入手した、ドイツの鉄道雑誌 Eisenbahn Journal の2014年特別号「DB in den 80ern」をもとにまとめています。主たる内容は統一ドイツ前、1980年代にフォーカスされています。ご存知の通り、高速列車ICEはまだ試運転されていた時代です。鉄道の斜陽化を象徴するような出来事も多数記載されており、同時代に民営化を果たした日本の鉄道とも好対照な内容だと思います。

 

今回は、1980年から1984年の5か年をまとめます。

 

西ドイツのこの5年の大まかな時代ですが、1980年から1984年にかけての西ドイツは、戦後の社会構造が大きく転換していく時期にあたります。

 

冷戦下で再軍備や核配備をめぐる議論が活発化する一方、環境問題や財政負担への意識も高まり、政治や社会の関心は次第に変化していきました。

 

メディアの分野では民間放送が始まり、映像文化が広がることで、人々の価値観も多様化していきます。

 

こうした社会背景の中で、公共部門、とりわけ鉄道には効率化や経営改革が強く求められるようになり、1980年代後半へと続く大きな流れの土台が、この時代に形づくられていきました。

 

 

 

カテゴリー(クリックすると展開します)
カテゴリ 説明
【開通/開業】 新規路線の開業、新サービス開始の情報
【ダイヤ変更】 列車の増便/減便、発車時刻・運転区間の変更といったダイヤの情報
【駅/施設】 駅やそれに準ずる施設に関連した情報
【プロモーション】 乗客向けに展開しているキャンペーン情報
【サービス廃止/終了】 サービスや列車種別、路線の廃止、消滅の情報
【軌道工事関係】 工事に関連した情報
【トラブル/災害】 災害や予期せぬ政治的判断による運行変更の情報
【会社組織関連】 組織の発足、改組といった経営面の情報
【車両動向】 新型車両の投入(計画)、廃車という車両動向情報

 


 

 1980年

 

1月

  • 【会社組織関連】 1月初め、中央ヨーロッパ最大の都市圏であるライン=ルール地域において、ライン=ルール交通共同体(VRR)が発足した。VRRは、総延長約12,000kmの路線網を統合的に運営する組織であり、その範囲はメンヒェングラートバッハ〜ドルトムント間、ハルターン〜ゾーリンゲンおよびレムシャイト間に及ぶ。対象交通機関には、ドイツ連邦鉄道(DB)のSバーンおよび近距離列車、43路線のシュタットバーン(高速路面電車)、ヴッパータール空中鉄道、68路線の路面電車、4路線のトロリーバス、さらに約600路線のバスが含まれる。

2月

  • 【車両動向】 2月11日、交流電気機関車120形の第1号機である001号機が、試運転および検査運転を終え、ドイツ連邦鉄道に正式に引き渡された。ただし、1979年に製造・納入された試作車5両については、最終的な検収は1980年9月から1981年1月にかけて実施される予定であった。

4月

  • 【ダイヤ変更】 4月6日2:00(中央ヨーロッパ時間)、西ドイツでは戦後初となるサマータイムの運用が開始され、時計は1時間進められた。これは、戦後長期間にわたり実施されていなかった制度の再導入にあたる。この時間変更により、夜行列車は目的地への到着が実質的に1時間遅れる形となり、ダイヤ上の調整が必要となった。

5月

  • 【プロモーション】 5月から、ドイツ連邦鉄道は休暇旅行需要を対象とした新たな長距離輸送商品を導入した。バー、売店、映画設備を備えた「トレッフ車(Treff-Wagen)」を連結するTUIフェーリエン・エクスプレスは、イタリア、ユーゴスラビア、南フランス方面へ運行された。また、鉄道観光向けに改造された601形ディーゼル列車は、「アルペン・エクスプレス」として、ハンブルクおよびドルトムントと、ドイツ南部およびオーストリアの主要休暇地域を結んだ。

DB 110 464

TUIフェーリエン・エクスプレス、Manfred Kopka, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

 

