テーシーと別れてソールトが最初に向かったのはビーザツ地域領である

 

ビーサツ地域領は今隣国ラダルト国軍に攻め込まれているヒチカル地域領の東側だ

 

何故ソールトがヒチカル地域領へ直接援軍へ向かわなかったのか

 

それは、

 

ラダルト国軍が三方からそれぞれ隣り合った地域領を通り同時に侵攻していたからだ

 

ラダルト国北東に位置するレデオ地域領を通り、

 

ドルトエルン国の北西に地位するログル地域領に4万軍に侵攻されている

 

その南側のゲロルト地域領には、ラダルト国ザムル地域領を通り3万の侵攻軍が押し寄せ

 

ヒチカル地域領へはラダルト国ドルメテオ地域領を通り4万の侵攻軍が攻め込んでいた

 

ラダルト国軍は合わせて11万人の軍隊が押し寄せている

 

一方ログル、ゲロルト、ヒチカル各地域領に駐屯している軍体は縮小されて

 

それぞれ一万人前後しかいない

 

またソールト軍は3万8千人の軍隊だから戦力差は大きい

 

ビーサツ地域領にはすでに五千の援軍をヒチカル地域領に向かわせているが

 

それでも倍以上の兵力差である

 

「我ら3万8千の兵力が加わればヒチカル地域領は助りますが、ログル、ゲロルト地域領は絶望的で、両敵軍が勝利して南下してこられれば八万、我らは絶対的不利です」

 

「心配するな、我々は奴らより絶対的に優位に立っている」

 

「私には逆に思えますけどね」

 

「では聞くが、奴らの軍隊に私と同等の将軍はいるか」

 

「それはいないと思いますけど」

 

「つまりそういうことだ、私が居る限り奴らは勝利を味わうことは出来ない、またこれは日和見主義国の狡賢いラダルト国が二度とドルトエルン国を攻撃しようと思わなくさせる絶好のチャンスでもある」

 

ソールトは自信満々に大笑いした

 

彼女といると部下たちは何故か絶対に勝てる気になってしまうから不思議だが

 

それは彼らが何度も窮地をひっくり返して勝利に導いてきた

 

ソールト元帥と共に戦ってきたからに他ならない

 

しかし今回ばかりは規模が大きい、敵軍は合わせて11万の軍隊である

 

「高々11万だぞ、私を相手に渋りやがって、その三倍くらいで攻めて来られなければ面白くないではないか」

 

そのソールト軍はビーサツ地域領から船で

 

ラダルト国のドルメテオ地域領の南方へ向かい、

 

上陸するとドルメテオ地域領を火の海にして壊滅させたうえで

 

ヒチカル地域領軍と交戦中のラダルト国軍の北西から背後を突いた

 

ラダルト国軍は完全に挟み撃ちに遭う

 

地図上なら斜め上から雪崩れ込むカタチで、南はすでに火の海と化しているため

 

退路を断たれてそのまま壊滅させられる

 

これに勝利すると余韻に浸ることなく、ドルメテオ地域領から北へ進軍する

 

そして、ザムル地域領をまた火の海にして壊滅状態にしてから

 

ガロルド地域領軍と挟み撃ち状態になる

 

一方ログル地域領へは、グランガザル国軍10万が援軍に来ていた

 

グランガザル国軍は5万ずつ二手に分かれ、一つはログルの北からラダルト国を攻め込み

 

もう一方は、レデオ地域領を壊滅してから背後を攻め込む

 

するとログル軍は一気に兵を引いたので、

 

背後のグランガザル国軍から逃げるカタチでラダルト国軍はログル地域領に入り込む

 

すると、夥(おびただ)しい数の兵士たちが5キロメートル近い巨大な穴に落ち込んだ、

 

穴の高さは20メートルはくだらない

 

慌てて止まる軍の背後からグランガザル国軍が槍で突き斬り込み、

 

押し切るようにラダルト国軍を巨大な穴に全兵士を落とした

 

それを確認すると、あらかじめ用意した油類を投げ込み火を投じた

 

直径5キロの穴はみるみる火の海となり、悲鳴と断末魔の叫び声が響いた

 

そのままほぼ無傷のグランガザル国軍はログル地域領から南下して

 

ゲロルト地域領の援軍に現れる

 

ラダルト国軍は三方より挟み撃ちに遭うカタチで壊滅した

 

「どうだお前たちは三方から攻めた気になっているようだが、逆に三方から攻められる気分は」

 

面白そうに笑うソールトの声が響くと、敵味方に関係なく戦慄が走り震え上がる

 

僅かに生き残ったラダルト国軍の兵士に、将軍らしき者たちの首を刎ねて渡した

 

