放置していたこのブログだけれど。

残しておいてよかった、と思う出来事が。

 

舌の生検を2023年2月14日に受けた。

 

ブログをさかのぼってみて、

(あー、そうだったなー)

と思い出した。

 

ちょうど10年前だ。

 

 

この10年間、経過観察は続けてきた。

というのも、スッキリとは治りきらなかったから。

白板症的なものが消えなかったし。

 

でも、前回と違うのは、痛みがあること。

単なる白板症ではなく、しこりが感じられること。

 

これって、前のときよりヤバくね!?

って感じなのだけれど、1週間後の検査結果を待つしかない。

 

 

病変を少し切り取って、電気メスで焼いて止血して、ちょこっと縫って。

 

帰宅してから出血もなかったし、いまは痛みもほとんどない。

薬はちゃんと飲んでる。

 

切ったのは昨日だけど、

今日も休養日として出掛ける予定はすべてキャンセルした。

 

 

 

あ、そうそう。

ドクターは、前のときからお世話になっている同じドクター。

そっか、もう10年来のかかりつけってことになるのね。

数年前に大学病院から市民病院へと移られた。

だからわたしもいまは市民病院で診てもらっている。

 

 

はてさて。

どうなることやら。

 

でも、ま、こうして記録を残すというのは、

のちのち役に立つこともあるんだね。

 

ということで、今回も書いてみる。

 

「あのひと(父)と会うこと以外なら、なんでも協力するから」

と言い切ったわたし。

でも、そんな宣言をするまでもなく、ことは進み、会わないまま、父はいま、グループホームにいる。

 

体調を崩したら、病院へ。

しばらく入院して体調が良くなったら、またグループホームヘ戻る。

そういう感じ。

 

コロナ禍のおかげで、というと語弊があるが、面会なども基本的に“不可”なので、会わずに済んでいる。

 

 

さて、父がグループホームヘ入ったので、母は実質、ひとり暮らしとなった。

 

ちなみに、母まだアタマもカラダもそれなりにしっかりしている。

 

 

わたし、母も苦手だったな。

だって、父から守ってくれなかったもん。

父と一緒になって、わたしを拒絶したもん。

という思いが強い。

 

でも、ま、この際だから、いろいろ話をしてみるのもいいかと、思い切って実家を訪れた。

 

母とふたり、向かい合って話をする。

 

父の経過報告から始まったのだけれど、

「もうホント、おとうさんの言葉が辛くて、消えてしまいたくなった」

そう打ち明ける母に、

「あのね、わたし、この家にいるとき、ずっと『消えたい』って思ってたんだよ」

と、わたしがいままで感じてきたことを口にすることができた。

 

「でも、病気のせいだからね」

「ううん、そうじゃない。わたしにとっては、認知症になる前のあのひとも同じだった。病気になる前から、ずっとそうだった」

 

母を責めるつもりもなかったし、いまさら言っても仕方のないことと思っていたから、ゆっくり淡々と話しているのに、涙がポロポロこぼれた。

 

 

母は、

 

そうだったのね。

辛い思いをさせてしまったね。

 

といいつつも、

 

でもね、わたしにとってはいい旦那さんだったのよ。

束縛もしないし、自由にさせてくれたし。

文句も言われたことないしね。

大きな喧嘩もなかったのよ。

それにほら、おとうさん、背が高くてカッコイイじゃない。

初めて会ったとき、素敵なひとだなあって思ったのよ。

じゃなきゃ結婚なんてしてないわ。

そして、子宝にも恵まれて、わたしは幸せな人生よ。

 

 

そう、ぬけぬけと言い放ったのだ。

 

唖然びっくり!!!

え!?

おかあさん、幸せだったの?

あのひとのこと好きだったの?

無理やり結婚されられたんじゃないの?

 

 

 

なんかね、わたしの肩の荷が下りた。

 

あー、そうですか。

好きだったんですね、っていうか、いまも好きなのね。

そっか、幸せだったんだ。

 

わたしが心配する必要、なかったんだね。

 

うん。

よかった。

 

 

ま、あのひと(父)には会いたいとも思わないし、会わないけれど。

 

母とは、ふつうにしゃべれるようになったと思う。

 

父が夢に出てきた。

ものすごく攻撃的で、ちょっとの音にも過敏に反応し、苛立ちをぶつける父。

そんな父をどうやって避けるか、そのことばかりを考えていた。

わたしはビクビクしながらも、その理不尽さに腹を立てていた。

という夢。

 

そして続けて今朝も、父の夢を見た。

父は被害妄想を膨らませ、話も通じない。

暴れまくって、わたしたちに危害を加えようとする。

わたしが、

「もうこれは警察に連絡するレベルよ!」

と母に言うも、母は、

「でも、おとうさんが可哀そうだから」

そう言ってオロオロしているばかり。

埒が明かない。

そこで、わたしが警察に電話し、弟やイトコ(このイトコはもうすでに他界しているのだが)に手を貸してもらい、暴れる父に手こずりながらも、なんとかロープで縛り上げ、拘束するのである。

そして、警察の承認を受けて(?)、父を焼却処分し、やっとこれで安心だ、とホッとしている夢。

 

 

亡くなったイトコ(彼は自死であった)に、夢の中で手伝ってもらうというのも不思議な感じだが、やっと父を葬り去れたという安堵感でいっぱいだった。

 

 

 

で、ここからは現実の話なのだが、、、。

 

今日の夕方、母から連絡があった。

「おとうさんに関して、これでやっと一段落だわ」

 

あまりにも夢の内容とリンクするメッセージである。

 

というのも、今日、父が入院先の病院から施設へと移ったのだ。

諸々の手続き等は弟に任せ、施設入所にあたって必要な父の身の回りの物の準備は母に任せ、ケアマネさんのフォローのもと、わたしが父と顔を合わせることもなく、滞りなく退院・入所が行われたようだ。

 

わたしはなにもしていないのだが、夢の中で父と対決していた。

とても怖かった。

 

 

父は、「看取り」までやってくれるその施設で、最期を迎える予定である。

コロナ禍で面会やお見舞いは禁止されているので、わたしが会いに行く必要もない。

 

心底ホッとしている。

 

 

一昨年、父と会ったとき、父はわたしの記憶をなくしていた。

わたしのことを認識できなかった。

父の記憶からわたしが消えたことで、わたしは大きな解放感を味わったものだが、今回は安堵感。