宮脇俊三氏の欧州旅行をトレースしてみる
当時の『トーマス・クック時刻表 日本語解説版(1995年初春号)』をお供に、
ブログ読者の皆さんにも、その旅を追体験していただこうと思います。
今回から新しい章に入ります。
第2章 ― 地中海岸と南アルプスの列車 ―
スペインの首都マドリードからバルセロナ、そしてフランスのモンペリエへ。
スペインの名物列車「タルゴ(Talgo)」を乗り継いで進む旅の様子が、作品のテーマになっています。この中から特に気になる区間をピックアップして、引用する本文で“妄想乗車”してみましょう。
なお、第1章では宮脇氏率いる鉄道ツアーの一行での旅でしたが、マドリードからは別行動となり、第2章では宮脇氏とご夫人の二人旅に変わります。ツアーの慌ただしさから解放されたせいか、一見退屈に思える在来線での移動の描写でも、どこか筆の冴えが感じられます。
タルゴ列車乗車の様子(本文一部引用)
(ここから)
11時00分発のバルセロナ行 「タルゴ」列車は、三〇分前なのに、すでに17番線に入っていて、独特の丸っこいお尻をこちらに向けていた。
(中略)
定刻11時00分、バルセロナ行の「タルゴ」は音もなく動き出した。
(中略)
窓から強い陽光が差しこんできた。空には雲のかけらもなく、完璧な快晴である。
マドリードの近郊には工場などがあるが、まもなく消え失せ、近景は牧草地や畑や荒れ地、背景は赤茶けた丘、というスペインらしい風景になる。
そこから先は坦々として窓外の眺めが変らない。
列車が走っているのはイベリア高原で、起伏はあるがトンネルを掘るほどの所もない、といっ大味な地形をなしている。
しかし線路はクネクネと曲りくねっている。わずかな起伏にも逆わらずに、等高線のまにまに線路を敷いたように思われる。「タルゴ」は右へ左へと車体を傾けながら走る。
景色は単調、快晴で陰翳(いんえい)なし。のどかな汽車旅の楽しさと退屈とが混じり合う。
(中略)
13時15分、カラタユドという駅に停車。七分遅れだが、マドリードから二四二キロの地点だが日本の在来線の特急より速い。
(中略)
列車はイベリア高原を抜け、エブロ川の流域に入った。オリーブやブドウの畑が広がる。 エブロ川はスペインでは三番目くらいに大きい川で、ピレネー山脈の西部を源とし、地中海に注いでひさしぶりに工場やビルが現れ、14時12分、サラゴーサに停車した。 きょうの途中駅では、いちばん大きい町である。
(中略、続きは写真のあと)
サラゴサ市街地を流れるエブロ川、Jiuguang Wang, CC BY-SA 3.0 ES <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/es/deed.en>, via Wikimedia Commons
・・・・サラゴーサを発車した「タルゴ」は、エブロ川を渡って、ふたたび丘陵地帯に入る。ピレネー山脈へつながる山地の裾である。サラゴーサから地中海岸へはエプロ川に沿う路線のほうが近道なのだが、この「タルゴ」は北側の山地に入って遠回りをする。レリダに立ち寄るためらしい。
また景色が単調になる。赤茶けた丘、わずかな耕地、通過する小駅のホームには人影がなく、強い日差しが、くっきりと駅舎の影を落とすのみである。耕地はあるが、働く農夫や農婦の姿はない。けだるく明るすぎるスペインの内陸部の昼下り。
(中略)
・・・つぎに停車したのはレリダで、定刻の15時3分。地図を見ると、エブロ川の支流のセグレ川に沿う盆地に開け町のようである。わが「タルゴ」は、このレリダに立ち寄るために迂回したはずなのだが、降り乗りする客は、ほとんどいない。
(中略)
レリダから山越えにかかる。といっても、相変わらずの赤茶けた平凡な丘が起伏するばかりである。トンネルもない。
16時10分、Vinaixa という小さな駅に停車した。物音ひとつしない淋しい駅である。このあたりは単線区間なので、対向列車とのすれちがいのための「運転停車」(運転上の都合による停車。客扱いはしない)らしい。
まもなく上り列車が隣の線路に入ってきた。鉄道のシステムは万国共通なので、言葉は通じなくても、こういうことはわかる。
午後四時半過ぎ、下り勾配にかかり、遥かに地中海が望まれた。そして、沿線の丘に緑が甦ってきた。「タルゴ」は元気になって体をくねらせながら地中海へ向って下る。ブドウ畑が広がった。
