この本の内容は、緻密な取材を元にした「ファンタジー」である。
こんな奴いないだろ・・・と思いつつ、でもありえるかもしれないって思わせるところに、作者の力量ってものがあるんでしょうね。
人が死ぬと、ほとんどの場合、名もなき「死」である。
家族にとっては大きな出来事だが、他人にとっては、ほぼ空気みたいな存在。
そりゃ、いつかは死ぬでしょ・・・それだけのこと。
での、その当たり前の「死」に疑問が出ることもある。
なんで死ななきゃいけないんだって。
なんでもクソもない。
理由もなく生まれてきて、理由もなく死んでいく。
生き物に「定め」があるとすれば、これこそ平等な運命。
例外なく、命あるものは、死んでいく。
ひとつひとつの当たり前の「死」が、当たり前と思えなくなった時、人はどう対応できるのだろう。
何かしら、生きていることに意味付けをするのか。
それとも、そんな疑問を快楽のうちに忘れるのか。
考えても、忘れても、最終地点は同じだろう。
分からない。
そう、「さっぱり分からない」という結論以外、ありえない。
この本の中で、多くの死が描かれている。
決してグロい表現ではないが、淡々と多くの死が描かれると、それはそれで気持ち悪くなる。
嫌でも、その中にひとりに自分がなるんだろうな・・・と想像してしまう。
誰からも忘れられた「死」。
誰の心にも残らない「死」。
人間は死ぬことそのものより、忘れ去られることに苦痛を感じる生き物らしい。
だから、生きている間に、なんだかんだと「生きた証」を残そうとする。
地位や名声なんてものも、そういった「生きた証」のひとつでしょう。
でも、どれほど多くの地位や名声を得ても、いずれ消えていく。
この世には、何も残らない。
「死」を考えない人はいない。
考えないフリをしても、いずれ考えざるを得ない状況になるもんだ。
だから、なるべく「死」と仲良くするべきだと思っている。
日本人の風習は、「見て見ないフリをする」ってこと。
不吉なことは言わない、知らないフリをしましょうってやつ。
でも、それはあまり有効な手段ではないんじゃないかな。
どれだけ忘れたフリをしたって、「死」の存在が、なくなるものではないのだから。
「死」と仲良くすること。
「死」を身近に感じること。
それが、生きる上での、ひとつの羅針盤。
死ぬことをバカにするのはよくないが、死ぬことに対して、必要以上の敬意を払う必要もない。
「死」は、ごくごく当たり前の日常そのものなんだから。
体力の減少、回復力の低下、病気の発症・・・そういう老化現象を感じるたびに、これが積み重なって「死」になるんだな、とおぼろげながら実感できる。
「死」と仲良くする。
それが、今という時間を大切に生きる基盤になると思いますね。