6月

  • 【プロモーション】 6月1日から、ドイツ連邦鉄道は2本の定期インターシティ列車において、硬貨式公衆電話の試験設置を開始した。
  • 【開通/開業】 6月2日には、郵便輸送を目的とした夜行の「エクスプレスIC」が初めて運行された。
  • 【駅/施設】 6月30日、1950年以来15,000か所目となる踏切が廃止された。踏切除去に伴う代替施設(橋梁、地下道など)の整備には、鉄道、連邦政府、州および自治体が合計で約50億ドイツマルクを投資している。

7月

  • 【駅/施設】 7月7日、マシェン操車場が全面的に営業運転を開始した。これにより、同操車場は北ドイツにおける貨物輸送拠点として本格稼働に入った。

8月

  • 【車両動向】 8月13日、交流電気機関車120形002号機が最高速度231km/hを記録し、交流電気車両としての新たな世界記録を樹立した。

DB 120 002-1交流電気機関車

Benedikt Dohmen (User:Benedictus), Archiv-Nr. 63/28, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

 

9月

  • 【開通/開業】 9月26日および27日に、ブレーメン〜フーデ〜オルデンブルク線、フーデ〜ノルデンハム線、ザルツベルゲン〜ノルデイヒ・モーレ線で電化運転が開始された。
  • 【ダイヤ変更】 9月28日の冬時間への切替に伴い、列車は再び通常の運行時刻に戻るまで、最大で1時間の待機を要した。

12月

  • 【車両動向】 12月、ハンブルク管理局管内において、ドイツ連邦鉄道で最後まで使用されていた蒸気式クレーンが廃車となった。

 

 1981年

 

1月

  • 【サービス廃止/終了】 1月15日、ドイツ連邦鉄道(DB)は運賃を大幅に引き上げ、複数の社会運賃制度を廃止した。1970年代半ば以降、段階的に導入されてきた高齢者向け、青少年向け、家族向けの各種割引制度は、往復乗車券に対する一般割引制度に統合された。
  • 【駅/施設】 また、旅客サービス面でも新たな設備への対応が求められた。1981年中に1,000台目が設置される自動券売機や、新しい案内システムの導入が進められた。1月14日には、DBがミュンヘンで、コンピュータ制御による旅客案内を初めて大画面表示装置で稼働させた。

2月

  • 【駅/施設】 2月から、機関士は新しい信号体系への対応を求められた。Ks信号が従来の主信号・予告信号方式を部分的に置き換え、列車進路と許容速度を組み合わせて表示する方式が導入された。あわせて、列車の柔軟な運行を可能とするため、分岐器区間における方向別運転(Gleiswechselbetrieb)が拡充され、この年までに約500区間で整備が完了した。

3月

  • 【トラブル/災害】 3月6日、タウバーフェルトにおいて、E3228 ミュンヘン〜ニュルンベルク列車が貨物列車と側面衝突する事故が発生した。この事故により25人が負傷し、急行列車の機関士が死亡した。事故車両である103形機関車125号機は、損傷が大きく廃車となった。

5月

  • 【軌道工事関係】 ゲミュンデン(マイン)付近のエンマルベルク・トンネルが貫通し、5月22日、ハノーファー〜ヴュルツブルク新線の南区間における建設工事が公式に開始された。これは南北を結ぶ高速新線整備の重要な節目となるものであった。

7月

  • 【車両動向】 7月6日、236形ディーゼル機関車405号機の廃車をもって、ドイツ連邦鉄道における国防軍型ディーゼル機関車およびその戦後派生型の運用が終了した。
  • 【軌道工事関係】 7月20日には、軌道構造に関する技術的な転換が行われた。初めて分岐器がコンクリートまくらぎ上に敷設され、以後、路線および駅構内の線路は数十年にわたりこの方式で更新されることになる。この更新により、約3,000万本の木製まくらぎがコンクリート製に置き換えられる。
  • 【車両動向】 210形ガスタービン機関車を218.9形へ改造する計画が完了し、最後に218型904号機が7月22日に検収を受けた。

DB 210+210

210形ガスタービン機関車、Spoorjan, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

8月

  • 【会社組織関連】 8月、運輸相フォルカー・ハウフは、SPD議員団宛の書簡において、連邦鉄道が連邦財政にとって過度の負担となっているとの見解を示した。これは、運賃改定や投資政策をめぐる議論の背景となった。

