りん散歩、渡良瀬遊水地内の谷中湖を縦断して歩いています(2026年3月20日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
 
 
中の島という谷中湖内の島。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左手側に谷中湖が見えます。
 
 
 
 
 
 
 
サイクリングしている親子に追い抜かれました。
 
 
抜かれ際、小学校低学年の男の子から「こんにちは」とあいさつしてくれました。えらいね。
 
 
 
 
 
 
 
 
湖面そばに降りれるエリアもあります。
 
 
 
 
 
 
 
谷中湖の中をつきぬいて進むと、原っぱが広がり木々がまばらに立ち並んでいます。
 
 
 
 
 
 
 
よく見て見ると原っぱが黒く焦げたよう。
 
 
少し焦げた匂いも残っています。
 
 
これは毎年3月下旬に行われる「ヨシ焼き」の跡。
 
 
渡良瀬遊水地のヨシ焼きは季節の風物詩になっています。
 
 
ちょうど今年は私が訪れる1週間前に行われたので、焼けた跡やにおいが残っていたのでしょう。
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな火や煙が上がって迫力があります。

 

 

 

 

 

渡良瀬遊水地のヨシ焼きは既に昭和30年代から始められたそうです。

 

 

害虫の駆除の他、立ち枯れしたヨシの償却により新しいヨシの生育を早める。他の小さな植物の生育を促進するなどの理由があります。

 

 

 

 

 

 
 
 
橋を渡ると
 
 
 
 
 
 
地図で見ると「プチ谷中湖」のように小さなハート形の池がありますが
 
 
 

 
 
 
こちらがその池のようです。ここも野焼きしたみたいでハート型には見えませんね。
 
 
 
 
 
 

 

そしてこの一角にある休憩所。

 

 

その脇には

 

 
 

 
 
 
このように谷中村役場跡とありますね。
 
 

渡良瀬遊水地の建設の際、立ち退きされて廃村となったのが谷中村でした。



元々洪水被害の多い場所でしたが、足尾鉱毒問題でも苦しんできた谷中村。



政府によるこの付近の遊水地計画が起こると、足尾鉱毒問題にも取り組んできた田中正造も移住し、反対運動がおこります。

 

 

しかしながら強硬的に栃木県が買収を進め、住民に立ち退きを迫り、明治39年(1906年)に谷中村は藤岡町(現・栃木市)に合併され廃村となってしまいました。

 
 
 
 
 
 
 

こちらが当時谷中村で暮らしていた村民の住居跡地の地図。

 

 

谷中村を追われた村民の多くは付近に移り住みましたが、中には最後まで抵抗して谷中村に住み続けた人もいたそうです。

 

 

大きな水害を防ぎ、豊かな自然が残された渡良瀬遊水地ですが、その影では生まれ住んだ村を追われた人々がいた事も忘れてはならないでしょう。

 
 
 
 

 
 

 

さらに渡良瀬遊水地を散策。

 

 

いい感じのメタセコイアの並木道。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは谷中湖北水門。

 

 

ここから谷中湖の水位を観測できるようです。

 

 

 

 

 
 
 
ここから水の出入りがあるようです。
 
 
 
 

 
 
 
さらに進むとここもヨシ焼きの跡ですね。
 
 
 

 

 

 
 
天気の良い日の渡良瀬遊水地の様子はこちらで。
 
 
 
 
 
これは谷中湖展望台。
 
 
普段はここに上り渡良瀬遊水地の自然やバードウォッチングに適した場所なのですが
 
 
この展望台の真ん中あたりに
 
 
紺色の矢印のようなものが付いていますね。
 
 
こちらは2019年の台風19号の際にここまで浸水したという目印です。
 
 
 
 
 
こちらは国土交通省の上空からの写真ですが
 
 
渡良瀬遊水地のほぼ全域が浸水し、谷中湖の姿かたちさえ見えない状況なのがお分かりになるかと思います。
 
 
最高水位は9.61mを観測。これは氾濫危険水位とされる8.9mを越えるもので10時間続きました。
 
 
その貯留水量は過去最大の1.6億㎥。
 
 
下流での洪水を防ぐことに大きく貢献しました。
 
 

 

 

 
全国各地で大きな被害が出た台風19号の進路。
 
 
 

 

 

 
 

 

 

 
 
これらはその全体が浸水した渡良瀬遊水地の様子の動画。貴重ですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
それでは整備された道を通り
 
 
 
 
 
 
渡良瀬遊水地の外側へ。
 
 
 
 
 
 
 
土手には菜の花がびっしりと咲いています。
 
 
 
