シーランの道場は騒然としていた

 

傷だらけの魔物が道場に入り込んだのだ

 

シーランの弟子たちは傷の手当をするが瀕死状態なのでナタルに相談する

 

「西も東も戦火で忙しいこの時に、また何か厄介事でも起こったのか」

 

ナタルはシーラン程楽観的に物事を捉える習慣が無い

 

まして傷だらけの瀕死の魔物が現れたことを楽観的に捉えるのは難しいだろう

 

厄介事が起きたに違いない

 

とはいえ訪ねて来た魔物をこのまま死なせるわけにも行かない

 

そこで、ナタルは治療を施した

 

息を吹き返した魔物は

 

「シーラン殿はおられるか」と尋ねた

 

「生憎師匠は不在です」

 

弟子の一人が答えると、その魔物の落胆ぶりは目に見えてわかりやすい

 

「私は留守を預かっているナタルだ、シーラン殿に変わって話だけでも聞こうか」

 

暫く魔物はナタルを見ていたが、

 

それが伝説の名医と謳われたナタルだと気が付いて跪いた

 

「伝説の名医ナタル様でしたか」

 

「それで、何があったのだ、話す気があるなら聞くぞ」

 

「実は私は魔王ロドリアスの森で住んでおります」

 

「確か他の魔王の森へ侵入することは不可侵条約に反すると思うが」

 

「はい、それでこの有様です、仲間もすでに命を落としました、私も深手を負いましたが何とかここへ辿り着けました」

 

シーランの道場は魔王デスカラードの森の中にあるため

 

他の魔王を仰ぐ魔物は基本的に来ることは出来ない

 

また、魔王会議の折にでも許可を得ない限り、魔王同士の交流もないため

 

他の魔王が統治する森に住む魔物が、魔王デスカラードの森へ来ることは許されていない

 

だからここへ侵入してきた魔物たちは命がけだということになる

 

余程のことがあるに違いないだろうとナタルは覚悟した

 

「瀕死で口も聞けない状態だったであろう、私が治療しなければ今頃死んでいた」

 

「命を救っていただいた御恩は忘れません」

 

どうやら悪い魔物でないようだ

 

ナタルは敢えて尊大な態度をとって試してみたが

 

少しも腹を立てずむしろ恐縮している様子だ

 

「私で良ければ話を聞こう」

 

「実は、ここしばらく我らの森の魔物たちが、魔王デスカラードの森の魔物を襲っているらしいのです」

 

「お前たちが知らない間にか」

 

「知っての通り魔物同士でも種族が違えば交流が無い場合もありますし、肌の合わない魔物は争いを避ける目的で交流を持たないため、魔物の森で起こっている出来事を全ての魔物が認識する術がありません」

 

「それでその事実をお前たちは知ったということか」

 

「はい相性の悪い魔物同士であっても個の個性はそれぞれ違うため、時として気が合い仲良くなることもあります、我らの種族にも変わり者が居て、他種族と交流していたのですが、突如その相手が豹変して、魔王デスカラードの森の魔物を襲う現場を見たそうです、何とか止めようとしたところ斬られてしまい、虫の息で我々の村へ帰り事の次第を聞きました」

 

その魔物は間もなく息を引き取ったのだが

 

何かが起きていると感じ取ったこの魔物の種族は話し合い調べることになったらしい

 

そして、時折魔物たちが狂ったように魔王デスカラードの森の魔物を襲っている現場に遭遇

 

「奴らは何かに操られているように捨て身で魔王デスカラードの森の魔物を襲い、ほとんどの場合共倒れ、人間の領域を犯して、そのうち人間たちに殺される奴らまで出ました」

 

ナタルは少し考えてみた、人間が戦闘力が桁違いの魔物を殺すなど不可能だ

 

デラシーズ国はその魔物と数千年に渡り戦をしていた

 

今では魔物に匹敵するまでの戦闘力を身に着けていることを思えば

 

相当の年月を費やさなければあり得ない話である

 

「ここしばらくと言ったが、具体的に何年くらいの話なのだ」

 

「人間のように細かく日を数える習慣が無い我々にはわかりませんが」

 

