江戸東京博物館の見学中(2026年8月1日に訪れました)。

 

 

続いては「東京ゾーン」です。

 

 

明治の時代になり、東京でも「文明開化」により西洋の文物が急速に取り入れられ

街並みも西洋風の建築物が増えてきました

 
 
 
こちらは服部時計店。
 
 
 
 
 
 
 

1881年(明治14年)に服部金太郎により服部時計店が創業され

 

 

明治27年には銀座四丁目の煉瓦造り二階建ての建物に巨大な時計塔が改築されました。

 

 

以来「服部の時計塔」と呼ばれ、銀座のランドマークとして親しまれました。

 

 

現在は二代目の時計塔(和光時計台)が銀座のシンボルになっていますね。

 
 
 
 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
人力車の実物が展示していて載ることもできます。
 
 
 
 
 
 
 
 

こちらは掛け時計ですが明治3年のもの。

 

 

既に明治の初めごろから今と遜色のない時計が使われていた事に驚きました。

 

 

駅や郵便局などの公共機関に設置されていたそうです。

 
 
 
 
 
 
 

自転車。

 

 

前の車輪を漕いで進む昔ながらの自転車ですね。

 
 
 
 
 
 
 
明治の外交の舞台となった鹿鳴館のジオラマ。
 
 
何と地面の下にジオラマがあって上からのぞくように見る事ができます。
 
 
時間の経過とともに中の様子も変わります。
 
 
 
 

 
 
 
ニコライ聖堂の模型。
 
 
丘の上に立っていて、当時でも目印として扱われたランドンマーク的な教会でした。
 
 
 


 
 

こちらは第一国立銀行の模型。

 

 

建物の構造は江戸時代からの伝統技法によっていますが、外観は西洋建築の意匠を取り入れた「擬洋風建築」だそうです。

 

 

そしてその第一国立銀行の創立に関わったのが

 

 

「日本経済の父」と呼ばれる渋沢栄一。

 

 

現在の一万円札の人物としておなじみの存在になりました。

 
 
 
 

 

 

 
 
 

ここでまた大河ドラマが出てきますが

 

 

渋沢栄一が主人公の「青天を衝け」。

 

 

幕末の豪商の息子から「最後の将軍」一橋(徳川)慶喜に仕える事になり、勘定方(財政責任者)として頭角を現した栄一はパリ視察中に大政奉還が起こります。

 

 

以後は国立銀行や富岡製糸場など多くの企業の設立にかかわり実業家として腕を振るいました。

 

 

明治から大正にかけてまさに渋沢栄一が活躍した時代になります。

 

 

特に幕末から明治の「文明開化」で人々の生活ががらりと変わっていった背景を見るのも勉強になります。

 

 
 
 
 
 
 
 

ここでまたジオラマです。

 

 

1/25縮尺の「銀座煉瓦街」です。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
人力車に乗る人々や
 
 
 
 
 
 
馬車に乗る人。
 
 
 
 
 
 
 
前輪を漕ぐ自転車に乗っている人もいます。
 
 
既に日傘を使っている婦人もいますね。
 
 
 
 
 
 
 

ガス灯の前で警察官に押さえられている人もいました。

 

 

後ろに洋風のドレスを着ている婦人や中国人らしき人(当時は清でしたが)もいますね。

 

 

洋装・和装、髪型や帽子などを見ると多様な姿格好だったんだなと感じます。

 

 
 
 
 
 
 
 
こちらは浅草花やしきの門を復元。
 
 
 
明治の中頃から娯楽の一大拠点として浅草が人気となりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
浅草にあった凌雲閣。
 
 
明治23年(1890年)に建てられました。「浅草十二階」と呼ばれ高さ52mで、日本で初めてエレベーターが設置された建物です。
 
 
 
 
 
 
 
 
入口の様子。
 
 
 
 
 
 
 
浅草電気街という日本初の映画館。
 
 
明治の終わりごろに建てられて人気を博しました。
 
 
 
 
 
⑤に続く
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2857
 
 
 
 
 
 
 
 
江戸東京博物館の江戸ゾーンを見学しています(2026年8月1日に訪れました)。
 
 
 
 
 
続いて今度もジオラマです。
 
 
両国橋付近の様子だそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
多くの船が行き交っていますね。
 
 
 
 
 
 
両国付近の花火大会を当時でも屋形船で見ていたそうで
 
 
料理などを船で受け渡ししていたそうです。
 
 
 
 
 
 
 
船着場の様子。
 
 
 
 
 
 
お店の団扇や提灯など細かくできていて感心します。
 
 
 
 
 
 
逆側から見ると喧嘩しているようです。
 
 
 
 
 
 
 
旅についての展示。
 
 
大山詣での際に持っていた大刀。
 
 
 
 
 
 
 
別室では歌川広重の東海道五拾三次の浮世絵も展示していました。
 
 
白須賀宿付近の潮見坂の浮世絵。
 
 
以前自分も訪れたので感慨深いものがあります。
 
 
 
 
 
 
赤坂宿の蘇鉄の浮世絵。
 
 
 
 
 