 
 
 
 
近くにあったのは旧谷中村合同慰霊碑。
 
 
先ほど渡良瀬遊水地の建設の際に谷中村の住民が半ば強制的に立ち退きされたことを言いましたが
 
 
昭和に入り、遊水地内に点在する無縁墓地をぜひまとめてほしいという要望が出されました。その要望に沿い、1961年(昭和46)年に、268基の石仏や墓石を集めて合同慰霊碑が建てられました。
 
 
 
 
 
 
 
 
周囲には墓石だけでなく石仏や庚申塔なども安置され、かつての谷中村を偲んでいるようでした。
 
 
 
次回でゴールです。
 
 
 
⑨に続く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
りん散歩、埼玉県・栃木県・群馬県の「3県境」を訪れています(2026年3月20日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
 
 これが三県境
 
 
 
栃木県栃木市・埼玉県加須市・群馬県板倉町の3つの境になります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今まで何度も県境を越えてきた経験がありますが
 
 
「三県境」は初めて訪れます。
 
 
3つの県境は全国に48か所あるそうですが、山の頂上や川の中にあることがほとんどで、この「三県境」は平地にあり訪れる事ができる数少ない貴重な場所。
 
 

前にこの付近の県境は旧渡良瀬川に沿っていた事はお話ししましたが、現在の渡良瀬川の整備後に埋め立てられ平地となり県境は不明確でした。

 

 

その後、栃木市が埼玉県加須市と群馬県板倉町に働きかけ、測量や地権者の立ち会いによる確認作業を行い「三県境」が確定し確認書に調印したそうです。

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
わたくし、今までXのフォロワーさんがこの「三県境」を訪れたのを見て1度来たかったのですが
 
 
その時にやってみたかったことがあるんです。
 
 
それは
 
 

 

 

 
 
三県境反復横跳び(?)
 
 
反復横跳びなのかと言われると何とも言えないですが
 
 
ワンステップで3つの県境を行ったり来たり。
 
 
これがしたかったのですよね。
 
 
瞬間県境移動です。・・・お子様かいなって感じですが(笑)
 
 
 
 
 
 
 
その三県境の周りはどうかというと、こんな感じでのどかな雰囲気です。
 
 
 
 
 
 
 
そしてさらに進むと何やら建物がありますが
 
 
 
 
 
 
 
ここは「道の駅かぞわたらせです。
 
 
 
 
 
 
 
現在の加須市に生まれ「日本の解剖学の父」といわれる田中和美像。
 
 

東京大学医学部教授・日本解剖学会の初代会頭・日本連合医学会の初代会頭などを歴任しました。

 

 

 

 
 
 
 
 
さて、お昼を食べずにここまで来たのは
 
 
ここの食堂でお目当ての料理があったのです。
 
 
時刻は14時半。何とかラストオーダーに間に合った
 
 
・・・と思ったらお目当てのメニューは品切れ・・・
 
 
第二候補に挙げていたパン屋さんも予定数売り上げで閉店している・・・
 
 
時間が時間だけに仕方がないですね。
 
 
ちなみに食べたかったのは「なまずの天ぷら」。
 
 
道の駅は埼玉県加須市にありますが、すぐお隣の群馬県板倉町はなまず料理が名物で
 
 
食堂の「なまず天ぷら」を目当てにしていたのです。なかなかなまずを食べる機会って少ないですからね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
う~ん、かといって食堂で他のメニューも気が進まなかったので、道の駅の売店のおこわおにぎりでひとまず腹ごしらえしました。
 
 
 
 
 
 
 
 
道の駅かぞわたらせでは、先ほどの「三県境」を大々的にアピールしています。道案の意の看板もありました。
 
 
むしろ道の駅に駐車して歩いて三県境へ行く人がほとんどで
 
 
まさか古河から歩いてくるというのは想定していないでしょうね。
 
 
 
 
 
 
 
また道の駅かぞわたらせでは「恋人の聖地」としてハート形のモニュメントを設置してアピールしています。
 
 
これから訪れる谷中湖がハートの形をしているからですね。
 
 
・・・まあ、わたくし恋人もいない独身者ですけれども(笑)
 
 
 
 
 
 
 
それでは谷中湖のある渡良瀬遊水地へ向かいましょう。
 
 
 
 
 
 
 
案内も谷中湖のハート型。
 
 
 
 
※国土交通省利根川上流河川事務所HPより
 
 
 