どうやら魔物たちは人間より遥かに寿命が長いため

 

また人間のように星を読み日を定め年数という数値化した共通の認識はないようだ

 

そして、魔物たちの最近とは人間とは同じ感覚ではないとナタルも気が付いた

 

魔物たちの寿命を考えると、彼らの言う最近とは数千年くらい前と言ったところだろうか

 

人間にしてみれば数十代にも渡る年月である

 

つまり何千年もの間、魔王ロドリアスの森の魔物たちは

 

魔王デスカラードの森の魔物を襲い続けて来たということになるだろう

 

数千年間も巻き添えを喰らった人間たちがその魔物たちと戦ってきたというなら

 

デラシーズ国軍の兵士に匹敵する戦闘力を身に着けても不思議ではない

 

ネオ竜族の件により魔王会議に参加を許されたナタルには

 

亜魔王種の存在を知ることになりその恐るべき知略は魔王ですら恐れる程だと認識している

 

恐らくこれも亜魔王種が関与している可能性を強く感じた

 

この魔物の話を総合的に分析した上で、亜魔王種が関与したとなれば

 

亜魔王種には相手に対する心理操作や洗脳、

 

或いは精神操作の類の能力を保有する可能性があるとみて間違いないだろう

 

だがなぜ亜魔王種は魔王デスカラードの森の魔物を

 

魔王ロドリアスの森の魔物に襲わせているのだろうか

 

「それでシーラン殿に相談に来たというわけか」

 

「知恵の深いシーラン殿なら、今我々の森で起きていることを解明され解決策を見つけていただけるのではないかと考えました」

 

シーランは恐らくこのように人間、魔物を問わず多くの問題を引き受けて来たのだろうか

 

ナタルはシーランの能天気な笑い顔とその背負っている責任や重みのギャップを感じた

 

「シーラン殿の胆力は並外れているようだ」

 

ナタルは自分なら間違いなく眉間にしわが寄り考え込んでしまうだろうと思った

 

何事も笑い飛ばし解決はしているが、

 

背負わせられた責任は並大抵の精神力では負いきれない程重い筈である

 

自分の判断ミスがこの者たちの命を懸けた願いを潰してしまう可能性だってある

 

それでもシーランなら、笑って引き受けるに違いないとナタルは思った

 

とはいえ彼女はいま三国の問題解決に乗り出している

 

友としてこれ以上彼女に負担を背負わせたくないと思ったナタルは

 

この一件は自分が解決してやるべきだと考えても不思議ではない

 

とはいえ、シーランより預かったこの道場に集められた2000人以上の弟子たちを

 

このまま置いて行くわけにも行かない

 

ナタルは眉間にしわを寄せて考えていると

 

「師匠眉間にしわが寄っています、美人が台無しですよ」

 

懐かしい声がしたので見るとラスティがそこで跪いていた

 

「お前は確か三国の問題解決に行ったのではなかったのか」

 

「はい思う所があり師匠に相談したいこともできました故に戻ってまいりました」

 

恐らく移動魔術を使ったのだろう、

 

魔力の放つ特殊なオーラをナタルは匂いとして感じるようで

 

「移動魔術を教えた覚えはないぞ」と怪訝に問いただすと

 

「以前師匠が繰り広げられていたのを見よう見まねで試してみました」

 

やはりラスティは魔術師ではなく魔導師としての素質があるのだとナタルは確信した

 

一度見ただけでその魔法を使えるようになる魔術師や魔法使いはまずいない

 

それができるとすれば魔導師以外思い当たらないからである

 

俗世では良く聞く親バカという言葉があるが

 

まさか自分がその性質を持っているとは思ってもみなかったため

 

ナタルは自制したが、やはり少し顔が綻んでしまう

 

「愛弟子とはよく言ったものだ」と心の中で呟くと

 

それだけに、何とか救ってやりたいという思いが強くなるのを同時に感じた

 

「今この魔物の相談に乗っている所だ、その後になるぞ」

 

「わかりました、それでは私もお手伝いさせていただきます」

 