冬ダイヤ(1981/82)

  • 【車両動向】 1981/82年冬ダイヤから、DBで最も古い電気機関車である169形002号機および169型003号機が、最後まで運用されていたミュルナウ〜オーバーアマーガウ線およびガルミッシュ=パルテンキルヒェン〜グリーゼン間(アウサーフェルン線区)から引退し、定期運用を終了した。

11月・12月

  • 【車両動向】 長期間の中断を経て、DBは近郊輸送用ディーゼル動車の新製を再開した。1両編成5本および2両編成3本が導入され、11月および12月に最初の627.1形および628.1形が営業運転を開始した。また、ライン=ルールSバーンでは、機関車牽引列車が、420系電車を置き換える運用が進められた。

DB 627 006-0

627形ディーゼル列車、Jan Oosterhuis, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

 

 1982年

 

1月

  • 【会社組織関連】 1月1日、ドイツ連邦鉄道(DB)では、連邦鉄道法の第3次改正法が施行された。この改正は、成果責任を明確にした取締役会部門制を導入するもので、DBを市場志向かつ生産性の高い企業へ転換するための法的基盤となった。
  • 【サービス廃止/終了】 同日、DBが廃止予定としていたメッケスハイム〜アグラスター・ハウゼン線は、南西ドイツ鉄道(SWEG)に引き継がれた。

2月

  • 【軌道工事関係】 2月8日、ローゼンハイム・カーブが正式に供用開始された。これにより、オーストリア連邦鉄道(ÖBB)のザルツブルク〜インスブルック間コリドール列車(他国領を通過するが、途中で営業扱いを行わない特例列車)では、ローゼンハイムでの進行方向転換が不要となり、所要時間が短縮された。

3月

  • 【開通/開業】 3月27日、長期間使用されていなかった403系電車3編成が、デュッセルドルフ〜フランクフルト(マイン)空港間のルフトハンザ・エアポート・エクスプレスとして運行を開始した。この列車は時刻表には掲載されなかったが、航空時刻表には記載された。

夏ダイヤ(春〜初夏)

  • 【サービス廃止/終了】 夏ダイヤの開始に伴い、最後まで残っていた列車秘書制度が廃止された。一方で、ほぼすべてのICおよびTEE列車には硬貨式電話が設置され、車内サービスは装備面で標準化が進んだ。

5月

  • 【会社組織関連】 5月13日、IBMドイツ法人社長であったライナー・マリア・ゴールケがDB取締役会会長に就任した。新体制の下、販売戦略は「商品(ブランド)志向」を軸とする方向へ転換された。また、5月に開始された試験プロジェクトを受け、地域交通分野における「バーンバス」構想が具体化し、郵便バスとの役割分担が段階的に見直されることとなった。

6月

  • 【駅/施設】 6月24日から27日にかけて、中央機関区ミンデンおよびミュンヘンの創設75周年が祝われ、この機会に連邦鉄道線区上で蒸気機関車01形150号機牽引による特別列車が運転された。

8月

  • 【会社組織関連】 8月15日付で、ヘムヨー・クラインが営業担当取締役に就任した。以後、販売部門は積極的なマーケティング施策を展開し、特に「ロザローテ・ヴォッヘンエンデ(バラ色の週末)」と称する割引きっぷが成功を収めた。

10月

  • 【車両動向】 10月中旬から、UmAn方式を採用した202形003号機による新しい駆動技術の試験運転が開始された。試験では最高速度255km/hが記録され、「駆動質量の可変結合」により、車輪およびレールの摩耗を増やすことなく高速化を図る技術の有効性が検証された。

DE2500-UMAN

Benedikt Dohmen (User:Benedictus), Archiv-Nr. 45/2, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

 

11月・12月

  • 【車両動向】 1982/83年にかけて、ミュンヘンでは259形001〜004号機の入換用機関車4両が交流駆動方式の試験に供された。
  • 【プロモーション】 11月から12月にかけて、DBは小口貨物向けにICクーリエサービスの提供を開始した。
  • 【サービス廃止/終了】 地域交通分野では、11月1日以降、18の地域事業部において黄色の郵便バスが段階的にバーンバスへ移行した。ただし、オーストリア郵政との密接な連携を理由に、フュッセン、カウフボイレン、オーバーストドルフの郵便旅行バスは1985年5月31日まで存続することとなった。

