肩こり・腰痛は、クライアントの主訴トップ2。
整体に来る人は、このどちらかの問題を気にしている。
いや、どちらも気になる人のほうが多い。
整体は、その状態を改善するための仕事。
そのための方法論については、さまざまな意見があるだろう。
しかし、その前に、ではなぜ肩こり・腰痛が存在するのかって疑問がある。
存在するからには、意味があるのだろうか?
近所の庭に咲いていた花です。
きれいですね。
この家の方も、観賞用に育てているのでしょう。
では、この花の存在する意味は、人間に見られるためなんでしょうか?
分かりにくいのですが、花の中央部分に虫がいます。
この虫にとって、この花は「食料」です。
生きていくためのエネルギー源。
虫の気持ちは分かりませんが、「きれいだな」なんて思ってはいないのでしょう。
この花の存在理由は、「観賞用」が正解なのか?
はたまた、「食料」が正解なのか?
もちろん、正解なんてないですよね。
いや、どちらも正解といったほうが正確かもしれない。
人間にとっては「見るため」のものだし、虫にとっては「食べる」ためのもの。
視点が変われば、存在する意味も変わってくる。
肩こり・腰痛も、同じことじゃないのかな。
クライアントからお金をいただいているので、症状を改善することを何より優先すべき、と考えます。
しかし、肩こり・腰痛は「結果」である。
そう、生活習慣の積み重ねでなったもの。
赤ちゃんが、「腰が痛え…」なんて言わない。
肩こりがつらくて、泣いている赤子なんていない。
まさに「生活習慣病」そのものです。
肩こり・腰痛は、生活習慣を見直しなさい、というからだからの貴重なサイン。
ただ楽になればいいってものではないはず。
「整体を受けたって、どうせすぐ元に戻っちゃうんでしょ」
そう言われるクライアントさんには、説明させていただきます。
「それはそうです。ご自身で生活習慣を改めない限り、同じことの繰り返しです」と。
お金で健康は買えません。
健康な状態を維持するってことは、ご本人の努力以外にないのです。
整体は、そのお手伝い。
冷たいようですが、病気になってしまった人は、自分の人生を悲観する前に、生活習慣を見直すことから始めるしかないです。
どれほど健康に気を使っていても、病気になる時はなりますし、死ぬ時は死ぬ。
それは受け入れるしかないこと。
でも、努力で改善できることも、多くあります。
誰も恨まず、笑って病気を受け止める覚悟があるのなら、どんな不摂生な生活をしてもいいでしょう。
堕落した人生も、覚悟さえあれば、それはそれでいいと思っています。
私には、そんな「覚悟」がないので、そういった人生は選択しませんが。
肩こりにだって、意味がある。
腰痛だって、価値がある。
そう思えてなりません。