兵庫県知事の 「関東大震災が起これば、(関西にとって)チャンスだ」という発言について批判が集中している。
発言内容の真意はともかく、誤解を招く表現であり、それ以上に、発言あとの態度が批判を増幅させたのだろう。
「なにが悪いんですか」
「なんで謝んなきゃいけないんですか」
「こんな騒ぎになるなんて、わけがわからない」
こういった言動は、リスクが高い。
特に、地方自治のトップということを考えれば、対応が下手としかいいようがない。
いや、「空気を読まない」ということなのか?
言っていることは、間違っていない。
他人の不幸を喜ぶな・・・なんて考え方は倫理的には正しいことかもしれないが、それとチャンスかどうかは別問題。
ボクシングの試合をしていて、偶然でも、相手がまぶたを切ったのならば、そこを集中的に攻撃すべきってこと。
そのまぶたを狙わないのが、「正しい」のではない。
勝つために、決められたルールの中で最善を尽くすことが「正しい」のである。
ここで、問題なのは、知事の態度と日本人の「言霊」信仰だと思う。
言霊とは、言葉自体に何かしらの「チカラ」があるという信仰。
日本は、古来よりこの信仰心が強い。
意識していない人が多いが、意識しなくても「当然のこと」として受け入れられているくらい、日本人に根付いた信仰である。
簡単に言ってしまえば、「不吉なことを言えば、不吉なことが起こる」という根拠のない発想である。
反対に「幸福なことを思えば、幸福が訪れる」という発想があってもよさそうなものだが、これはあまりない。
日本人が、基本的にネガティブってことかもしれないが。
言霊信仰な日本人には、「災害が起こったときの話」自体がタブーに近い。
つまり、そんな話をしたから、実際に災害が発生したんだと、言われる可能性が高いからだ。
関係ない。
科学的に言えば、全くもって、発言と災害なんて、関連しようがない。
たかが人間ごときが何かを言ったからといって、大いなる自然が反応するわけがない。
でも、言霊思想では、そこに関連があると考える。
言霊信仰とは、人間中心のエゴな思想なんです。
知事が何か言ったからといって、震災が起こることはない。
でも、そういった発言をタブーにしてきた日本の歴史がある。
知事批判を過剰にする人を見ていると、その基本が「言霊信仰」からきていると感じてしまいますね。