右から海岸沿いの線路が合流し、17時17分、タラゴナに着いた。(中略)トーマス・クックの時刻表とくらべると、一五分の遅れである。
(中略)
タラゴナからは地中海の岸に沿う。青い海だ。車窓が一変した。
山が海に迫り、「タルゴ」は崖の下を行く。空は快晴、海は青いが、風が強いのか、岩礁に砕けた波が吹き飛んでいる。
景色は荒々しくなったが、線路は複線になり、「タルゴ」は速度を上げた。
海岸には家々が建ち並んでいる。民家もあるが、リゾート風のマンションや別荘が多い。豪壮な建物ではない。別荘は小ぢんまりとし、マンションは二階建て程度の質素な長屋だ。そのあいだにはキャンピングカー用の広場もある。
(中略、続きは写真のあと)
レイナ砦からのタラゴナ市街地を眺める、bct1981, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
そんなところを三〇分ぐらい走り、バルセロナに近づくと、「タルゴ」は速度を下げ、地下にもぐって18時17分、一七分の遅れでバルセロナ・サンツ駅に着いた。市街地の西はずれにあるターミナルである。
・・(以下続く)
ヨーロッパ鉄道紀行/宮脇俊三著 第二章から一部引用いたしました。引用を明確にするために当ブログ内では当該箇所を斜体としました。また、フリガナのルビがある箇所は(ふりがな)という形で振り直しております。
トーマスクック時刻表をもとにブログ筆者のひとことメモ
当時の列車ダイヤをトーマス・クック時刻表でトレースしてみます。引用したのはスペイン、マドリード〜バルセロナ間の主要列車を掲載したTable410です。
- 赤傍線を引いたのが宮脇夫妻が乗車したTAL374列車。マドリードからバルセロナ、多客時に限ってフランス(といってもスペイン国境越えたすぐ)のセルベールまで延長運転されるという記事があります。
- 編成について、作品本文を参考にすると、電気機関車を先頭に2等車6両、ビュッフェ車、1等車3両、電源車と11両編成。
- この列車の車種ですが、作品本文内に形式まで明記されていないのですが、下記の情報からタルゴIII と判断しました。①宮脇氏は「独特の丸っこいおしりをこちらに向けていた」と記述しており、その特徴を有する編成のため、②列車等級が1等、2等となっている点。仮にTalgo200という新形だった場合には等級がC(クルブ、いわば1等車より上の特等)、P(プレフェレンテ、1等車に該当)、T(トゥリスタ、2等車に該当)になり、その注記がなされていないため。③作品本文に書かれていた1等車の定員と各種資料を照らしわせた結果(誤差はあるが、タルゴIII 一等座席車 24人と近似)。
- 他の列車を眺めてみます。この当時、マドリード〜バルセロナ間には高速新線は未開業でしたので、この時刻表に掲載されたTAL(タルゴ)がこの路線での優等列車で、それを補完するようにインターシティ(IC)列車が設定されています。列車種別が無記のものはDiurno(ディウルノ、500 km以上の長距離昼行列車)やローカル列車が混在していると思います。
- IC180、182が、マドリードからタラゴナの間が無停車のような記述になっていますが、「h」の注釈によるとバレンシア経由している列車でした。そのためマドリードの始発駅もチャマルティン駅ではなく、アトーチャ駅だったことも付記しておきます。
- サラゴサとレウス(Reus)の間は異なる2本の路線で接続されており、その一つの路線がリェイダ(Lerida/Lleida)経由となります。なお、2022年時点の地図情報を見ると両路線とも直流電化の単線であり、おそらく1995年当時から変わっていないのだと推察します。
次回は、バルセロナからフランスに入るを妄想旅行です。乗車するのは同じタルゴ車両ながら、かつての名列車、カタランタルゴ号に乗車、あの「軌間の異なる区間」を列車で越えます。
参考資料:ヨーロッパ鉄道紀行/宮脇俊三/日本交通公社、トーマス・クックヨーロッパ鉄道時刻表、地球の歩き方 ヨーロッパ鉄道の旅マニュアル/ダイヤモンド社
参考ページ:タルゴⅣ、AVE、レンフェ、サラゴサ、タラゴナ(Wikipedia)