「これは、挨拶変わりだとお前たちの王に伝えろ、ドルトエルン国を攻め込んだ代償として、三つの地域領と侵攻軍の兵の命は頂いたとな」

 

もはやラダルト国軍の兵士たちに生気は失せている

 

「それから、ドルトエルン国に手を出した国は必ず亡ぶとも伝えろ、デッドランド国のようにな、それから」

 

ただでさえ将軍たちの生首を持たされ、恐怖心に震えている状態の兵士たちに

 

「今回のことで同盟は決裂した、お前たちが破って侵攻してきたのだ、近日中に謝罪しなければ、宣戦布告とみなし、今度はこちらから進軍をする、我らの戦いぶりはお前たちが身をもって感じただろう、私が侵攻する限り、お前たちの国が全てこうなるまで決して攻撃の手を緩めることは無い、お前たちの顔はこの目に焼き付けた、この伝令一言一句違えず伝えなければ、お前たちは地の果てまで追いかけ探し出して、撲殺するから覚悟して果たせ」

 

兵士たちは恐怖のあまり逃げ出すように走りだした

 

撲殺である首を刎ねるわけでも処刑するわけでもない、袋叩きで殴り殺すという意味であり

 

それがどれだけ兵士のブライドを傷つけ踏み躙る行為であるか

 

また残虐な殺し方かと思えば兵士たちは心が壊れる寸前だろう

 

これにはさすがの味方の兵士たちまで顔を歪める

 

見ればソールトは少しも心を痛めている様子はない

 

ソールトが殺した人は11万の軍人だけではない

 

ドルメテオ、ザムル、レデオ地域領の領民ほぼすべてを焼き殺したのだ

 

「これはあまりにも酷すぎる、虐殺と同じではないか」というドルトエルン国の将軍の声もあるが

 

「私の敵であれば誰であろうと容赦はいない、完膚なきまでに叩き潰す」

 

彼女がランドに言った中途半端なことはしないとは、このことだろうか

 

援軍に来たグランガザル国軍は、ソールトに平伏していた

 

「お前たちよく来てくれた」

 

実は援軍を要請するためにソールトは王に遭ったが、

 

グランガザル国の新王はソールトの頼みを引き受けたフリをして反故にしていた

 

そのことをソールトに包み隠すことなく話した

 

「しかし、10万の軍隊がこうして来てくれたではないか」

 

「この軍は有志です」

 

「有志だと」

 

流石のソールトも驚いた

 

「我らの王があんな不人情な奴だと思わなかった、ここにいる10万の兵士たちは、デッドランド国討伐の折暴走した我が軍を縁も所縁も無いあなたが助けてくれた、そしてまた自分の国でもないドルトエルン国の為に戦うというではありませんか、あなたの生きざまに心を揺さぶられ馳せ参じたわけです」

 

つまり、援軍はそのまま亡命軍ということになる

 

この前は3万8千人とその家族だが、今回は10万の軍隊を養うことになる

 

「我らの家族もシムレス地域領跡に隠しております」

 

改め10万人の三倍はくだらないだろう

 

「テーシー怒るかな」

 

ソールトかそういうと、彼女の部下たちは大笑いした

 

「有志の軍隊と聞いたがお前たちで王宮の仕事をしていた者はいるか」

 

驚くことに王宮の爵位ある貴族たちも少なくなった

 

「グランガザル国の新王は小さい男だったが、グランガザル国の連中はこんなにも心ある奴らがいるとはな、今度師匠に言ってやろう」

 

ソールトは愉快な気持ちになりひと笑いすると

 

「お前たちのことは私に任せろ、お前たちは戦後の事後処理を頼む、それと同時にレデオ、ザムル、ドルメテオ地域領に、ドルトエルン国の旗を立てろ、恐らく奴らは攻め込んでは来ないだろうが、一応軍隊も配備しておけ、ハリボテの少人数で良い」

 

「それで、ソールト様は王都の援軍へ向かうのですか」

 

一人が言うと

 

「それなら我らも同行します」

 

「テーシーに援軍など必要ない、ドルトエルン国はそれほど腐った奴らばかりではないからな、私はこのまま、ゲーゼル地域領を潰し、ベザン地域領を平らげてから、どうしても会いたい奴に会いに行く」

 

「そういえば、ドルタナ国の海軍は今頃侵攻している筈ですね」

 

「それは心配ない、ランドを使わし既に手は打っている、そしてデラシーズ国の援軍を指揮している奴は間違いなくカムイ元帥だろう」

 

兵士たちは騒然となる

 

「どうしてデラシーズ国軍をあのカムイ元帥が指揮しているのですか」

 