「何を言っている、そんな余裕があるように見えないが」

 

「余裕が無いので、できるだけ早くこの魔物の相談を解決して頂きたいのでお手伝いするのですよ」

 

成る程理にかなっている

 

ラスティは弟子の領分を弁(わきま)え

 

尚且つ師を立てつつも手助けを断れない返答をしている

 

「小賢しい程頭の回る奴だ」

 

「ありがとうございます」

 

「別に褒めておらんぞ」

 

「私が手伝うことを許してくださいました」

 

「お前には何か考えがあるのだな」

 

「はい」

 

「では言ってみよ」

 

「最初に立ち聞きのようになってしまって申し訳ありません」

 

ラスティは魔物に礼を尽くしたので、魔物も彼の潔さが気持ち良かったため許した

 

「私はナタル様の一番弟子ラスティと申します、あなたの話を聞く限り、それはトルンガ国の問題と重なりました、丁度魔王ロドリアスの森と魔王デスカラードの森の境界線が北側にありますから」

 

知れっと一番弟子を名乗りナタルの親バカの刺激するのも小賢しいと思ったが

 

ナタルの顔はまた少し綻んでしまうから困ったものだと彼女は顔を空に向けた

 

一番も何も彼女の弟子はラスティただ一人しかいないのだ

 

「弟子とはこんなにかわいいものなのだろうか」

 

ナタルはシーランの弟子を持つ気持ちをほんの少し理解できた気がする

 

そしてその弟子の幸せと、

 

精進を重ね自分以上の魔導師になって欲しいと願わざるを得ない心境になるようだ

 

弟子に対して必要以上に厳しく接してしまう師匠の中には、

 

その弟子を深く愛している気持ちが込められている場合もあるのだとナタルは学習した

 

「私はシーランではないから、彼女と同じように弟子と接することは出来ない」

 

ナタルは心の中で呟いた

 

「恐らく魔王デスカラードの森の魔物を襲っている魔物たちは亜魔王種に精神支配をされているのではないでしょうか」

 

「何故亜魔王種が魔王デスカラードの森の魔物を魔王ロドリアスの森の魔物たちに襲わせる必要があるのだ」

 

「その前に少し確かめたいことがあります」

 

そう言うとラスティは、魔王ロドリアスの森の魔物に向き直った

 

「精神支配をするためには、本来その相手が持っている願望や強い感情が無ければ上手く行かないと分析しました、魔王ロドリアスの森の魔物たちは魔王デスカラードの森の魔物たちを妬みと嫉妬の感情が強いのではないかと、心当たりはありますか」

 

ネオ竜族を吸収してしまったラスティは彼らの記憶と魔力を解析して理解することで

 

亜魔王種の精神操作や精神支配の性質を分析して理解するまでになっていた

 

ラスティの問いかけに、その魔物は眉間に皴が寄り怒りの顔でラスティを睨んでいたが

 

暫くして観念したようで

 

「確かに魔王デスカラードの森の魔物に対する嫉妬や妬みは強い」

 

その魔物の話によれば

 

ホムンクルスが暴走して魔物の森を襲うようになったとき

 

一番被害を被ったのは魔王デスカラードの森である

 

その時魔王デスカラードの森の魔物たちは、

 

比較的戦闘力の弱い魔物を強い魔物が命懸けで守ったらしい

 

魔王が魔物を選ぶのではなく、魔物が魔王を選ぶのがこの世界の自然なカタチだ

 

それは今も変わらないが、甚大な被害を被らせた無力な魔王を魔物たちは見捨てて

 

他の頼もしい魔王に寝返ることは悪とはされてないにも関わらず

 

この魔物たちは一体たりとも魔王デスカラードのもとを離れなかった

 

これが美談となり、魔王の世界、また魔物たちの世界の美徳となってしまったため

 

魔物たちは迂闊に他の魔王のもとへ寝返ることができなくなってしまったらしい

 

そんな魔王デスカラードをリスペクトする魔物たちは、他の魔王の統治する森にも多くいて

 

魔王ロドリアスの森の魔物たちの多くはその気持ちが強いようだ

 

