先日、和歌山で小学生の男の子が殺されました。
容疑者は変わった名前なので「?」と思ったのですが、父親が僧侶であり大学の教授でもある方なので、そういう出自からくる名前なのでしょう。
テレビでは父親のことを詳細には報道しませんが、
あるテレビ局は「父親は和歌山県にある大学の教授」と報道し、
またあるテレビ局では「父親は仏教系の私立大学教授」と報道していました。
二つの報道を合わせると、「容疑者の父=和歌山県にある仏教系の大学の教授」となります。
京都と違ってそれほど大学もないですから、「人物を特定してください!」と言っているようなものですね。
ウィキペディアにも掲載されている教授さんなので、“立派な”人なのかもしれません。
けれど、どれほど社会的には“立派”とされる人物でも、家庭の中でも同じく“立派”とは限らないものです。
少し歴史を紐解けば分かることですが、歴史に名を残すような社会的評価を受けた“偉人”と呼ばれる人でも、家族からは大切に扱われなかったり、おかしな身内がいたりします。
多くの大衆を感動させるようなカリスマ性のある人物でも、家族からは冷たい目で見られたり、生き方・考え方が理解されないことだってあります。
息子が罪を犯したら、親にどれくらいの責任があるのか?
子供が罪を犯したことによって、親のやってきたことは否定されても仕方がないのか?
「一日一食健康法」で有名な南雲吉則さんのインタビュー記事で、
「奥さんも先生と同じく一日一食なんですか?」との質問に、
「違いますね。妻を説得するのが一番難しいよ(笑)」みたいなことが書いてありました。
確かにプライベートも全て知っている家族からすれば、「あんたが偉そうなこと言うな!」と思っちゃうかもしれませんよね(笑)。
どれほどまわりから“偉人”と思われている人物でも、家族からすれば“ただの人”ってことも多いのでしょう。
社会的評価にはダメダメでも、家族から愛される人生。
社会的評価にはバリバリでも、家族から疎ましく思われる人生。
どちらを選んでも、ゆるくない(※北海道弁)ですね。
by marutake
※ゆるくない 【意味】大変だ、容易ではない