「私の密偵は世界中に居てな、カムイ元帥の所在を探させていたが、デラシーズ国に入り込んだのを確認、奴めどんな手を使ったは知らないがデラシーズ国の王に取り入り軍隊を任されているところまでは調べがついている」

 

まさに転んでもただでは起きないとは奴のことだとソールトは思った

 

「それでカムイ元帥と初めて会われるのですね」

 

「ああ、この日をどれだけ待ち望んだことか、私はかねてから奴と戦いたいと切望していたが、ようやくその夢が叶いそうだ」

 

「しかし、デラシーズ国は援軍に来たのでしょう、我らの味方ではないですか」

 

「まだ同盟は結んではいない、援軍をよこせば前向きに検討するとは言ったがな」

 

「しかし、援軍に来てくれた軍隊と戦うなんて、それはあまりにも酷い、それにドルタナ国の海軍と戦い少なからず戦力を消耗しているところを攻めたとあっては公平な勝負とはなりますまい」

 

「お前たちは知らないのか、相手はあのカムイ元帥だぞ、無傷で相手を壊滅させることができるに違いない、ラダルト国軍を味方の損失を最小限に壊滅させた私のようにな」

 

「本当にそんなことが可能でしょうか」

 

「私ならできるぞ」

 

そういうと彼女の楽しそうな笑い声が響いた

 

その響きの余韻が残っているうちに、

 

ソールトは部下たち3万8千の軍隊を引き連れて走り出す

 

「あれ、ソールト様は南に進まれていますが、ドルタナ国は海を挟んで東側の筈だが」

 

ドルトエルン国軍と元グランガザル国軍の将軍や貴族たちは首を傾げたのも無理はない

 

ソールトはドルメテオ地域領に停船している船を使いゲーゼル地域領を海から攻め込んだ

 

そのままベザン地域領軍を叩き潰し真横の海でデラシーズ国海軍を待つことにした

 

時系列を少し遡る

 

ドルタナ国の海軍がドルトエルン国へ進軍して間もなくのことである

 

ドルタナ国の海軍は3万隻を総動員していた

 

これはドルタナ国の全軍船に近い数である

 

ドルタナ国は昔からドルトエルン国を狙っていたが、付け入る隙が無く手をこまねいていた

 

というのも同じ海に面した国だが、海流の関係だろうか

 

海の特産物の殆どは、ドルタナ国海港を通らずドルトエル国海港に雪崩れ込む

 

海域を侵犯しない限りその特産物を収穫することができないのだ

 

これはドルトエルン国の財力と豊かになる一つの要因だろうか

 

それだけではない狡賢い王宮の貴族たちは、

 

貿易のカタチでドルタナ国に海の特産物を優先的に売買していた

 

他の国ではなく、ドルタナ国にのみ契約することで、

 

ドルタナ国はそれを売りさばき海産物の名所のようになっていた

 

海産物ならドルタナ国へ行けという言葉が横行するようになり

 

これではドルトエルン国に依存するしかなくなり、次第に値を吊り上げられていたが

 

最早取引しないわけには行かない立場に立たされていた

 

この癒着、依存関係を崩さない限り迂闊に攻め込めなかった

 

搾取する国、或いは人とはこのような手口で相手との依存関係を作り上げる

 

ドルトエルン国の貴族たちはこんな策略に長けた者が多いようだ

 

しかし今回初めてチャンスが巡ってきた、そのドルトエルン国の王宮からの援軍要請があり

 

喉から手が出る程欲しい漁港を攻め落とせば与えられる確約までしていいるのだ

 

できうる限りの漁港を攻め落とすため、ほぼ全軍を投入したようだ

 

三万隻の軍船から上陸されて攻め込まれれば、一溜まりもないだろう

 

一隻に千人近い兵士と武器類が装備されている

 

これは全精力を投入した全面攻撃と言えるだろう

 

その危機的状況のドルトエル国の援軍としてデラシーズ国海軍が現れた

 

ところが、デラシーズ国の海軍は寄せ集めであり、

 

海に面していないデラシーズ国軍の兵士の殆どは船酔いで使い物にならない状態だった

 

船も魔物から譲り受けた巨大な船団ではあるが、人間が乗りこなすのは骨が折れた

 

ただでさえ不慣れな船の戦で、船酔いの兵士を抱えて任命されたのは

 

ソールトの予測通りカムイ元帥である

 

彼が何故デラシーズ国軍を指揮する立場になれたのかその詳細は

 

別の機会に譲ることにするが

 

彼の双子の弟であるホルンが大いに役に立ったようだ

 

双子であるため、外観はそっくりなのだ、

 

デラシーズ国のシラスター王はホルンを救えなかった自責の念に囚われていた

 

自分の住居の森に墓石を立て、命日には墓参りを欠かさない

 