渡良瀬遊水地とは茨城、栃木・群馬・埼玉の4県4市2町にまたがり、全体の面積は約3,300ヘクタールの「日本一大きな遊水地」です。
 
 
何と東京ドーム700個分の大きさだとか。
 
 
左側の「谷中湖」が遊水地(遊水池)と思われがちですが実はその一部分にしか過ぎません。
 
 
この赤い線の中全体が「渡良瀬遊水地」で、普段は葦などが生い茂る草原・湿原で、洪水時に下流へ渡良瀬川などが流入し河川の氾濫が起きないように水を滞留させるために造られました。
 
 
前にも触れましたが常時水があるのは谷中湖(通称)だけで、正式には渡良瀬貯水池と呼ばれ湖ではなく池という事になります。
 
 
 
 
 
 ※国土交通省利根川上流河川事務所HPより

 

 

左が通常時、右が洪水発生時のモデルです。

 

 
普段はヨシを中心とした広大な湿原が広がり、1,000種もの植物に多種多様な鳥類・昆虫類・魚介類が生息し、キツネやタヌキ、タカの仲間であるチュウヒといった多くの野生生物も暮らしていています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
伝統もハート型。
 
 
 
 
 
 
こちらが谷中湖
 
 
湖内(池内)を道が通っていて、歩いて散策もできます。
 
 
サイクリングを楽しんでいる人が多かったです。
 
 
両側に湖面が見えるのは新鮮です。
 
 
 
 
 
 
右側に
 
 
 
 
 
左側。
 
 

 
 
 
橋を渡っていきます。
 
 
 
⑧に続きます。
 
 
 
 
 



「りん散歩」の途中ですが



皆様、今年のゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか?







私はここ栃木県矢板駅へ。


「本州縦断歩き」の一環の


1年半ぶりの「みちのくひとり歩き旅」で那須塩原市の黒磯駅まで歩きました。


ダイジェスト版でどうぞ。






ツツジの名所の長峰公園へ。


そうにゃんと一緒です。






そして国道4号へ。


相変わらず標識が「くいっ」としています。







大田原市に入りました。






栃木県といえばレモン牛乳。


レモン牛乳といえば「ごめんねごめんね」のU字工事さんのお二人もこの辺りの出身だそう。






田んぼなど農地と街が混在している感じでした。






この辺り、那須野が原の開発に力を入れた


西郷隆盛の弟の西郷従道が祀られている神社もあります。








旧奥州道中の大田原宿に入ります。






源平の戦いで「扇の的」を射った那須与一も現在の大田原市が地元だそう。






お昼ご飯は鉄板ナポリタンをいただきました。






マンホールも那須与一。






現在放映されている連続テレビ小説


「風、薫る」の主人公のモデルも現在の大田原市内の生まれだそうです。







ジョジョとかに出てきそうな石像。






思ったよりも時間がかかり、新幹線沿いの道を通り近道。






こんな居酒屋もありますが






那須塩原駅。


那須塩原市は本州でもっとも乳製品の生産量が多い市です。






その後行き止まりの道に間違って入ったりしましたが







黒磯駅付近には古い雰囲気のある建物が多かったです。












そして黒磯駅でゴール。


約35kmの道のりでした。



例によって、詳細はだいぶ後になりますがお楽しみに。




 
 
 
 
 
りん散歩、古河総合公園を後にして古河市内を歩いています(2026年3月20日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
 
古河城跡沿いの土手の道を歩くこと10分ほどで
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三国橋という交差点に入りました。
 
 
 
 
 
 
この角には茨城県古河市の県境の標識があります。
 
 
 
 
 
 
 
 
この橋が三国橋。
 
 
つまりこの橋が県境のようですね。
 
 
 
 
 
 
 
流れているのは渡良瀬川
 
 
 
 
 
渡良瀬川は以前マンホール探しの旅で栃木県の足利市で見たことがあります。
 
 
森高千里さんの「渡良瀬橋」もありました。
 
 
そこよりもかなり下流になります。
 
 
ここが県境のようです。
 
 
 
 
 
 
三国橋を渡り切ると
 
 
 
 
 
 
 
 
埼玉県に入りました
 
 
加須市です。加須と書いて「かぞ」と読みます。
 
 
 
 
 
 
 
 
赤線が県境です。
 
 
 
 
 
 
三国橋を渡ると、再び土手の遊歩道が現れました。
 
 
右手に渡良瀬川を見ながらしばらく進みます。
 
 
 
 
 
 
決潰口跡とあります。
 
 
昭和22年(1947年)、カスリーン台風(カトリーナ台風)による大雨でこの地で堤防が決壊し3名死亡、被害家屋は1900戸以上と多くの被害が出たそうです。
 
 
 