 
江戸の娯楽といえば歌舞伎ですよね。
 
 
これは「助六由縁江戸桜」の様子。
 
 
 
 
 
花魁の揚巻。
 
 
豪華な衣装です。
 
 
 
 
 
 
主人公の花川戸助六。
 
 
助六寿司の由来となった登場人物です。
 
 
演じているのは2代目市川團十郎。助六は代々の市川團十郎が演じ続けてきた十八番だそう。
 
 
 
 
 
 
 
中村座を再現したもの。もちろん実物大。
 
 
見学客と比べても大きさがよくわかります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
看板も派手で大きいですね。
 
 
江戸時代の人々が歌舞伎を見に行く時のワクワク感が感じられます。
 
 
 
 
 
 
 
江戸開城後の勝海舟を描いた絵。
 
 
 
 
 
 
 
 
日本橋を下から眺めます。
 
 
 
 
以上、江戸東京博物館の江戸ゾーンでした。
 
 
 
続いては東京ゾーンに入ります。
 
 
 
 
 
 
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江戸東京博物館の「江戸ゾーン」を見学中です(2026年8月1日に訪れました)。
 
 
 
 
 
 
 
 

続いて町民の原寸大の家屋や人形が展示しています。

 

 

鳥の目から人間の目へまた変わります。

 

 

大工さん道具の手入れ中でしょうか。

 
 
 
 
 
 
 
 

こちらは寺子屋。

 

 

間違えて注意されている感じです。

 

 
 
 
 
 
 
 

江戸時代の人々の一生のパネル展示もありました。

 

 

今よりも平均寿命は短いですし、既に50代後半には隠居生活に入っていたのですね。

 

 
 
 
 
 
 
 
江戸時代と言えば浮世絵。
 
 
浮世絵を製作する道具が展示されています。
 
 
 
 
 
 
 
歌川広重の「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」。
 
 
 
 
 
 
 
色を重ねていく経過が分かります。
 
 
 
 
 
 
 

江戸時代は町人文化が発達し、黄表紙などの読本や錦絵などの絵が流行しました。

 
 
 
 
 
 
 
 

このように店先で浮世絵や錦絵が売られていたのでしょう。

 

 

大河ドラマ「べらぼう」にそのまま出てきそうなお店です。

 
 
 

 

 

 
 
蔦谷重三郎を主人公とした大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」は私も楽しく見ていました。
 
 
江戸の太平の世にあって町人がどのように暮らしてきたか想像を掻き立ててくれた
 
 
ある意味「文化史大河」でしたね。
 
 
 

 

 

 

 

 

蔦谷重三郎に関する展示もありました。

 

 

版元と呼ばれる出版者である蔦谷重三郎を中心に戯作家や浮世絵師・狂歌師が集まる一種の「サロン」が形成され、多くの作品が生み出されてきました。

 

 

 

 
 
 
 
 
 

「べらぼう」にも登場した山東京伝の出版した黄表紙。

 

 

山東京伝は蔦谷重三郎とタッグを組んで「黄表紙」と呼ばれる風刺・滑稽を特色とする絵物語や浮世絵(浮世絵師としての呼び名は北尾政演)を多数出版したりするなどマルチな才能を発揮しました。

 

 

蔦谷重三郎が松平定信の「寛政の改革」に対して風刺をした出版物がとがめられ、店や財産を差し押さえされましたが、その際に山東京伝も手鎖の刑に処されたりもしました。

 

 
 
 
 
 
 
こちらはお寿司の屋台ですね。
 
 
寿司や天ぷらなど現在の日本人の食生活につながる料理が普及したのも江戸時代後半の頃。
 
 
 
 
 
 



お寿司の一貫は江戸時代は握りこぶしくらいの大きさで



それを2つに割って食べたことから現在は2貫で提供されるようになったとか。



江戸前で撮れた新鮮な魚介類ですが、当然ながら保存技術はまだ未発達だったため酢漬けや「漬け」で提供されたそう。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

こちらは天ぷらの屋台。


天ぷらは油と火を使うため、火事が多かった江戸の町では火災対策のために店舗ではなくこうした屋台で販売するのが普通だったそう。


付けだれも脇にありますね。

 
 

 

 

 

 

 

江戸東京博物館はリニューアルされたと書きましたが、展示の大筋はさほど大きな変更点はなかったものの、実体験できるものが増えました。

 

 

こちら行商人が担いでいた振売り。15kgほどとずっしりきます。

 

 

自分の跡に小学校低学年の子が担ごうとしてましたが、高さが足りなくてなかなか苦戦していました。

 
 
 
 
 
 
 
地味ながらも玉川用水の展示もあり、いかに水道などのインフラが江戸の町の人々に大切だったかの説明がありました。
 
 
 
 
 
 
 
 

今度は原寸大の展示。

 

 

江戸の祭りや娯楽についての展示。

 

 

神田明神のお祭りの山車。迫力があります。

 
 
 
 
 
 
 
 
山車を人や牛で動かしたり
 
 
 
 
 
 
 
 
おみこしをかつぐミニチュアもありました。
 
 
 
 
 
③に続く。
 
 
 
 
 
 
2855
 
 
 