シラスター王とはそういう王なのだ

 

それは人として尊敬できる情の深い性質ではあるが同時に付け入る隙になる

 

カムイはそんなシラスター王の性質に付け込まない筈はない

 

またカムイと融合したホルンの魂が時折カムイを突き動かしてしまう

 

カムイは相当腹を立てるが、その真心はデラシーズ国の住人たちの心を打ってしまった

 

ある時命を狙った反人間派の魔物の残党から身を挺して守った

 

これはカムイの意志というより、深くシラスター王を愛しているホルンの魂が強く働いたようだ

 

この時期からカムイとカムイに融合しているホルンは時折違う方向を歩き出すようになる

 

「まったくよぉお前はどれだけシラスター王が好きなんだ」

 

そういいつつも、気持ちを何より大切にするデラシーズ国の領民の心を許すネタになったので

 

「これは良い、俺が逆立ちしても真心なんてものは持てないから、たまには奴(ホルン)に花を持たせてやるのも良いか」

 

カムイは利用できるものは何でも利用する

 

例え自分の身体を乗っ取らせることであったとしても、それを利用できるなら何の抵抗もない

 

シラスター王を守るというホルンと利害の一致だと解釈したようだ

 

恐らくホルンは青い炎、魂と魔力だけになったとき、

 

途中で力尽きて消えてしまうリスクを背負ってまでカムイと融合したのは

 

生きている間にできなかったことをカムイに託したかったからに違いない

 

ランドやリーザもそうだが、青い炎が吸収されるのは、

 

あくまで青い炎となったネオホムンクルスの意志なのだ

 

デッドランド国に洗脳され、不自由な思考、植え付けられた性質を体の消失と共に超えて

 

ランドやリーザに自分たちの命と魔力を託したのだろう

 

特異体質であり、進化したネオホムンクルスであるホルンと融合したカムイは恐らく

 

ランドやリーザとは違う進化を果たしている

 

そのカムイがデラシーズ国の元帥として軍を率いているのだから

 

世の中何があるかわからない

 

巨大で強化された船とはいえ、たった300隻

 

一方ドルタナ国の三万隻は訓練された気鋭の海軍である

 

まともに戦って勝てるとはデラシーズ国の兵士たちでも思えない

 

それでも、船酔いと戦いながら軍議は怠らない

 

「お前たち何をしているんだ」

 

「軍議に決まっているでしょ、他の国ではしないのですか」

 

「軍議は将軍や軍師など上層部だけが請け負う仕事だぞ」

 

「へぇ」

 

デラシーズ国の兵士たちは指揮官でもため口でしかも不思議そうにその事実を受け止めた

 

だからと言って軍議を止める様子も無かった

 

300隻でどうやって推定3万隻を倒すか真剣に話し合っているのだ

 

カムイはおかしくなってついに笑ってしまった

 

「何が可笑しいカムイ元帥」

 

「いや何でもない、続けてくれ」

 

カムイ元帥は愉快な気持ちになった

 

「デラシーズ国は世界中の常識からかけ離れた独自の文化があるようだ、軍隊もまるで違う論理で動いている、実に興味深い」

 

かつてケネスが感じたものに近い感覚でカムイ元帥はデラシーズ国軍を分析した

 

どうやらデラシーズ国に一兵卒と将軍の違いはないようだ

 

まるで兵士一人で将軍の資質が備わっている、

 

本来そうなれば統率をとることすら不可能である

 

実力が拮抗する者が仮に将軍となり、一方は一兵士の立場に立っているだけで

 

実際戦となれば、一兵士でも将軍並みに軍を指揮する力を発揮する

 

良く統率された軍隊程頭を叩かれると脆いものだが

 

デラシーズ国の場合、将軍、指揮官を叩いてもすぐに誰かがその代わりになってしまう

 

こんな恐ろしい軍隊は他にあるだろうか

 

このままデラシーズ国の元帥として世界に打って出るのも悪くない

 

あのカムイ元帥がそう思っても不思議ではないだろう

 

実際カムイ元帥は利用するために入り込んだのだが、デラシーズ国に魅了されていた

 

この国はやがて世界に打って出る算段をしている

 

となれば、戦は必至だろう、その時思う存分戦を楽しむことができるかもしれない

 

「何人指揮官の首を刎ねても、どこからでも指揮官が生えて来るような軍隊って面白すぎるだろう」

 

カムイは愉快で面白くてまた笑い出す

 

「カムイ元帥その気持ち悪い笑い方は止めてくれ、ただでさえ船酔いで吐きそうなんだ」

 

しかも、この物言いがカムイには新鮮で楽しく感じていた

 

ふと、ジラフの顔が浮かんだ、カムイ元帥は首を横に振る

 