 
 
 
土手には菜の花がびっしり咲いています。
 
 
 
 
 
 
 
左手は住宅街や工場などがあるエリア。
 
 
向こう側に新古河駅が見えます。
 
 
茨城県古河市でなく、埼玉県の加須市内だけど新「古河」駅なのですね。
 
 
・・・まあ、品川区でなく港区にあるのに品川駅、目黒区ではなく品川区にある目黒駅とかありますものね。
 
 
それでも県をまたがって異なる自治体名の駅名は結構珍しいかも。
 
 
 
 
 
 
 
さて、右側には水門が見えました。
 
 
第一排水門と言って、後ほど訪れる谷中湖の水を渡良瀬川に排水、または堰き止めるための水門です。
 
 
 
 
 
 
 
近くの木と一緒に。
 
 
何となく哀愁漂う雰囲気でいい感じ。
 
 
 
 
 
 
 
まだまだ遊歩道は続きます。
 
 
人っ子一人歩いていません。
 
 
景色はほとんど変わらなくて単調に感じますし、少し物寂しい雰囲気ですが
 
 
隣の県道では自動車がひっきりなしに通っているのでさほど孤独感のようなものは感じません。
 
 
ひとりで黙々と歩いていきます。意外とこういう黙々と何も考えずに無心で歩ける場所好きだったりします。
 
 
が、時刻は1時50分頃。お昼は軽くおにぎり1個を食べただけなので、さすがにお腹が空いてきたなあと思いながら歩いていきます。古河桃まつりの売店やばんどう太郎で食事しとけばよかったかな、なんて思い浮かびます。
 
 
結局無心にはなれませんでした(笑)。
 
 
 
 
 
 
 
すると右手に湖のような物が見えてきました。
 
 
これが谷中湖のようです。
 
 
 
 
 
 
 
谷中湖は渡良瀬遊水地の一部をなす湖・・・と言いたいところですが、実のところ人工でできた貯水池なんだそうです。
 
 
渡良瀬遊水地は2012年に国際的に重要な湿地の基準に該当したとしてラムサール条約湿地に登録されました。
 
 
 
 
 
 
野球場も見えてきましたが、利用している様子はないみたい。
 
 
 
 
 
 
すると、ここで今度は栃木県に入りました。
 
 
 
 
 
 
 
遊歩道にも埼玉県と栃木県の県境が記されています。
 
 
 
 
 
 
 
前にも触れたようにこの辺りはとにかく県境が複雑で入り組んでいます。
 
 
と言うのも、これらの県境は元々の渡良瀬川の流域にそって決められていました。
 
 
 
 
※国土交通省渡良瀬川河川事務所HPより
 
 
渡良瀬川は左側のくねくねと蛇行した流路で何度も水害の原因になりましたが
 
 
谷中湖などの渡良瀬遊水地の開発や藤岡放水路(茶色)が整備されて現在の渡良瀬川の流路になりました。
 
 
そして、それまでのくねくねと蛇行していた元の渡良瀬川流域の県境だけがそのまま残ってしまったとのことです。
 
 
 
 
 
 
 
さて、ここで次のスポットのためにようやく土手沿いの遊歩道から離れます。
 
 
車がひっきりなしに通るので横断するのも慎重に周りを見てから渡りました。
 
 
 30分以上遊歩道を歩きましたが、すれ違ったのは結局2人だけでした。
 
 
そして次のスポットというのは
 
 
 
 
 
 
 
こちらの看板にあるように
 
 
三県境とありますね。
 
 
 
 
 
 すると現れたのは
 
 
 
 
 
 
お!これが三県境ですか!
 
 
埼玉県・栃木県・群馬県と3つの県が同時に境になっている地点です。
 
 
 
 
⑦に続きます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
りん散歩、古河公方公園で「古河桃まつり」を楽しんでいます(2026年3月20日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
古河桃まつりの運営本部前で
 
 
古河桃むすめさんを撮らせていただきました。
 
 
場が華やかになりますね。
 
 
「古河桃まつり」は今年で50周年。記念の年に訪れて良かったです。
 
 
 

 

 

 

私が訪れた時は濃いピンクの「矢口」がほとんどでしたが

 

 

その後紅白の花桃の品種「源平」も咲いていたそうです。

 

 

 

 

 
夜間にランタンのイベントもあったそう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、ガマの油売りのパフォーマンスも。
 
 
 


 
 
