法律は、正しいとか正しくないとか関係ない。
これは、いつも思っていることです。
法律なんて、スポーツのルールと同じ。
その時代時代で変化する。
で、今の日本の“ルール”を決めている場所。
国会。
ここで、日本というものの方向性が決定されていると思うと、感慨深いです。
人間は、一人では生きていけない。
二人になれば、当然、意見は異なる。
一億人以上いれば、意見なんて一致するはずがない。
一致するはずがないものを、どう円滑に機能させるか。
要するに、どのくらいのレベルなら「仕方ないな、ルールだし・・・」と納得できるかを決める場所。
日本の政治は、三流だと批判する評論家もいる。
でも、世界中の政治家が、ほぼ自国では低い評価を受けている。
アメリカ、イギリスなどなど。
では、「一流の政治をする国があるの?」と考えると、ないのではないでしょうか。
国にパワーがあれば、どんな政治を行っても、それが「一流」となってしまうのでしょう。
力がある国のルールが、基準になる。
英語が正しいとか間違いってことではなく、イギリス・アメリカと世界をリードしてきた国が使っていた言語だってこと。
自動車が、右側を走ろうが左側だろうが、どっちでもいい。
どっちでもいいから、どっちかにしているだけ。
どっちでもいいよ、なんて「自由」だと、それこそ「不自由」な社会になってしまうから。
ひとこと言わせていただきます。
政治に、文句があるなら、作る側になること。
テレビカメラの前で、愚痴を言う暇があれば、自分が政治家になればいい。
どんなルールだって文句は出る。
人間は結局、「自分にとって有利な条件」をルールに求める生き物だから、文句ばかりにもなるでしょう。
それを欲するならば、ルールを作る立場になるしかない。
正しい政治なんてない。
全国民のための政治なんて、存在しない。
人それぞれ、意見が違う。
そのルール決めなんだから、政治には「妥協」以外存在しない。
その事実を認識すれば、だらだら愚痴を言うことも、なくなるのではないでしょうか。