ある日の休日、珍しく彼から電話があった。

「どうしたの?」

「うん、あの、今日これから病院へ行こうと思うんだ。精神科というか、心療科というか・・・。

多分うつ病だと思う。かえでには隠し事はしないで言っておいたほうがいいと思って」

今から1年ちょっと前、彼は離婚前に精神的におかしくなって、病院へ行くと、うつ病だと診断された、と聞いたことがあった。

離婚してからはおさまって、私と知り合って付き合っていたころは全くそんなことはなかったのだが、それが最近、再発したらしい。

「治っていたんでしょう?それがまた出たっていうことは、私が原因なの?」

「かえでは関係ないよ」

確かに彼は、あのマンションの名義のことでのいざこざがあって、しばらく連絡なしの状態になって以来、変わってしまった。だとしたら、彼は否定したが、私が原因なのでは?

「どんな症状なの?」

「気分の浮き沈みが激しいんだ。かえでの前では見せてないけど、イライラしているときは父や従業員に八つ当たりしてしまうんだ。人に当たるとよくないと思って、壁にイライラをぶつけて叩いたり、自分の顔をぶったりしたこともある」

「そう、それは知らなかった。それならきちんとした病院へ行ってみてもらったほうがいいと思う」

「恥ずかしいんだけどね」

「そんなことないよ。恥ずかしいことだとは思わないで、しっかりみてもらって」

聞くと、1年ほど前に行ったところは、あまりいい医者ではなかったようで、

処方された薬を飲むと、なお、気分がふさぎこんでしまったらしい。

「今回はネットで調べて、医者の経歴を見て、よさそうなところを見つけたんだ。

帰ってきたら、また電話するよ」

「うん、気をつけてね」


その日連絡があった。

「やっぱりうつ病だと診断されたよ。薬をもらった。気分の浮き沈みが激しいから、できるだけ気分が一定になるように意識してって、言われた」

「中には仕事をしないほうがいいって人もいるけど、俺は仕事はしたほうがいいって」

「現場に出ているときはともかく、内勤だと、自分の家がオフィスだろ?外に一歩も出ないってのもよくないって」

「前の医者はすごい長いこと話したけど、今回は15分程度で終わったよ」

「よさそうだった?」

「うん、よさそうな医者だったよ。薬、飲んでみるよ」


「どうしてそうなったと思う?やっぱり私が原因でしょう?」

「違うよ。多分、俺の中で理想の自分になっていないからだよ。

俺、前の職場でどこに住みたいかアンケートに書いたことがあって、第一希望は東京の○●区って書いた。老後は都会の真ん中、東京23区に住みたいって気持ちがどこかにあって。

それに近づけていないもどかしさがあるんだ」

「でも今は普通に仕事も入ってきてて、困ることもないんでしょう?自分の収入で一戸建てを買って、家族3人をずっと養ってきたんだし、すごいよ、私にはできない」

「男と女は違うよ。それに俺は現状に満足できないんだ。常に夢を追いかけてしまう。無理だろうと思うことでも、そうなりたいと思って、そのとおりにならないと満足しないんだ」

「きっと夢は叶うよ。ちょうどこの間、学生の卒業式での挨拶で、私、そんなこと話したんだ。私自身、夢なんて叶いっこないってずっと思ってたけど、一番の大きな夢、日本語教師になりたいっていう夢が叶ったって話をして。強い気持ちで思っていたら、がんばれるから、夢は叶う。5年後の自分を想像してみて。その通りに絶対になれるよって話したの。だからりょうさんもきっとそのとおりになるよ」

「ありがとう」

「私、どうしたらりょうさんを支えてあげられるのかな」

「今のままで十分支えてもらっているからいいよ」


鬱病(うつ病)。よく聞くことばだが、まさか身近な人がなるとは思わなかった。

その日以来、ネットでうつ病のことを調べては見ることが多くなった。


そういえば、M先生も言っていたな。

「彼、うつ病の傾向がある」と。

そうか、M先生にみてもらったとき、彼は既に、うつ病が再発してたんだ。