それはあまりにも近くに魔王デスカラードの森があるせいもあるだろう

 

また魔王ロドリアスに対する不満も募っているようだ

 

本来は魔物が魔王を選ぶのが自然の法則であるにも関わらず

 

何代にも渡り仕えている魔王を今更鞍替えする魔物は今はもういない

 

魔王ロドリアスへの不満と、魔王デスカラードへのリスペクト

 

そして今では簡単に魔王デスカラードのもとへ行くこともできない常識が

 

魔物たちの心を歪ませてしまった

 

やがて、自分たちが魔王デスカラードの元に行けないのは

 

魔王デスカラードの魔物たちの美談のせいだと思うようになり

 

それが、その魔物たちが持っている嫉妬と妬みが、憎悪の気持ちを生み出した

 

亜魔王種はそんな魔物たちの妬みや嫉妬、憎悪に付け込んで

 

心理操作、精神操作を繰り返しその妬みや嫉妬の気持ちを肥大化させ

 

遂に精神支配を成功させて、魔王デスカラードの森の魔物を襲撃されたと考えられる

 

ラスティの仮説には説得力があり、その魔物はぐうの音もでなかった

 

「では何故亜魔王種は魔王デスカラードの森の魔物を襲わせたのだ」

 

「これは私の考えで証拠は何もないのですが、目的は三つあります、一つは魔王デスカラード及び彼の統治する森の魔物たちを脅威に感じ排除する布石です」

 

ラスティは続けた

 

「二つ目は、魔王同士に確執を生み争わせるためでしょうか」

 

みるみる魔物の顔色が変わって行く

 

「三つ目は、この出来事が魔王同士の争いに発展すれば、魔王界が崩れる可能性は高くなります、つまり魔王界を崩す一つの方策ではないでしょうか」

 

「いかにも奴らが考えそうなことだ」

 

魔物の顔は恐ろしい形相になっている

 

「失礼ながら、その憎悪が亜魔王種にとっての栄養素である可能性があります、どうか心を静められますように」

 

ラスティは言葉とは違い実に低姿勢で頭を下げながら言ったので

 

魔物も面目を潰すことなく素直に受け取ることができた

 

「そうであった、よくぞ気付かせてくれた」

 

「あなたが立派な魔物であって本当に良かった」

 

ここまで成り行きを見ていたナタルは、少し冷静にラスティを分析し始めた

 

「こいつはことによると、シーランに匹敵するほどの人たらしかもしれないぞ」

 

ランドは何の計算もなく、彼の人間性によって人が彼を慕うようになるが

 

ラスティは気持ちを込めた上でそれをより効果的にまた意図的に行使している

 

これで気持ちなく相手を悪用すれば、悪魔の人でなしとなるだろうが

 

彼の目的はあくまで他者の幸せだとすれば

 

シーラン同様にこの人たらしは天使の技とも分類できる

 

しかし、その過程はまるで同じだから区別がつかない

 

ナタルが最も嫌悪する生き方なのだが

 

愛弟子に対する気持ちがその嫌悪を緩めている

 

「それでお前は一体何を企んでいるのだ」

 

それでも嫌味が口から出てしまう

 

「亜魔王種の企みを阻止して、この争いを無くし、同時に三国の問題を解決する道です」

 

「すべての一挙に片を付ける腹か」

 

「はい、私にはあまり時間がありません、急がなければならい事情ができました」

 

ナタルはこの時間が無いという理由の一つが彼の寿命だと気が付く

 

「お前は自分の寿命を認識したのだな」

 

彼ならそこに辿り着く可能性は高いのだ

 

「はい、そのことで師匠に相談したいことがあります」

 

「これを改善する道はないと思え、唯一あるとすれば、まるで別の生き物になる可能性くらいのものだ」

 

「別の生き物ですか」

 

ラスティはナタルの言葉で、ナタルの辿り着いた可能性まで一気に思考を高めた

 

「そうか、全てを作り変え融合させれば、タイムリミットを解除できる」

 

「解除というより、完全に解体して作り直すも同じだが、その時は、お前の記憶も人格も白紙に戻り、まるで違う人格が形成されるだろう」

 

