内職の人を含めて挨拶回りは全部で30軒ほどだった
挨拶のつもりが、一方的な質問の返事ばかりになった。

それはそうだろう、毎週顔を合わせて、つい3日程前にも配達に来ていた馴染みの人が、火曜日に娘だと言う人物から亡くなったと連絡が入るなんて。

だから「お父さんどうしたの?何で亡くなったの?」が皆の第一声だった。
自殺しました、と言って涙ぐめばそれ以上聞かれないで済むかもとも思ったけど…。
母が葬儀の間にかかって来た電話の相手に、事務所で倒れて手遅れだった、なんて対応をしているのを聞いてたから、そうしておいた方がいいのかなとも思った。
自殺と言う単語を口にするのも正直辛かったから。
でも、倒れて手遅れだと言うのも実際に面と向かって説明するのもチョット無理が有った。内職のおばさん達に興味深く質問されながら、曖昧に誤魔化して先を急いだ。

「死因」

首の骨折による窒素死だと確か診断書に書かれていた。

だけど、郵便局で生命保険の払い戻しの申請時は、それで受け付けて貰えなかったらしい。
「自殺による窒息死」と書かされたと言って母は泣いていた。
でもそれが現実。
母は現実を受け入れないでいた。
だから私がしっかりしないと。とにかく男手が無いからと言い訳なんて出来ない。同じ様に動かなきゃ母も妹も生活出来なくなるんだから。
とにかく頑張ろう!その思いで車を走らせた。
一人ライトエースに乗り込む。
昨日配達先は地図で確認した。

古い大きな地図は、父の手で几帳面に道が書き足されて、今まで内職をしてくれた人の家が赤で塗られていた。
そこまでは以前から知っていたけれど今回改めて調べると、つい最近書き込まれた跡が有る事に気付いた。
狭い場所、細い路地に矢印が書いている。

後で配達して気づいたけれど、矢印通りに行かないと入れない道だった。
あまりにも父らしい配慮に…
改めて父が死ぬ準備を怠らなかった事をツラく感じた。

ルートを確認し、車に乗り込む。

父のタバコの匂いのする車。
灰皿にはまだ父の吸ったピースの吸い殻。
父の手で書きこまれた地図
父の愛用の3色ボールペン。配達用のノート。几帳面な文字。

父が一日の半日を過ごしていた車に乗って今日からは私が父の仕事を受け継ぐ。
泣き腫らした目で。
父が亡くなってからほとんど寝ていない。
それでも自分がしないと
その思いだけで動いていた。

どんな苦労も…
父が死を選んだ事に比べたら何でも無いように思えた
エンジンをかけるとディーゼルの低く大きい音が響く。いつもの車とのシフトレバーの位置の違いに一瞬戸惑いながら、車を走らせた。

いい天気と言うよりはあまりにも朝から蒸し暑かった。今日も夏日らしい。

こうして、父がなくなって始めての配達は始まった。
葬儀の翌日。

家族全員で今日することを手分けした。

私は、仕事の関係者全ての挨拶を兼ねて仕事の配達周りに。

あと、生命保険の申請やその他の手続き、税理士さんとの打ち合わせ。
事務所の整理。
事務所に書類や印鑑など、必要なものが置かれていたけれど
今の母の状態で父が死んだ場所を見せたくなかった。
なので母に必要な物を聞き、配達の途中で私が取りに行く事にした。

実家は広く、車を外に置いてコンクリート造りのシャッター付きの車庫を使えば、即席の事務所代わりに使えるよね、と言う事になった。
父が死んだ事務所で母一人留守番させるのも酷な気がしたから

私と言えば…一人で事務所に寄る事はツラい気もしたけれど…一度現場を見ているから大丈夫にも思えた。
一人で配達の方が気楽にも思えた。
配達や挨拶回りは、距離を考えると一日はかかる。
一人にもなれるのが、なんだかホッするような気もした。

新しい一日の始まりだった。

皮肉にも…葬儀が終わったら残された者には新しい生活が始まる

父のいない暮らし。

小さいけれど、内職さん達30人ほどの会社で
彼女たちの生活の足しを担うようになってしまった。
とにかくやって見なきゃ始まらない

新しい出発だった。