既に肉の塊になったジラフのことを思い出して何の意味があるというのだ

 

カムイは面白いことがあるたびにジラフの顔が浮かぶのが自分でも不思議だった

 

人間に対する記憶は利害が無い限りそれほど定着しない

 

どうやら、ジラフとのやり取りが気に入っていたのだろうか

 

未だに彼の代用品と呼べる存在がいないせいだろうか

 

ちらりと後ろを見ると、にらみを利かせているランドがいる

 

「お前って奴は執念深すぎるだろう、たかが人間のことで良くそれだけ憎しみを剥き出しにできるな」

 

「ブラストは俺の父だ、父を忘れるものか、父の仇であるお前を俺は決して許さない」

 

「あのな、我々はネオホムンクルスなんだぜ、人間と親子のフリをしても本物にはなれない」

 

「それはお前の考えだ、俺はと違う、お前の考えを押し付けるな」

 

「私の考えと言うより事実を突きつけているだけなんだがなぁ」

 

カムイは頭を掻いた

 

「まぁいいや」

 

今は自分を殺すつもりはないのだから、それで良いかとカムイは割り切った

 

ソールトが耳打ちしたのは、まさにカムイ元帥のことである

 

父であるブラストの国を守るためには、カムイ元帥をおいては他にいないだろう

 

これだけ劣勢を覆し勝利してドルトエルン国を救えるのはカムイの天才性である以上

 

ランドは耐えに耐えている

 

無残にも父であるブラストを殺した男が目の前にいるのだ

 

例え、彼がデッドランド国の道具に過ぎなかったとしても

 

ランドにはこのカムイというネオホムンクルスが世界に良い影響をもたらすとは思えない

 

「必ずこいつは世界に害を及ぼす筈だ」

 

その前に首を刎ねる方が良いに決まっている

 

デラシーズ国でカムイ元帥を発見してから、

 

深い憎しみと、ブラストとの日々が蘇り交錯しつづけている

 

ランドにとって、

 

ブラストとの日常が普通の親子に比べれば距離のあるよそよそしい感じかもしれないが

 

それでも、その日々は幸せだったと噛み締めている

 

「もし、この劣勢を覆して勝てなかったら、その首を刎ねてやるから覚悟しておけ」

 

カムイはランドに斬られたところが中々復活再生しないのを体験しているから

 

恐らくランドに首を刎ねられたら他のネオホムンクルス同様に青い炎になることを感じている

 

「いつの世でも、どんな奴にも天敵と呼べる奴はいるものだ」

 

ランドこそ自分にとっての天敵なのだとカムイは認識した

 

「さてそろそろドルタナ国の海域だな」

 

カムイがそういうと、船酔いでフラフラになりながら、デラシーズ軍は武装準備した

 

「それでは作業を開始するぞ、魔物からもらった樽を流せ、あとは海流が敵軍に運んでくれる」

 

「カムイ元帥この樽は一体何なんだ」船の大半に乗せていて武器を乗せる場所も無かった」

 

「気にするな、これは私からのドルタナ国海軍へのギフトだ」

 

「敵に酒を送るのか」

 

「酒よりももっと良いものだ、奴らは躍って喜ぶぞ」

 

カムイはにやけ顔になる

 

そのころドルタナ国海軍に300隻の謎の船団が東から迫っている知らせが入った

 

千隻ほど向かわせて対処するようの命じた

 

そのドルタナ国の軍船を素通りするように無数の樽が流れて行く

 

「一体これは何なんだ」

 

首を傾げながらも何の害もない様子なのでそのまま不審船の居る海域に向かった

 

暫くしたら樽は途切れたかと思うと視界に不審船が見える

 

少しの間があいてから、また樽が流れ込んできた

 

その樽が確認とれるくらい近づくと不審船から炎の矢が雨のように降ってきた

 

しかし軍船には届かずそのまま樽に刺さり続けた

 

ドルタナの軍船から笑い声が漏れた

 

やがてその笑い声は悲鳴に変わる

 

樽が丁度千隻の軍船と重なったあたりに辿り着いた瞬間

 

爆発音と共にほとんどの船が吹っ飛び、炎上した

 

暫くするとまた爆発が起きて吹き上げられた水がばらばらと落ちて行く

 

炎上した軍船は舵を失い、

 

海流のままドルトエルン国へ向かったドルタナ国海軍の本隊へと流されて行く

 

デラシーズ国の強大な魔物の船はドルタナ国海軍に体当たりして、

 

燃え上がる船を押すカタチで速度を速め、

 

途中で旋回して離脱する

 

丁度先に流した大量な樽が2万9千隻の軍船と重なったあたりで

 