「つまりそれは私自身ではなくなるということですね」

 

ラスティもまたナタルの嵌まり込んだ壁にぶち当たる

 

「私に考えがあります、可能性は低いですが、私にその魔術を施してはいただけませんか」

 

「しかし、それではお前はもはや別人となってしまうぞ」

 

それだけではない、ネオ竜族との融合も含めて、ネオホムンクルスですら無くなってしまうのだ

 

「それは私独自の性質と能力によって回避できるかもしれません」

 

「なんだと」

 

「私はデッドランド国によって刻印されたシステムを自分で変更できました、本来そんなことは出来ない筈ですが、何かが作用してできたのだと思います、その何かとは恐らく私の魔導師してしの体質ではないかと」

 

自分に魔術を施すことは、普通の魔術師では難しい命に係わるけれど、

 

魔導師ならそれを可能にすることができる

 

「しかし可能性は低い、お前が本当に魔導師である確率は極めて低いのだ」

 

「言えそれほど低くはないかと、私が魔術を使えるのは奇跡に近いことです、また自分に魔術を施すことができるのも、その可能性を裏付けています」

 

「だが、違ったら、またやり方を少しでも間違えたなら、お前はお前でなくなる」

 

大切な愛弟子をナタルは失うことになってしまうだろう

 

「ナタル師匠、これは遅いか早いかの違いだけで、このまま放置すれば私は数年で崩壊してしまうでしょう」

 

魔物もシーランの弟子たちもこの子弟が一体何を話し合っているのか理解できない

 

しかしとても深刻で命に係わる話なのは理解できるため

 

誰も割って入ることは出来ずただ見守るほかは無かった

 

「もし失敗した場合はどうかそのまま私を壊してください、どんな人格が生まれるかわからない、場合によっては世界に害を及ぼす可能性も高いのです、ですが、その時は時期が早まったとお思いください」

 

「お前という奴はなんという残酷な弟子なのだ、師匠である私がお前の命を絶たせるつもりか」

 

「師匠だからこそ、お願いしています」

 

「人たらしめが」

 

ナタルは顔を背けた

 

これでは断れない、明らかに意図的に断れないようにラスティは仕向けたのだ

 

恐らくこの性質はラスティの母体である少年の性質に違いない

 

この人たらしの性質があるが故に、

 

三国同時革命の基礎を気付いたり、たった9歳で二国の相談役になれたのかも知れない

 

ナタルはランドとは違い、狡賢い一面も持っているようだ

 

悪用はしないことはわかっているが、ナタルはこの狡猾さが気に入らない

 

「この複合魔術でお前の狡猾さが消えれば良いと願うぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてはいないぞ」

 

「それでも私の提案を受け入れていただきました」

 

「お前の狡賢さには呆れるばかりだ」

 

「すまぬこれは子弟の問題なのだが、あなたの願いにも関わっていること故、今しばらく時間を頂けまいか」

 

魔物に向かってナタルが言うと、その魔物は跪いたまま頭を下げた

 

「ありがとう」

 

ラスティは自分の記憶と人格を封印して隔離することで保持する魔術を始めた

 

ナタルの魔術は、ラスティの魂、魔力、そして体をまるっきり作り変えて

 

新しい生命体にする魔術だが、それまでのいっさいの記憶も人格さえもクリアーになり

 

まるっきり新しい存在になるのだが、ラスティの封印を解き上書きすることで

 

再びラスティの記憶と人格を融合させるという魔術だ

 

万が一この魔術に成功すれば、ラスティのこの魔術を身に着けさせることで

 

リーザやランドの命も救うことができるかもしれない

 

ただ、ネオ竜族の魔力は最早分離できない程ラスティと癒着しているため

 

ラスティはリーザやランド、そして彼の仲間とも違う生き物になってしまうだろう

 

当然そのことは聡明なラスティにはわかっているに違いない

 

これは彼の意志であり覚悟の上なのだ

 

ナタル程の魔力を持ってしても、かなり長い詠唱をする必要があるようだ

 