 
それでは江戸東京博物館常設展の様子です(2026年8月1日に訪れました)。
 
 
 
 
江戸東京博物館は江戸時代の街並みを再現した「江戸ゾーン」と
 
 
明治以降の「東京ゾーン」から分かれます。
 
 
まずは「江戸ゾーン」から。
 
 
 
 
 
 
 

そして6階の常設展に入るといきなり大きな橋が。

 

 

これは江戸時代の日本橋を再現したものです。

 

 

原寸大でいきなり江戸時代へタイムトリップした感覚を味わえます。

 

 

 

しょっぱなにこれから江戸時代に入りますよ、と没入感を感じさせやすくするために日本橋が設置されているのはうまい展示方法ですね。

 

 
 
 
 
 
 
 

大きな擬宝珠(ぎぼし)。

 

 

このように江戸東京博物館では

 

 

江戸時代の建物やそこで暮らす人々の様子が原寸大で展示されていて、間近で実感できるようになっています。

 

 
 
 
 
 
 

そして一方、もう1つの特徴は、このジオラマ。

 

 

江戸初期・寛永期の日本橋付近の町人街を再現したものです。

 
 
 
 
 
 
 

先ほどの日本橋は原寸大で自分が江戸時代の住民になった気分から

 

 

今度は鳥になったかのように俯瞰した目で見る。

 

 

このように対照的な観点から見る事ができるのが面白い所です。

 

 

 

 

 

 
 

ミニチュアの人形ですが、振売り(ふりうり)を肩から下げて行商していたりして生き生きとした町人の暮らしぶりを見る事ができます。

 

 

当時の人々の生活を想像しながら見るのは楽しいですね。

 
 
 
 
 
 
 

獅子舞っぽいですが何だろう?

 
 
 
 
 
 
 

こちらは刀を差しているのでお侍さんですね。

 

 

何となく江戸の町のぶらり散策を楽しんでいるような雰囲気を感じます。

 
 
 
 
 
 
 
笛や太鼓の音も聞こえてくるようです。
 
 
 
 
 
 
 
これも何かの演奏かな?
 
 
 
 
 
 
 
江戸の町中を馬を引いて荷物を運んでいます。
 
 
 
 
 
 
 
別のジオラマに変わってこちらの立派な門は大名屋敷。
 
 
 
 
 
 
 
立派な庭園も見えています。
 
 
 
 
 
 
 
こちらは江戸城の大広間。
 
 
 
 
 
 
 
金箔が張ってあり豪華絢爛です。
 
 
 
 
 
 
江戸の町と比べて大名屋敷や江戸城広間に誰も人がいないというのは対照的でした。
 
 
 
 
 
 
江戸城の模型もありました。
 
 
 
 
 
 
 
当時の高位の人たちが使用していた物も展示していました。
 
 
 
狩野宗信の手による東海道五十三次図屏風(複製)。
 
 
寛文年間(1661~1673)の頃のものだそう。
 
 
 
 
 
 
 
これは蒔絵見台という、書物を読むための台。
 
 
葵の御紋が入っていて豪華この上なしです。徳川家ゆかりの女性の所有物だと推定されています。
 
 
 
 
 
 
 
吉野山蒔絵文台。
 
 
書籍や硯箱を乗せるための机上の台。
 
 
 
 
 
 
②に続く。
 
 
 
 
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それでは江戸東京博物館を訪れた時の事をお話ししたいと思います。
 
 
2026年8月1日に訪れました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
相変わらず存在感の大きな建物です。
 
 
博物館と知らなかったら、何だか戦隊ものに出てくる巨大基地のような建物ですね。
 
 
 
 

 
 
前に訪れたのは2019年2月との事で7年半ぶりになります。
 
 
 
その間、改修されましたのでリニューアル後は初めてになります。
 
 
 
 
 
 
 
 
常設展を見る前に
 
 
特別展「洋館~明治が見た夢」を見学しました。
 
 
 
 
 
 
 
明治に開国してから、どのように日本の建築物が洋風建築を取り入れてきたかという模索の内容でした。
 
 
 
 
 
 
 
こちらは国立第一銀行にあったというシャンデリア。
 
 
初めてシャンデリアというものを見る人がほとんどでしたから、その美しさに驚いた事でしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
こちらは国賓や外国の外交官を接待するため、外国との社交場として使用された鹿鳴館の装飾。
 
 
 
 
 
 
 
ドイツ人建築家が描いたという、幻の国会議事堂案。
 
 
現在の国会議事堂に比べると、優雅な印象です。
 
 
 
 
 
 
「中央停車場建物展覧図」。
 
 
現在の東京駅の完成予想図ですが、仮の名前として中央停車場と呼んでいたそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
このドームは今も変わらず東京駅のシンボルになっていて
 
 
当時のデザインの優秀さが際立っていますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
こちらはジョサイア・コンドルが最初期に設計した洋館・有栖川宮邸で使われた貴重な現存家具。
 
 
 
 
明治の建築家たちがいかに洋風建築を自分たちで築き上げるか試行錯誤していた様子がうかがえました。
 
 
 
それでは続いて常設展の方へ向かいます。
 
 
 
 
 
 
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