炎上している船が特攻しているカタチでぶつかり、暫くすとる爆発音が響き

 

打ち上げられた水が雨のように降り立つ

 

これが連鎖的に起こり、あっという間に3万隻の軍船は爆発で破壊されるか炎上した

 

これにはランドも、デラシーズ国の兵士たちも驚いて立ち尽くした

 

燃え盛る船の向こう側に、ドルトエルン国の港が見える

 

そこに三万人以上の兵士が待ち構えているのを見て

 

デラシーズ国の兵士たちは出迎えてくれたと喜んだ

 

デラシーズ国にとっては初めての友軍だと思えたからだが

 

カムイ元帥だけは、そこから殺気のようなものを感じた

 

「約束は果たしたと伝えてくれ」

 

そうランドに言うと、小舟に乗るように促した

 

「お前は上陸して同盟を結ばないのか」

 

「それは後日デラシーズ国が挨拶にくるだろうさ、私はただお前たちドルトエルン国の援軍を請け負っただけ、責務を果たしたのでこのまま帰る」

 

「今度会った時はお前の命日だと思え」

 

「ああ覚えておいてやる」

 

カムイの言葉を聞くとランドは小舟に乗り一人だけドルトエルン国の港に向かった

 

船酔いが酷いデラシーズ国の兵士たちは不満を漏らしたが

 

「お前たちの好きなマーリアが港に軍隊がいなければ、そのまま同盟の話を進めて、万が一軍隊の出迎えがあるようなら、そのまま上陸しないで引き返してこいと言っていたぞ」

 

「なんだマーリアがそういうなら何か意味があるのだろう」

 

兵士たちはマーリアの言葉だと言えば納得したようである

 

カムイも改めて、マーリアの言葉の威力を感じた

 

同時に彼女の知略に魅了されるばかりだった

 

彼女はこうなる可能性を予測していたのだ、

 

国から出ないで一度も見たことも無いドルトエルン国の動きすら先読みするなんて

 

カムイは久々に鳥肌を立てた

 

「俺が言うのもなんだが、化け物級の知略だ」

 

これは何の巡り合わせだろうか、カムイにとってマーリアはブラスト以外で

 

はじめてわかり合える同類のように感じている

 

今となっては誰も信じないだろうが、

 

カムイにとってブラストは生まれて初めて対等の友と呼べる存在に思っている

 

そして、マーリアもブラストと同様の存在になりつつあった

 

「あいつは本当に面白い、この俺ですら何かを考えているのかさっぱり読めないのだから」

 

大体の先読みは出来てしまう、つまらなさを感じていたカムイにとって

 

ブラストは初めて何を考えているのかわからない先が読めない男だったが

 

マーリアはそれ以上に何を考えているのかわからない存在なのだ

 

こんな愉快な相手はいるだろうか、カムイはマーリアと出会ってから

 

彼女の言葉や考えが刺激的で鳥肌が止まらないほどだった

 

「マーリアと、この風変わりなデラシーズ国そして私が手を組めば面白いことができるぞ」

 

カムイはまるで子供の様な無邪気な笑い声を響かせる

 

その声に誘発されるように、デラシーズ国軍の兵士たちの何人かはゲロを吐いた

 

「カムイ元帥、その気持ち悪い笑いは止めろ」

 

「こりゃすまん」カムイは頭を掻いた

 

このため口も新鮮で愉快に感じる

 

どうやら俺はこう言う関係が好みのようだ

 

デラシーズ国海軍が引き戻って行くのを見送りながら

 

ソールトは舌打ちした

 

「戦ってみたかったぞカムイ元帥」

 

そういうと、思い出したように

 

「お前たちシムレス地域領跡に直ぐに向かってくれ、大変なことを忘れていた」

 

「一体どうしたのですか」

 

「いやグランガザル国軍がまさか亡命軍だと知らなかったが奴らの家族がシムレスい地域領跡に向かっていると聞けば鉢合わせして余計な混乱を招かないように計らってくれ」

 

すると部下たちも合点がいったのか膝を叩いた

 

ラダルト国の、ドルメテオ地域領、ザムル地域領、レデオ地域領には事前に密偵を侵入させ

 

王宮に攻め込みながら、領民たちで気持ちのあるものを選別して事前に逃がしていたのだ

 

ラダルト国は豊かではあるが格差が酷く、

 

民族的性質なのか狡賢いものが多くて、搾取する者が後を絶たない、

 

搾取とは必ず、利用され搾り取られる存在がいるもので

 

善良なものほど虐げられ、搾り取られ、苦しめられている

 

国の性質はそのまま地域領の性質のように反映されていた

 

惨い仕打ちに苦しめられた領民たちを少しずつシムレス地域領跡へ避難させていた

 