詠唱は呪文では賄いきれない強力な魔術を行う時の必須条件なのだが

 

長ければ長い程大きな魔力を扱うことになる

 

魔導師たちの詠唱は呪文に近いほど短い

 

何故なら魔力がそれだけ巨大だからだ

 

その巨大な魔力を持ってしても、長い詠唱だ

 

無尽蔵に使える魔導師の魔力ではあるが、それだけ魔力を多く使うのだろう

 

やがてラスティの身体は宙に浮いて、光り輝くと今度は雷を身に纏い始める

 

それはラスティの身体をバラバラにして、細胞レベルに分解した

 

分解された無数の細胞がぐるぐると回転すると球体になり

 

更にいくつもの雷がその球体へ、まるで攻撃するように打ち込まれる

 

球体は肥大化して行き、今度は雷撃を放つようになる

 

ナタルはシーランの弟子と魔物たちを守るためシールドを張った

 

放出された雷撃はまたラスティに戻り、また放出を繰り返す

 

やがて球体が凝縮して行き、小さくなると爆発するようにバラバラの細胞になり

 

よく見れば一つの球体だけ何の変化もしないまま空中に浮いている

 

バラバラになった細胞は球体の膜に包み込まれ、

 

母体の中の胎児のような形になりそのまま成長して赤ん坊の姿となり

 

更に成長して、子供の姿になり、みるみるラスティの姿になって行く

 

そのうえで宙に浮いている一つの球体が

 

生まれ変わったラスティの頭から融合したように見えたが

 

一向に目を覚まさない様子だ

 

拒絶反応が起きている可能性もある、また融合に失敗した可能性も

 

暫くみんながラスティを見守っていると

 

ゆっくりと目を開けた、そして辺りを見回し

 

「ここはどこだ」

 

ラスティは見知らぬ人を見るようにナタルを見つめ

 

「あなたは何者だ」

 

融合に失敗したのだろうか

 

「私が何者か、お前の記憶を辿ってみるが良い」

 

「私の記憶だと、私の記憶とは」

 

暫く混乱状態だったがやがてすべてを思い出したように

 

ナタルの前に跪いた

 

「師匠思い出しました、まるで数千年旅をしてきたような感覚です」

 

ナタルは魔術感知でラスティの状態を観れば

 

魔術探知は彼が別の生き物になっていることを示すばかりだ

 

恐らくかつてのホムンクルス同様に寿命というものは無くなっているだろう

 

そうなれば自然の法則が黙ってはいないかもしれない

 

「これから修羅の道を歩くことになるかも知れないぞ」

 

「もとより覚悟の上です」

 

「それで、魔王ロドリアスの森の魔物たちの亜魔王種の呪縛から解き放ち、三国の戦火を治める方策は実行できそうか」

 

「はい、直ちに三国へ帰りシーラン師匠や仲間たちと共に実行します、ただ年数が掛かるため、あとのことは仲間たちに任せ、私は東に向かいます」

 

「東と言えばゴッドウィンドウ国の戦だな」

 

「どうやら私はそちらの戦を止めさせるために行かなればならないようです」

 

こんに時シーランなら楽しそうに面白いと言うだろうが

 

ナタルは違う、やはりラスティが心配なのだ、後々どのような副作用があるかも知れない

 

「東に行った折には、お前の同門であるランドやリーザにもこの魔法を施しては貰えまいか」

 

「もちろんです、会ったことはありませんが、リーザ姉弟子には恩があります、またランド兄弟子は同門です」

 

「それで、一体どういう策を用意したのだ」

 

「三国は最早元の状態には戻れないでしょう、だから一国に吸収する必要があります」

 

「それではゴッドウィンドウ国と同じになるではないか」

 

「はい、ですが、目的は違います、まず三国は変わらなければならない、良い機会です」

 

「だが山脈が分断しておる」

 

「だからまず、その山脈を無くします」

 

「なんだと」

 

ナタルは険しい顔になった

 

「お前は魔力を大自然を破壊することに使うというのか」

 

魔法使いも魔術師も、恐らく魔導師たちも決して踏み込んではならない領域だと認識している

 

