「対症療法」という言葉を聞くと、あまりいい印象はないのではないでしょうか。
つまり、表面上の治療であり、根本は治っていない、と。
「対症療法」の対になるのが、「原因療法」です。
例えば、ウイルス性の風邪で、熱が上がったとします。
対症療法としては、熱が高すぎれば、下げます。
原因療法としては、ウイルスを殺します。
こうなると、やはり原因を改善することが大事なんじゃないかって思いますよね。
こういった外から来た病気は、確かにその通りかな…と思う部分もありますが、果たしてすべての病気がそうでしょうか?
整体の世界観では、症状を取り除くことよりも、その整体が定義する原因(ゆがみなど)を改善することに、価値を置きます。
例えば、カイロプラクティックであれば、「私たちは病気を治すのではなく、サブラクセーション(カイロプラクティックが定義する、不調の原因)を改善するのだ」といった感じです。
「なんのこっちゃ?」そう思われる方も多いでしょうね。
しかし、おおむね整体の世界観は、こんな感じです。
独自の言葉を創造し、独自の基準で「良し悪し」を判断する。
それが、正しいとか間違っているとか言いたいのではない。
現実として、そういうものだというだけです。
医療でも、整体でも、症状に注目する対症療法には、あまりいい評価を与えませんね。
でも、原因療法(根本的治療)が対象とする「原因」が、本当に病気の原因なのでしょうか?
その「原因」すら、実は症状に過ぎないのではないでしょうか?
私は整体師なので、整体を例に考えてみましょう。
仮に、膝が痛いと訴えてきた患者さんがいるとします。
その方に、「膝自体をどうこうしても、ダメ。原因は骨盤のゆがみだよ」と伝えます。
すると、どうでしょう。
「膝が痛いけど、骨盤のゆがみが原因なんだ。原因を改善するから、この整体は素晴らしい」と思っちゃいますよね。
ここがポイント。
では、実際、骨盤のゆがみが膝に悪影響を与えているとして、そのゆがみはどこから来たのでしょう?
それは、その患者さん自身の生活習慣から来ています。
つまり、膝の痛みが骨盤がゆがんだ結果であるとしても、そのゆがみは生活習慣の結果に過ぎないということ。
そう、ゆがみも症状のひとつなんです。
整体は、病気の原因に対してアプローチしています・・・なんて声高に主張しても、それは少し原因に近い症状に対しての施術ってこと。
整体のいう「原因」は、症状の根本原因ではなく、あくまで「原因に近い症状」であるということです。
ただ、病院(西洋医学)も同じなんじゃないかなって思います。
始めにあげた例もそうです。
ウイルスをやっつけて、風邪を治す。
地球上から、病気の原因となるすべてのウイルスをなくすことなど不可能です。
となれば、ウイルスが存在しても、風邪にならない(症状がひどくならない)ことが重要なのではないでしょうか?
結局、原因療法とは、ご本人さんが生活習慣を改めるしかないもの。
生活習慣を改善したからといって、病気にならないわけではない。
病気になる確率が減るだけ。
だから、早く死んでもいいって人は、がんがん不摂生をしたっていい。
病気になるリスクは激増するが、絶対ではない。
生きることはギャンブルと同じ。
ギャンブルなんて、どれほど本命に賭けたとしても、当たるとは限らないものだから。
周りの人間が「原因療法(根本的治療)」を施すことなど出来ません。
本人が、習慣を変えない限り、また同じ症状が出てくるものです。
だから、私は言いたい。
整体は、対症療法と呼ばれることに誇りを持つべきだ、と。
対症療法でいいのです。
本当の意味での原因に対処できるのが、本人しかいないのですから、周りが出来るサポートは症状の緩和だけなのです。
大切なことは、苦しんでいる症状に意味があるのかどうかの判断。
「なんでもかんでも症状を取り除けばいい」になってしまえば、常に麻酔がかかった状態にすればいい。
症状を感じさせないことだけを重視するなら、体のパーツすべてを機械に置き換えることがベストってことになる。
でも、そんなことを望んでいる患者さんはいないでしょうね。
熱が高くなるには、高くなるなりの理由がある。
なんでもかんでも、下げればいいってもんじゃない。
血圧が高いには高いなりの理由があるはず。
血圧のみを調整しようとしても、他の部分に支障が出ることって多いですよね。
だから、何種類も薬が増える。
整体は対症療法でいい。
誇りを持って、症状の緩和に努力すべき。
原因は、本人しか改善できないもの。
そのことをしっかり自覚させることも、整体の仕事でしょうね。