また、ソールトやランドが攻め込んだ城にも同様に気持ちのある貴族がいればまず逃がした

 

残った者は全て搾取して狡賢い事ばかり考える連中ばかり

 

特に酷い奴らを見つけ出して、ソールトは膿を出すが如く叩き潰していた

 

程なくランドが陸に上がり歩いてきた

 

「良く我慢したな、カムイ元帥の首を刎ねずに」

 

ランドは振り返り、燃え上がるドルタナ国の軍船を見てから

 

「こんな光景を目の当たりにしましたからね」

 

「私ならドルタナ国の港を壊滅させただろうな、三万隻の船は返る場所がなくなり、仕方なく上陸するしかなくなる、そこへ火攻めをすれば奴らは白旗を揚げるしかなくなるだろう」

 

ランドは目を丸くして彼女を見た

 

「姉弟子は白旗を揚げた敵軍を皆殺しにしたという噂がありましたが」

 

それを聞いてソールトは大笑いした

 

「噂というのも尾ひれがつくものだ、白旗を揚げて油断させようとした敵軍を叩き潰したことはあるがな」

 

「白旗を揚げる奴が大嫌いだと豪語されたとか」

 

「それは狡賢い奴らの戦意を失わさせ、隙を作り逆転勝ちしたときのことだな」

 

事前にまだ気持ちのある者を非難させたり、

 

どうやら、ソールト姉弟子は誤解が噂話として広まっているようである

 

「テーシー姉弟子に援軍に行かないのですか」

 

「ドルトエルン国の膿はあらまし叩き潰した、思ったよりこの国には気持ちのある奴らが居るぞ」

 

ランドはこの時初めてソールトの狙いを読み取った

 

彼女の情報収集と分析力の緻密さは、貴族の家族構成や一人一人の性質まで見通している

 

それくらいの精度ではないかと思う程で

 

だから、特に害を及ぼす貴族を一掃していたのだ

 

あらかじめ、その中でも善良と思える者は避難させている

 

それでも、ランドには粛清と正義の鉄槌の違いは判らない

 

「これって粛清ですよね」冷静に言うと

 

「お前のそういう所はテーシーに似ているな」

 

「俺はあんなに短気ではありませんよ」

 

「テーシーは短気か」

 

そういうとソールトは大笑いした

 

「では短気なテーシーのお手並を拝見させてもらおうか」

 

そのまま部下を率いて、王都へ向かった

 

 

 

つづく

 

第一話「二人の英雄」

 

第二話「出会い」

 

第三話「作られたモノ」

 

第四話「静寂の闇の門が開くとき」

 

第五話「理性と感情の間で」

 

第六話「裁判と判決の間」

 

第七話「境界線その1」

 

第八話「珍客とバルード将軍の日常」

 

第九話「ケネス・ブラッドリーの弟子」

 

第十話「これは最早、戦術と呼べない」

 

第十一話「人間たちの希望の砦」

 

第十二話「人間の勇者~謎~」

 

第十三話「人間の勇者~真相~」

 

第十四話「ケネスの考察ともう一人の弟子」

 

第十五話「魔物たちとケネスの古傷」

 

第十六話「魔物たちとの合戦・前日」

 

第十七話「シラスター王とマーリア」

 

第十八話「魔物たちとの合戦その①」

 

第十九話「ある魔物のこころ」

 

第二十話「ケネスとマーリアの時間稼ぎ」

 

第二十一話「闇の真相と森の勇者の生き様」

 

第二十二話「奇跡の王」

 

第二十三話「魔物たちとの合戦その②」

 

第二十四話「魔法使いと魔術師」

 

第二十五話「リュエラの予言」

 

第二十六話「禁忌の申し子」

 

第二十七話「険しき道を行く者たち」

 

第二十八話「南の森のへそ曲がり」

 

第二十九話「人間の勇者の謎」

 

第三十話「氷の魔女」

 

第三十一話「こころ」

 

第三十二話「こころ・その2」

 

第三十三話「岐路・その1」

 

第三十四話「岐路・その2」

 

外伝「デラシーズ国の異端児」「二人の数奇な出逢い」

 

第三十五話「デラシーズ国の奇跡の王・片鱗」

 

第三十六話「ネオホムンクルスの涙」

 

第三十七話「デラシーズ国の奇跡の王・片鱗その2」

 

第三十八話「百尺竿頭(ひゃくせきかんとう)」

 

人間たちの落日 落日の兆し 第三十九話「旅立ち」

 

第四十話「人間への道・はじめの一歩」

 

第四十一話「人間への道・慟哭」

 

第四十二話「サイコパス」

 

第四十三話「バーハス地域領戦線前夜・前編」

 

