釣り竿積んだが海じゃなく山に
定休月曜
降ろした釣り竿を車に積んで海に行くかと考えたが。。暑いしなぁ。そんなに釣れてなさそうだしなぁ。粘る気持ちまではないしなぁ。。
安い野菜でも買いに行くのもここ最近毎週行っているしな。
ちょい足を伸ばしてドライブがてら秦野中井までコーヒー買いに行くことに
アイスコーヒー買ったりして予定終了
昼も過ぎ何となく変える気分でもなく、どこ寄るかなぁ。。。秦野中井まで来てるし、昼まだ食べてないしで、今日の予定には全くなかったが、富士吉田の吉田うどんを食べに行こうと東名に乗った。
御殿場から富士五湖道路で山中湖を越えて道の駅富士吉田に
ここの吉田のうどんも安くって好き。
今日は忍野八海も山中湖も寄らずに、うどん食べて帰路に着く。
でもせっかく想定外の富士吉田。
富士山五合目。須走口まで今日は車で行けるので寄ってみた。
目の前に富士山山頂標高2000メートル
駐車場から五合目の山小屋まで数分歩いて帰ろうと考えていたが、山小屋の方がせっかく来たんだから小富士まで歩いてみればと声がけいただいた。
ゆっくり歩いて往復1時間くらい。早ければ30分くらいだよってことで急遽想定外で小富士まで登山?
登山というかトレッキング
15分?30分?
後どれくらいだろう?誰も歩いていない樹海を歩く。(歩く道は明確にわかるようになっている)
15分歩いたら樹海から急に視界が開けた。
この開放感
眼下には山中湖や河口湖
後には富士山山頂
ずっと海ばかりだが、緑の中の空気の澄んでいることったら。この緑の香りはすごいなぁ
全く想定外の富士山だった。
中学生の時に山頂まで登ったことはあるが、元気なうちにまた登ってみたいと思ったわ。膝の筋力と体力つけないとなぁ
いつまで経ってもねぇ
飛行機はそこまではないようだが新幹線の座席のリクライニングするかしないか、声をかけるかかけないか、いつまで経っても価値観と考え方なので答えでないんだねぇ
そりゃいきなりドカンと倒しちゃ後ろの席の飲み物こぼしちゃったりとかあるかもしれないが、倒しちゃいけないとか、迷惑だとか言う人がいること自体がなんなのだろうと思うな。
そんなに気になるなら最前列の席を確保するとかとりゃいいじゃん。
なかなか希望通りには行かないが飛行機では非常口シートをできれば予約するようにしている。
お互い様ってことじゃないのかね。
確かにトイレとかで立ち上がりにくくなることもあるけれど、どうしても難しかったら一声掛けりゃいいって話。
しまいにはリクライニング禁止車両なんてのが登場するのかね😓
人それぞれの考え方や価値観、お互い様それだけじゃないかねぇ
その後
5/9からのジェットコースターのような日々。
呼吸停止。人工呼吸器装着して救急車で転院。
その後、急激な回復で想定外の急遽の退院。
最初の病院での想定疾病と治療では良くならず結局呼吸停止に至ってしまい、転院先で改めて検査と新たな検査した結果、最初の病院の想定とは違う病と判断され、蘇生から別な治療に切り替えた。
そうしたら急激な回復って😰
まる3週間意識なく寝たきりで強い薬を複数使っていたが結果的には意味がなかったということのようだ。
立つことも歩くことも退院時はできず、これはしばらく介護生活になるかと思ったが、これまた急激な回復を見せている。
まるでこの1ヶ月がなかったかの如く。
ただ、こういうことも実際にあるのだなぁと実感した。
病院や医師の検査体制や判断によって結果がここまで変わるとは。
さらに強い治療も考えられており、もし続けていたらもしかするとリアルに命は無かったかもしれない。
幸いICUに入院していたので呼吸が止まっても直ちに挿管、呼吸器、処置ができたが、もしそうでなかったら。。。。
途中経過は。どうなのかと思うことはあるが結果だけ見ると、運が繋がっていたということなのだろう。
それにしても転院先のGICU。映画のセットのようなすごい設備&部屋だった。
(ICUのなかにさらに脳とか心臓とか専門ごとに別れている。gは総合ICU)
さすがだな。と思った。
ご心配いただいてしまったが徐々に日常に戻していくことに。
第四幕いや五幕に
拠点病院としての対応はここまでということはそこまで状況が改善したということなので幸いで、次に受け入れてもらえる病院を待つことになった。場合によっては受け入れが難しい場合もあるとのことであった。
病院から説明があるとのことで翌日向かった。
病院では複数の医師によるこれまでの状況とここでの対応。および現状と今後の見込みなどについて話があった。
何かしらの要因で痙攣は再発する可能性はあること、ただてんかんの可能性はほぼないので地元の病院で今後は診てもらうことになるとのことであった。
そして、今日退院となります。ということであった。
意識丸3週間なく寝たきり、強い複数の薬、飲み食い一切ない状況のなか、呼吸停止で人工呼吸器、そこから転院で検査して薬投薬停止、別な薬投与で意識が戻り食事を食べ飲み48時間。
その24時間後に退院とは急激な展開すぎやしないか。
食事も介助が必要だし立つことも歩くこともトイレも一人では難しい状況だが、多分大丈夫だろうとのことであった。
なんとかリハビリなども含めてもう少し入院をお願いしてみたが、拠点病院として病状も状態からも難しいとの判断であった。
本人も歩けるとのことで少し歩いてみたが3、4メートル歩いたところで力入らなくなり崩れ倒れれそうになり、危うく転倒というところで支えてカバーした。
この状況で駐車場までまずは歩けるのか。。。と本人は大丈夫というが数歩少し歩いたところで保持しないと倒れてしまう状況でなんとか抱えることで精一杯であった。
みかねた病院スタッフが車椅子を持ってきましょうか?と声をかけてくれ、なんとか駐車場まで行くことができた。
着替えなども一切持ってきておらず病院の寝巻きのまま車になんとか乗って帰路についた。
途中のSAで買ったチョコクロワッサンを食べたが丸1ヶ月ぶりな甘い食べ物やパンは素晴らしく美味しかったに違いない。
自宅に帰着してからがま他大変で、車から降りて家に入るまでの階段。玄関から部屋への移動の段差。よろける足元を支えて抱えながらなんとか部屋まで入ることができた。
受け入れ体制も全くできていなかったので、急いでベットをバラして段差がなくトイレに移動できる場所に移設した。
その間にもソファに横になっていたが力がでないので床に落ちてしまい危ういところであった。
ちょっとした段差も厳しく、トイレに行く時もよろけ倒れかけたので辛うじて私が下に倒れてカバーするほどであった。
子供も私と同じサイズなので重い💦
こりゃ自宅介護介助で大変なことになった。夜は誰かしらいるが日中誰もいなくなる時間はどうするのか。もし再発したら?トイレは?転倒したら??
