【登場人物】
・田中父…50代。生粋の新潟人。米への愛がすごい。
・田中母…40代。料理上手。心の中ではちょっとツッコミ役。
・長男・健太(中3)…部活命。正直、米より肉。
・長女・さやか(小5)…素直でマジメ。儀式ごとが好き。
・ばあちゃん…70代。昔ながらの田んぼの知恵袋。
【場面】
秋の夜。新米のコシヒカリを炊く前、田中家のキッチンと居間。
今日は「今年初めての新米の日」で、なぜか家族全員集合させられている。
父「よーし、みんな揃ったな!」
健太「え、なんでわざわざ呼び出されたの? オレ、テスト勉強って名目でゲームしたいんだけど」
母「テスト勉強してるところを、まだ一度も見たことないけどね」
さやか「今日は“新米の日”なんでしょ? ばあちゃん、さっきからソワソワしてるよ」
ばあちゃん「当たり前だろ。新米いうのはな、一年のご褒美みたいなもんなんだで」
父「そう。ということで——」
(父、炊飯器の前に「コシヒカリ様」と書かれた小さな札を立てる)
健太「ちょっと待って。今、さりげなく“様”ってつけたよね?」
父「お前ら、コシヒカリをなんだと思ってる。 我が家の主食にして、家計の柱にして、心の支えだぞ」
母「ローンの柱は別にあるけどね」
父「これから、今年の新米に感謝の祈りを捧げます」
健太「え、マジで儀式すんの?」
さやか「いいじゃん、楽しそう! なにするの?」
父「まず、全員で炊飯器の前に正座!」
(全員、ぞろぞろと炊飯器の前に集合)
健太「俺の家、宗教変わってないよね?」
ばあちゃん「うるさい。昔は、田植えの日も稲刈りの日も、田んぼに手ぇ合わせたもんだ。
今は田んぼない分、炊飯器に手ぇ合わせるんだわ」
母「合理的なんだか、そうでもないんだか……」
父「では、手を合わせて。
せーの!」
全員「今年もありがとうございます〜!」
(炊飯器の“ピッ”という電子音)
健太「……今、返事した?」
さやか「『どういたしまして』って聞こえた気がする!」
母「それは炊飯ボタン押した音」
父「よし、次だ。健太、今年の抱負をコシヒカリ様に」
健太「え、なんで米に抱負を?」
父「お米はな、毎日お前を見守ってるんだ。
朝寝坊してるときも、夜中にカップラーメン食べてるときも」
健太「それ監視カメラなのよ」
健太「……じゃあ一応。
えー、コシヒカリ様。今年は、おかわり三杯までに抑えます。腹筋が消えそうなので」
父「うむ、健康的でよろしい」
母「じゃあ私。
コシヒカリ様、今年もお弁当用に冷めてもおいしくお願いします。
ついでに、子どもたちが“白米だけでもうまい”って言ってくれたら、母は泣いて喜びます」
さやか「コシヒカリ様、私は……給食で出る他県のお米と食べ比べしても、絶対に浮気しません!」
健太「米に対して“浮気しません”って宣言する小学生、なかなかだな」
ばあちゃん「ほいじゃあ、ばあちゃんからも一言。
コシヒカリ様、今年も粒立ちよく、孫らの成長と一緒にふっくらさせてやってください」
父「いいねぇ、粒立ちと成長!」
(しばし沈黙)
健太「……ねぇ、これさ。
“今年もありがとうございます”っていうより、“来年もよろしくお願いします”じゃない?」
母「細かいことは気にしない」
父「よし、祈りも済んだし——スイッチ、オン!」
(炊飯器のスイッチを押す)
炊飯器「ピッ」
さやか「あっ、また返事した!」
健太「だからそれが炊飯器の——」
父「静粛に! 今は“炊き上がりまでの瞑想タイム”だ!」
健太「そんなタイム初めて聞いたよ!」
(30分後。食卓には、つやつやと光る新米。湯気が立ち上る)
母「はい、お待たせ。田中家、今年初の新米です」
父「では、コシヒカリ様に——」
全員「いただきます!」
(一口食べる)
健太「……あ、やば。
普通に、これだけでうまい」
さやか「なにこれ、米が甘い〜!」
ばあちゃん「これが“祈りの効果”よ」
母「違う違う、農家さんと水と土と天気のおかげ」
父「いいや、全部ひっくるめて“コシヒカリ様”なんだ!」
健太「でもさ、こんなにありがたいならさ——」
父「うむ?」
健太「明日から、おかわり四杯にしてもいい?」
父&母「それは家計的にダメです」
ばあちゃん「コシヒカリ様も、ほどほどが好きなんだて」
さやか「じゃあ、“感謝は無限、おかわりは節度”だね!」
父「名言出たな……。
よし、来年の祈りの時まで、その言葉、家訓にしよう!」
その夜、田中家の炊飯器には、
家族の誰かがそっと貼った小さな紙が揺れていた。
——「コシヒカリ様、本日もありがとうございます」