第四十四話「バーハス地域領戦線前夜・後編」

 

第四十五話「リュエラとラス」

 

第四十六話「ジランの足跡」

 

第四十七話「奇妙な出逢い」

 

第四十八話「思いと罪過」

 

第四十九話「リュエラとラス・結末」

 

第五十話「魔導師の行方」

 

第五十一話「バーハス地域領戦線」

 

第五十二話「バーハス地域領戦線その2」

 

第五十三話「わかれ道」

 

第五十四話「リーザ・師匠との出逢い」

 

第五十五話「リーザ・穏やかな日々」

 

第五十六話「リーザ・本当の強さ」

 

第五十七話「リーザ・師匠の心」

 

第五十八話「宿命の戦い」

 

第五十九話「魔王デスカラード」

 

第六十話「偵察」

 

第六十一話「新種覚醒」
 

第六十二話「握った手を」

 

第六十三話「カムイ将軍の出陣」

 

第六十四話「この壁の向こう側」

 

第六十五話「通わぬ心」

 

第六十六話「魔導師ナタル(毒薬)」

 

第六十七話「共感」

 

第六十八話「夕暮れの紫苑」

 

第六十九話「振り子が止まる瞬間」

 

第七十話「別れ道」

 

第七十一話「二人の魔導師と盟約」

 

第七十二話「異端児と内助の功」

 

第七十三話「人族への道」

 

第七十四話「Rain」

 

第七十五話「淘汰されゆく者たち」

 

第七十六話「剣如聖人」

 

第七十七話「Strangie」

 

第七十八話「混沌(カオス)が生まれる理由」

 

第七十九話「変革の兆し」

 

第八十話「青い炎の意味」

 

第八十一話「魔王世界の異変」

 

第八十二話「道を切り開く者たち」

 

第八十三話「将軍誘拐と革命の兆し」

 

第八十四話「試練の向こう側に」

 

第八十五話「12魔王一堂に会する」

 

第八十六話「魔王会議・竜族の正体」

 

第八十七話「ドルトエルン国・落日の兆し」

 

第八十八話「ドルトエルン国・膿(うみ)」

 

関連記事 ガッパの消息 12魔王ラフ画

 

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あとがき

 

かなり過激で酷い描写をしてしまいました・・・(。_。;)゜:。アセ 

 

それでもかなり抑え気味です

 

プロット段階ではもっとえげつない描写が浮かびましたが¢( ・・)ノ゜ポイ

 

カムイ元帥に類似した一面を持っていることと

 

それでもカムイ元帥とはまるで違う性質を持っていること

 

カムイ元帥なら、善良であるとか悪人だとかの区別なく壊滅させているでしょうけれど

 

悪を討つという点では情け容赦のないところもありますが

 

それでも彼女はシーランの弟子で、シーランの影響は受けている

 

恐らく、リリカやテーシーよりリアリストで

 

決して理想主義者ではない、そのくせ自分が気持ちの良い道しか行かないから

 

結果的に善良にみえますけとねΣ(@@;)

 

さて、デラシーズ国はいよいよ世界へ向けて歩き出そうとしているようです

 

魔物との戦いも終わり国も恐るべき勢いで立て直している

 

魔王テトや魔王テチカが魔物たちに協力させたので、計画より早く復興したようです

 

ただカムイという爆弾を抱え込むことになってますねΣ(@@;)

 

銀英伝のオーベルシュタインのように(((゜д゜;)))

 

それでもオーベルシュタインは彼なりの理想や正義を持っていて、それに忠実に殉職した

 

でもカムイにはそれがない、結局平気でデラシーズ国を裏切ることも出来てしまうから

 

テーシーがソールトという暴れ馬を乗りこなせるかよりも

 

もっと厳しい、カムイという毒を薬として活用できるか

 

或いは毒気によって多大な損害を受ける可能性も大きい

 

まぁ今のところマーリアはカムイを活用しているようですが(=◇=;)

 

これはサメに対してイルカが遊んでいる感じでしょうか

 

イルカはサメより早く泳げるから、イルカを食べることはおろか噛みつくことができない

 

むしろ、おもちゃのようにサメと遊んでいる映像を見たことがあります

 

或いは猫と蛇のような感じでしょうか、蛇の恐るべき跳躍力や素早さより猫は素早い

 

飛び掛かる蛇にカウンターパンチを喰らわせる猫の映像も見たことがありますΣ(@@;)

 

マーリアの知略の前ではカムイはイルカの前のサメ、猫の前の蛇のような感じでしょうかね

 

次回はテーシーが活躍する予定です(=◇=;)

 

キャラがどう動くかで話はかなり変わりますが・・・(。_。;)゜:。アセ 

 

まる☆

 

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