前回の3回目の流産は本当に辛く、
人間不信になりかけた。
職場の同僚で、
私のドイツのお母ちゃんと思っていた人も、
私が長く復活できないとなると何か態度が変わっていったのを
敏感に感じた。
たまにスーパーとかで偶然あったり路上で出食わして
話し、
『まだだめ。働けない。気持ちが不安定すぎる。』
と言うと、
『散歩をしなきゃだめよ!』
とか
『心療内科に早くいきなさい!』
とか
これをすれば良くなる!
と言わんばかりの主張に
この人はただ寄り添ってはくれないんだな・・・。
と思った。
こうすればこうなる。
こうすれば良くなる。
そんなに人の心は簡単じゃないよ。
だけどそんな一方で一人の日本の友に本当に救われた。
もう小学校から知ってる親友。
その友人は自らもうつ病を長く患っていて日々薬も飲んでいる。
子供も4人、農家に嫁ぎ、義理の両親と暮らしている大家族。
普段とてつもない忙しさの合間を縫っては
菩薩様、マリア様の様な包み込む優しさで
話を聞いてくれて、
私の一方的な日記じみたメッセージも
もう私なんて居ない方がいいという超ネガティブなメッセージも
『いつでも送って!何でもいいから!』
と受け止めてくれて
無償の愛を身を持って感じた。
彼女は4人も子供がいて流産の経験もないけれど
それに対する私のコンプレックスは微塵もなく
全て曝け出すことができた。
彼女は後から聞いたらそんな状況の違いに
かなり気を使っていてくれたみたい。
そんな彼女の優しさに気づく事は当時全く気付く余裕はなかった。
ごめん。
それから他人の痛みに以前より敏感になり、
辛い人に寄り添いたいと思うようになった。
当時その流産の後、
一人の友人が(彼女も海外住まいの日本人なのだけど)
癌になったという連絡を受けた。
私よりも数歳若いのに。
海外での暮らしで一人小さな息子がいる。
人への感情移入が増して
当時は余計強かったから本当に私も苦しくなった。
彼女はその後再発した癌と再び戦い、
今は治療が終わっている。
私はその菩薩のような日本に住んでいる友からもらった
優しさをずっと忘れないし
私の周りの大事な人達が苦しんでいたら
もちろんその親友が苦しい時は尚更
還元し続けていくと心から誓った。
流産は失うものばかりでもないな、
と心が温まったのを今4回目の流産中に思い出す。