大自然を破壊する行為は、魔力を持つ者にとって禁忌の技である

 

「それは決してしてはならないことだ」

 

「大自然を破壊することが禁忌だというのは魔導書にも書かれていて知っています、だからその原則を違えることなく、山脈を無くす道を見つけました」

 

「そんなことができるとも思えないぞ」

 

ナタルは特に自分が戦闘に向いている性質があることを嫌という程認識していて

 

またずっとそのことで苦しんできた

 

それだけに自然破壊や戦に魔術が使われることに対する嫌悪感を強く感じてしまう

 

ラスティは記憶の融合と共に彼が魔導師であることが証明された

 

今の彼なら無制限に魔術を使うことができるだろう

 

山脈を全て破壊することも可能なのだ

 

また記憶や人格は上書きされているとしても

 

今までとはまるで違う生物になっている

 

それが人格へ影響する可能性もあるかもしれない

 

ナタルは場合によってはラスティと戦わなければならなくなるかもしれないと考え

 

覚悟を決めた

 

つづく

 

第一話「二人の英雄」

 

第二話「出会い」

 

第三話「作られたモノ」

 

第四話「静寂の闇の門が開くとき」

 

第五話「理性と感情の間で」

 

第六話「裁判と判決の間」

 

第七話「境界線その1」

 

第八話「珍客とバルード将軍の日常」

 

第九話「ケネス・ブラッドリーの弟子」

 

第十話「これは最早、戦術と呼べない」

 

第十一話「人間たちの希望の砦」

 

第十二話「人間の勇者~謎~」

 

第十三話「人間の勇者~真相~」

 

第十四話「ケネスの考察ともう一人の弟子」

 

第十五話「魔物たちとケネスの古傷」

 

第十六話「魔物たちとの合戦・前日」

 

第十七話「シラスター王とマーリア」

 

第十八話「魔物たちとの合戦その①」

 

第十九話「ある魔物のこころ」

 

第二十話「ケネスとマーリアの時間稼ぎ」

 

第二十一話「闇の真相と森の勇者の生き様」

 

第二十二話「奇跡の王」

 

第二十三話「魔物たちとの合戦その②」

 

第二十四話「魔法使いと魔術師」

 

第二十五話「リュエラの予言」

 

第二十六話「禁忌の申し子」

 

第二十七話「険しき道を行く者たち」

 

第二十八話「南の森のへそ曲がり」

 

第二十九話「人間の勇者の謎」

 

第三十話「氷の魔女」

 

第三十一話「こころ」

 

第三十二話「こころ・その2」

 

第三十三話「岐路・その1」

 

第三十四話「岐路・その2」

 

外伝「デラシーズ国の異端児」「二人の数奇な出逢い」

 

第三十五話「デラシーズ国の奇跡の王・片鱗」

 

第三十六話「ネオホムンクルスの涙」

 

第三十七話「デラシーズ国の奇跡の王・片鱗その2」

 

第三十八話「百尺竿頭(ひゃくせきかんとう)」

 

人間たちの落日 落日の兆し 第三十九話「旅立ち」

 

第四十話「人間への道・はじめの一歩」

 

第四十一話「人間への道・慟哭」

 

第四十二話「サイコパス」

 

第四十三話「バーハス地域領戦線前夜・前編」

 

第四十四話「バーハス地域領戦線前夜・後編」

 

第四十五話「リュエラとラス」

 

第四十六話「ジランの足跡」

 

第四十七話「奇妙な出逢い」

 

第四十八話「思いと罪過」

 

第四十九話「リュエラとラス・結末」

 

第五十話「魔導師の行方」

 

第五十一話「バーハス地域領戦線」

 

第五十二話「バーハス地域領戦線その2」

 

第五十三話「わかれ道」

 

第五十四話「リーザ・師匠との出逢い」

 

第五十五話「リーザ・穏やかな日々」

 

第五十六話「リーザ・本当の強さ」

 

第五十七話「リーザ・師匠の心」

 

第五十八話「宿命の戦い」

 

第五十九話「魔王デスカラード」

 

第六十話「偵察」

 