こちらは古河総合公園の桃林の由来の碑。
 
 
江戸時代に入り、江戸で幕府の要職として働いていた古河藩主・土井利勝は領内で薪が不足していたことを知り、江戸から桃の種を古河へ送ります。
 
 
桃の木は成長が早く、枝が薪になるほか実も食べられるので領内で奨励されました。古河城付近は桃の木が多く植えられていて桃花の名所となり、明治時代には観桃会が行われるほど古河市民に親しまれました。
 
 
その後対象~昭和初期には病気により桃の木が激減。1973年に古河総合公園の計画が着手されるとそれを機に花桃が植樹されて現在の桃林になったそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
次いでこちらは桃花と菜の花の競演です。
 
 
ピンクと黄色の組み合わせで鮮やかですね。
 
 
 
 
 
 
 
いやあ、やはり晴れていたらきれい・・・は言わない約束でしたね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
でも両方撮ろうとするとなかなかピントが合わないのですよね。
 
 
 
 
 
 
 
そうにゃんも満足したかな?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大賀蓮池という池へ。
 
 
池に写る花桃もきれいです。
 
 
 
 
 
 
のんびりとカモが気持ちよさそうに泳いでいます。
 
 
 
 
 
 
 
「トラエモン道」と書かれている石碑。
 
 
「こんにちは。ぼくトラエモンです」
 
 
・・・ではなくて「トラエモン」とはこの辺りの小字だそうで、「虎右衛門」という村役人に由来しているそうです。が詳細は分からず。
 
 
 
 
 
 
 
さて、そろそろ古河公方公園を後にしますか
 
 
と何気なくポケットの中に手を入れて確認すると
 
 
「あ!そうにゃんがいない!」
 
 
いつの間にかお供のそうにゃんが行方不明になってしまいました。ポロリとポケットから落ちて気が付かないまま進んでしまったようです。
 
 
 
でもさっきまで菜の花や桃の花と一緒に撮っていたしどこかにいるはずだ
 
 
「戻ってきてほしい」と思いながら、ひとまず今まで歩いてきた道を戻って探すと
 
 
 
 
 
 
 
あ!いた!良かった!
 
 
道の脇にごろんとねているそうにゃん。
 
 
おそらく歩いている道に落ちたのでしょうが、気が付いた方が脇の方へ置いてくれたのでしょうね。
 
 
どなたか分かりませんがとても助かりました。ありがとうございます。
 
 
これから気をつけなくちゃ。
 
 
 
 
 
 
 
そして古河公方公園を後にして歩き始めます。
 
 
気になっていた古河クリーンセンターの煙突。
 
 
マンホーラーであり、ごみ処理場煙突マニアですからね。
 
 
各地の煙突写真のコレクションもだいぶたまってきました。
 
 
煙突の周りにあるワイヤーのような飾りは何でしょうかね?調べたけど分からず。
 
 
 
 
 
 
 
のどかな雰囲気です。
 
 
 
 
 
 
 
大通りに出ると「ばんどう太郎」という、うどんやそばをメインにした和風レストランがあります。
 
 
古河総合公園に行く前の交差点でご婦人たちに場所を尋ねられたのがこのばんどう太郎さんでした。初めて来たのに道を聞かれましたが合っていて良かったです。
 
 
ばんどう太郎は千葉・埼玉・茨城・栃木で50店舗以上もあるチェーンなんだとか。
 
 
時間の都合で寄れませんでしたが、今度見かけたら食べてみましょう。
 
 
 
 
 
 
 
さらに進むと土手沿いの道になりました。
 
 
 
 
 
 
 
振り返ると渡良瀬川を渡るアーチの新三国橋があります。
 
 
 
 
 
 
 
階段があるので上って見ると
 
 
 
 
 
 
 
古河城本丸跡があります。
 
 
 
 
 
 
 
ほう、そうですか、と見るも土手の下には草っ原が広がるだけで特にこれといって城跡らしきものは何もないようです。
 
 
前に古河城は日光参拝時に将軍家も宿泊するくらいの格式高い城だという事は述べましたが
 
 
現在はほとんどその遺構が残っていません。
 
 
 
※Wikipediaより
 
 
 
かつてはこのように渡良瀬川沿いにあったようですね。
 
 
関東でも有数の規模だった古河城ですが、明治6年の廃城令にともない翌年には建造物が取り壊され、その一部は民間に払い下げられました。
 
 
 
その後、渡良瀬川の河川改修により流路を変えるため古河城の主要部分がほとんど破壊されてしまいました。
 
 
こちらのリンク先にかつての古河城の写真(明治3年ごろ)が残っています。
 
 
 
 
 
 
⑥に続く。