん!
大体近所の人、夜中まで会議して
この地区の初めての葬儀やったのに
一生懸命努めてくれたやんか
おっちゃん文句ばっかりで動いてくれへんかったし
私らも至らんとこ有ったかも分からへんけど
初めてのことやんか
何でそんな言われ方せなアカンの!」

もう止まら無かった

口から暴言に近い声が出た
溜まっていたものが
一気に喉の奥から出て来たような気がした

気が付けば声は泣き声に変わり
次第に号泣していた

こんなに大勢の前で感情を露にするなんて
自分でも信じられ無かったが

母や近所の人の苦労を無にする様なことは
耐えられ無かった

義弟と妹達に押さえられ、
へなへなと座り込み泣く。
父が死んで、やっと思いっきり泣いた気がした。

人前でこんなに号泣したこともなかった。

夫が部屋に入ってきた

「お骨の準備出来たそうですので、タクシーもすぐに来ます」

叔父が明らかにホッとしていた。

「じゃあ行こうか」

叔父は、私と妹二人と母がツラいだろうから
無理に行かなくてもいいと言った

夫もうなずいた。

父のお骨を拾うべきだと思ったものの、
正直、落ち着いてお骨を拾う事が出来るとも思え無かった。

叔父の意に沿わず行くと言うのも躊躇われた。

結局、火葬場に行かなかった。

皆出払った広い室内で、娘を抱きしめて泣いた。

未だに、辛かろうが父のお骨を拾うべきだったと
思い出して後悔する。

最期と言う重みを、その時は考えられ無かった。
父が現れた、という不思議な余韻に浸ったまま、

火葬場を後にした

自宅に戻り、着物から喪服に着替えていると

電話が鳴った

慌てて取りに走る

「はい、もしもし」

「こちら○○銀行ですが、ご主人はいらっしゃいますでしょうか?」

「申し訳ないですが、一昨日亡くなりまして」

「さようでございますか、そうしましたらご主人様のお借り入れにつきまして…」

「すみませんが葬儀の真っ最中でして、母に伝えておきますから」

そう言って、電話を切った。

現実に一気に戻った

きっと、銀行の人は父が死んだのを知って連絡してきたのだろう

それは銀行の業務としては当たり前の事なんだと思う。

銀行にも警察にも迷惑をかけてると思うけれど

父の死と言うものが関係の無い人にとって
あまりにも取るに足りない事の様に扱われてる気がして
空しく、寂しかった。

でも、それが現実。

落ち込んでいられない。

慌てて着替え、公民館に戻らなくては…

気持ちはそうなんだけど、行きたく無かった

食欲もほとんど無かったし
味のない食事は意味が無かった。

父方と母方の叔父叔母と並んで食事も
ひどく疲れる様な気がした。

のろのろと着替え、玄関のドアを閉めた。