第六十一話「新種覚醒」
 

第六十二話「握った手を」

 

第六十三話「カムイ将軍の出陣」

 

第六十四話「この壁の向こう側」

 

第六十五話「通わぬ心」

 

第六十六話「魔導師ナタル(毒薬)」

 

第六十七話「共感」

 

第六十八話「夕暮れの紫苑」

 

第六十九話「振り子が止まる瞬間」

 

第七十話「別れ道」

 

第七十一話「二人の魔導師と盟約」

 

第七十二話「異端児と内助の功」

 

第七十三話「人族への道」

 

第七十四話「Rain」

 

第七十五話「淘汰されゆく者たち」

 

第七十六話「剣如聖人」

 

第七十七話「Strangie」

 

第七十八話「混沌(カオス)が生まれる理由」

 

第七十九話「変革の兆し」

 

第八十話「青い炎の意味」

 

第八十一話「魔王世界の異変」

 

第八十二話「道を切り開く者たち」

 

第八十三話「将軍誘拐と革命の兆し」

 

第八十四話「試練の向こう側に」

 

第八十五話「12魔王一堂に会する」

 

第八十六話「魔王会議・竜族の正体」

 

第八十七話「ドルトエルン国・落日の兆し」

 

第八十八話「ドルトエルン国・膿(うみ)」

 

第八十九話「戦慄・ソールトの逆襲」

 

第九十話「芽生えた希望の光という名の国」

 

第九十一話「師弟の縁」

 

第九十二話「ラスティ」

 

第九十三話「神風という名の国」

 

第九十四話「風が世界に吹くとき・前編」

 

第九十五話「風が世界に吹くとき・後編」

 

第九十六話「ソールトの決意/晩秋の実り」

 

第九十七話「選択の向こう側/時を知る瞬間」

 

第九十八話「戦火のはじまり」

 

第九十九話「戦術と策略と見えない心」

 

第百話「ランドの実力」

 

第百一話「遠交近攻(えんこうきんこう)を逆手に・前編」

 

第百二話「遠交近攻(えんこうきんこう)を逆手に・後編」

 

第百三話「邂逅(かいこう)」

 

第百四話「電光石火」

 

第百五話「初志貫徹と生々流転」

 

第百六話「デュカルト王の逆襲とブラスト将軍の息子」

 

第百七話「赤い炎の城壁」

 

第百八話「カムイ元帥出撃とデラシーズ国軍の脅威」

 

第百九話「シラスター王の覚悟」

 

第百十話「世界大戦の予兆」

 

第百十一話「最初の奇跡」

 

第百十二話「トリメキア国誕生」

 

第百十三話「カムイ元帥の悪巧み」

 

第百十四話「メシア(救世主)とは」

 

第百十五話「丘上の同盟」

 

第百十六話「ゲリラ戦」

 

第百十七話「ロンギヌスの槍」

 

第百十八話「デラシーズ国軍兵士の性質」

 

第百十九話「Turning Point」

 

第百二十話「ラスティの選択」

 

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あとがき

 

ラスティの変革は

 

やがて大きく世界に影響を及ぼす可能性を感じます(((゜д゜;)))

 

やがて彼はゴッドウィンドウ国との戦に関与することになりますが

 

それが果たして人間の世界に良い影響をもたらすのかは今のところ不明です

 

場合によっては悪影響を与える可能性もある

 

亜魔王種は裏の裏をかくことも得意だから

 

ラスティですら奴らの掌の上で転がされている可能性もありますからね∑(-x-;)

 

それでも少しずつ隠されている亜魔王種の存在は浮き彫りになってきています

 

当然ながら、亜魔王種も必死になって策略を巡らせることでしょうΣ(@@;)

 

さて、別の生き物として生まれ変わったラスティは

 

一体どんな秘策を用意しているのだろうかΣ(@@;)

 

この三国の戦の集結が、ゴッドウィンドウ国との戦にどう関わるのか

 

相変わらずキャラ任せです¢( ・・)ノ゜ポイ

 

まる☆←Σ\( ̄ー ̄;)それで良いのかあせる

 

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