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小梅のブログ

ドイツ在住‍41歳 ドイツ人の夫と二人暮らし。流産と妊娠の記録、加えてドイツでの暮らしや日々感じていること。只今5回目の妊娠中。

ドイツでの流産の処置を

ちょっと記録✏️

 

前回の流産は15週に発覚し、

お腹が少し膨らみ始めていた頃だった。

 

だから流産告知の後、ネットでどのように手術されるのか

調べまくった。

 

もちろん最初は日本のサイトを読み漁り、

頭が真っ白に・・・

 

ラミナリアなる棒で子宮口を開くとあった。

そしてかなりの激痛を伴う事も・・。

 

「何か素人の私ですら強引さを感じるーー

こんな拷問みたいなの悪夢!!」

 

って思ってドイツでの処置を検索。

 

・・で、ドイツでの処置は

薬を飲んで子宮口を柔らかくして

子供が自然に出てくるのを待つという方法。

 

痛み止めもどんどんくれる。

 

ドイツでは

流産というだけで心は充分に傷ついているので

せめて身体的な痛み、

またはトラウマを軽減しようという方針のよう。

 

ありがたや・・ダンケドイツ!

 

 

その薬はそもそも子宮口を柔らかくする用途に使われる

ものとしては認可されていないけれど

もう長年の実績で普通に使われているらしい。

 

だから医師から包み隠さず

この薬の歴史や用途を説明される。

で、その説明を受けたというサインをする。

(多分この薬は日本で不認可だから棒使ってる)

 

ちなみに私はこの強い薬を

朝から2時間おきに飲みまくったが

全然出てこず、ようやく午後6時頃

破水し、出てきました。

 

出産経験がないので破水の水量にびびりまくり。

 

ズボンはびっしょり、

(妊娠15週でも羊水って結構な量なんですね)

 

んで夫も共に焦り、

「早くここに座って!」

って夫に言われるまま部屋内にあった簡易トイレに座り、

程なくしてそのトイレ内にポットンと

子を産み落としてしまった。。

 

ごめんよ我が子。

私はその簡易トイレは使わず

清掃済みだったとは言え

トイレはトイレ・・・。

 

今でもあの子の顔が忘れられません。

 

その直後、まだ若めの看護婦さんが

点滴のチェックに来た際

見てはいけないような目で、

子をチラチラと見ているのに気付いたので、

 

(その時は簡易トイレからちゃんとした箱に

入れられて私の横にいた)

 

気を使い、

「私の子よ。」

と話しかけたら、

 

👩🏥:「また妊娠に挑戦する予定ですか?」

 

と、聞かれ、一瞬意味が分からず

 

私:「それは何か私のカルテに必要なの?」

 

と聞き返したら、

👩🏥:「ただ個人的に興味があっただけです」

 

との事。。。

 

普通聞く?このタイミングで・・

 

知らんがな。

 

私はこの目の前の新たな経験で気持ちも

昂って何とも言えない気持ちでいるのに・・

 

で、その後、初めましての男性医師が

部屋に入って来て

「初めまして僕医者です。失礼します!」

 

と強引に手を突っ込まれ、卵膜を取っていきました。

(痛かった😢)

 

何なのこれ・・!

 

不思議な事がドイツではたくさん起こります。。

 

特にあの看護師さん、一応同じ女性で

しかも看護師で産婦人科で働いていて大丈夫かよ、

と少しトラウマになりました。

 

その後は子宮内の中をきれいにする

手術を受け翌日退院しました。

 

子を産んで手術まで少し待たなくてはならず、

後陣痛が痛すぎて、

 

とりあえず誰か麻酔だけでもしてください。。

 

と心の中で叫び

たったそれだけで

世の母の皆さんの偉大さを感じました。

 

 

そして本当にこの世の医療に携わる人々に

感謝した日でした。

(もちろんあの看護婦さんを除いて😅)

 

本当に忘れられない出来事でした。

今回の妊娠では、母子手帳をもらう前に

流産だと発覚したので

手元に残るものが何もないと気付き、

病院で写真をもらっていいかダメ元で聞いたら

あっさりと貰えました。

 

うん、確かに以前の写真よりも

胎嚢が下がっている。

 

早く出ておいでー

 

そういえば、前回の流産でもこの病院で

最後の子の写真をくれた。

 

その時は女性の医師が自らそれを提案してくれた。

 

「流産は辛いけどこれも人生の思い出の一つだからね」

 

と言ってくれた。

 

流産に直面していると

この世の終わりくらいに辛くなる時もあるけれど

人生を俯瞰してみるとそれも一瞬。

 

わかってるんだけどね。

だけど今日も泣けてきた。

 

自分の体が不良品の様に思えて。

そしてそんな妻を持つ夫にも申し訳なくて。

 

彼も毎回私の妊娠の報告をした人には

今回もダメだったと伝えなければならない。

 

あーー本当に何だかなー。

職場にも一応の予定を伝えた。

 

で、大嫌いな社長から

11月○日には働いてもらえたら嬉しいと・・

 

はいはい、仕事ね。

いつも流産の後は100%に元気が戻っただけでは

不十分で120%元気にならないと復職できない。

 

この仕事場のストレスに打ち勝てない。

 

私は特別元気なキャラな持ち主ではないが、

とりあえず普通の自分に

普通の日常に戻りたい。

 

私は5年前、コロナが始まる直前、夫と日本で結婚した。

 

結婚式も日本の小さな神社で行った。

当時ドイツ人の夫は日本に住んでいた。

 

で義理の両親(だいぶ前に離婚している)や夫の兄弟も

はるばる日本まで来てくれた。

 

そこに義理父は当時の彼女を連れてきて、

私は初めて彼女:コネリアさんと知り合った。

 

彼女は、これまた私の親友負けず劣らずの

ものすごいマリア様オーラを当時から感じていた。w

 

だけどその後、2年ほど前に義理父とコネリアさんは別れてしまった。

 

本当に悲しかった。

皆んなで楽しんだ日本。ドイツに引っ越してからのクリスマス。

想い出がたくさんあった。

 

もうコネリアさんには会えないんだ。

 

そう思って疎遠になってから数年、今年の夏、急に連絡が来た。

 

『私の職場に遊びにこれから行くわ!』と

 

久しぶりに会えて泣きそうだった。嬉しかった。

向日葵の花束をくれた。

 

で彼女は2回目の流産の事を知っていて

 

「残念だったわね・・私も経験があるのよ。

 私は妊娠4ヶ月だった。」

 

と。

 

今年の2月の3回目の流産の事は彼女は知らなかったので

実はその後もう一度15週で流産したと伝えた。

 

一緒に悲しんでくれて、

「それでも悲観的になったらだめよ!楽観的にね!」

と言ってくれた。

あの苦しみをわかってる人の言葉はスゥっと入ってきた。

 

で今回、流産のわかったタイミングで

何と運命的にも久しぶりに連絡が来て、

申し訳ないと思いながらも彼女にまた流産だったと伝えたくなった。

 

同じ様な経験がある人は周りにいる?

いなければ自助グループがあるから言ってみたら?

と情報を探してくれた。

 

確かに同じ経験を持つ彼女の言葉は素直に受け入れられたし、

今の私には言葉の壁、ドイツ語が下手とかそんなのは

気にしてはいけない、それは大きな助けになる気がした。