在宅介護サービスやリハビリが必要なのではと聞いてみたが医師の書類が必要らしい。詳しくはまた聞いてみようと思う。
夜は水分をたくさん取れたのでトイレの頻度も多くその立ち上がることや歩くことの都度介助が必要なため、ベットの下で寝ることにし万一ベットから転落しないように見守るとともに、声がかかると起きてサポートする状況であった。
なかなか寝付けず寝不足な朝を迎えることになった。
いきなり第五幕。そんな印象だ。
急展開過ぎる
明日は行く
人工呼吸器装着されて救急車で搬送され。
自分は首都高。第三。東名とオール高速で病院に向かったが救急車は途中から高速だったようで途中までは私が先行。
病院到着前約10分で救急車に追い越されたが、後ろから救急車のサイレンが聞こえる時に、どう止まるか。
単純にそこで止まれば良いって訳じゃなく、いかに救急車が通り抜けられるように止めるかだろう。
我が子が乗っている救急車が後ろから走ってくる状況の中、そこで止まる?
止まって道塞いでどうするさ。と思った。
そこで止まらずに車一台分だけでも右寄って前に出たら救急車は通り抜けられるのに。。。
GICU総合集中治療室。
明日、仕事を早退して行く。
コロナやICUで面会時間も制限されているが明日は行ってみる。
書くじゃないよ
プライベートなことかつ家族の病気のことなど具体的に書かないでよぉとか家でも言われるのだが続けて書いている。
1️⃣突然にこんなことも起こるってこともあるんだね。ということ。
2️⃣楽しいことばっかりじゃないね。ってこと。
3️⃣一方発信だけれども、誰かが見てくれてることだけでも、誰かが聞いてくれてるって想いでキツさとか辛さとか目まぐるしく変わる状況のなかなか自分勝手だけれども少しでも冷静になれる気がする。
(病気のことだし釣果みたいに決して楽しいことじゃないので不愉快な想いにしてしまうかもしれないのでスルーしてもらえればと思います)
4️⃣もしかしたら同じような状況の人もいるかも一人じゃないよね。ということ。
結局は自分の心と頭の中に入れておくキャパが小さいので吐露してしまっているだけなのですが
今日も雨空だけど陽は登ったね。
きっと小さくても何か良いこともあるだろう。それを信じて動こう。
見た目はイマイチだけどトマトの卵炒め作った。
作る元気なし
朝の電話から始まり病院で待機や対応。
説明や手続きなど。
口にはしようとコンビニでパンを買ってかき込んだが病院後にしたのは陽が傾く時間。
帰って食事を作る元気も気力もなくファミレスで食べて帰宅。
着替えて横になると一気疲れが噴き出した。
気疲れというか朝は覚悟して病院に向かった。
時間がフラッシュバックしたかのように子供が小さい頃の思い出やこうしておけば良かったなどの後悔などなど想うことは多々だった。
やはり意識なく多数の管や機器が繋がれている姿を見るのは辛いものだ。
拠点病院での第三幕ということなのだろうか。
もう十分なので早く元気になって帰っておいで。
そう思う。
説明は安心感に
拠点病院に医師が連絡して受け入れ要請したがなかなか決まらず朝到着してから時間が経過していった。
本人は意識なし人工呼吸器も装着されて外から見る限り厳しい様子。一刻も早く拠点病院に搬送をと願ったが昼過ぎになって調整がついたので救急車で搬送ということになった。
道中の管理のために医師も同乗。
総合集中治療室での対処となった。
あとは病院にお任せするしかない。
医師の説明ではゼロではないが命が今すぐにどうのという状況ではないと思うとのこと。
今後さらにさまざまな検査や投薬などで対処されることになる。
拠点病院としての対応に希望を持つしかないと思ったし、ここで難しければきっとどこでも難しいだろうとも思った。
朝の一本の電話から始まりあっという間の夜になった。
疲れた〜〜が実感
天気はともかく明日も陽は登る
なるようにしかならないがこの突然の状況はなかなかついていくことが難しいが、こちらもダウンしないように気負わずにと思う。