 

 1983年

 

1月

  • 【会社組織関連】 年初の時点で、貨物輸送部門では厳しい状況が続いていた。1983年の輸送量は2億8,500万トンにとどまり、1955年と同水準まで低下した。これは貨物輸送分野における過去最低水準の一つである。

3月

  • 【サービス廃止/終了】 3月31日、いわゆる「エックスレ(Öchsle)」として知られるヴァルトハウゼン〜オクセンハウゼン間の狭軌鉄道が運行を終了した。同線は、それまで貨物輸送専用として運行されていた、ドイツ本土最後の狭軌鉄道路線であった。

5月

  • 【サービス廃止/終了】 5月29日のダイヤ改正により、ドイツ国内におけるトランス・ヨーロッパ・エクスプレス(TEE)の大半が廃止された。TEEメディオラヌム号は1984年6月2日までの猶予期間が与えられ、TEEラインゴルト号は観光列車として存続することとなった。
  • 【開通/開業】 同時に、長距離休暇輸送の活性化を目的として、新たなフェルン・エクスプレス列車が導入され、時刻表上では伝統的な略号「FD」として掲載された。

FD Fern-Express

Schriftart Bundesbahn Pi Std 2, Public domain, via Wikimedia Commons

 

  • 【駅/施設】 また同日、フランクフルト空港駅がインターシティ駅として正式に供用を開始した。

6月

  • 【車両動向】 6月8日、最後まで残っていた架線柱支持式電気機関車である160形012号機が、パンタグラフ破損を理由に運用を終了し、これをもって同形式は営業運転から姿を消した。

8月

  • 【車両動向】 8月29日、単行運転用の単発エンジン車であるレールバス795形445が廃車となり、これをもって単発動力方式の気動車はDBの営業運転から完全に消滅した。
  • 【軌道工事関係】 同月、ハノーファー〜ヴュルツブルク間の高速新線において、ゲミュンデン付近でマイン川を渡る鉄道橋が上部工まで完成した。この橋梁は、支間135メートルを有するプレストレストコンクリート橋として、同種構造では世界最大級の規模であった。

9月

  • 【プロモーション】 9月、連邦鉄道は引き続き利用促進策として「バラ色の週末」キャンペーンを展開した。これに関連し、9月から新たなマスコットキャラクターとして「ロザローテ・エレファント(バラ色の象)」が採用された。
  • 【開通/開業】 9月21日、ハンブルク直流Sバーンにおいて、ハンブルク中央駅〜ハールブルク間の新線区間が開業した。

年末

  • 【車両動向】 年末時点で、老朽電気機関車の淘汰が進行していた118形、144形、193形の旧型電気機関車は少数のみが残存し、194形についても暫定的な延命措置が取られている状況であった。211形についても運用数は大幅に減少し、支線区で1〜2両のシルバーリング客車を牽引する運用が散発的に見られる程度となっていた。

11月

  • 【駅/施設】 11月12日、フランクフルト(マイン)において電子式座席予約装置EPA 80が稼働を開始した。このシステムの導入により、ドイツ連邦鉄道の座席予約処理能力は大幅に向上した。

 

 1984年

 

6月

  • 【駅/施設】 6月3日、ティティゼー〜ゼーブルク間において、無線閉塞方式(Funkleitbetrieb)が試験的に導入された。
  • 【駅/施設】 6月4日、貨物輸送分野では新たな高速貨物システム「インターカーゴ(InterCargo)」が導入された。最高速度88〜100km/hの貨物列車が夜間に11の主要経済拠点を結び、営業責任者ヘムヨー・クラインは、これを貨物輸送サービスの質的転換と位置づけた。
  • 【車両動向】 1984年上半期を通じて、118形、144形、193形、216.0形(試作車)、220形、430形、432形、455形の各形式が営業運転から退役した。

7月

  • 【軌道工事関係】 7月12日、新線マンハイム〜シュトゥットガルト間において、最初のトンネルである全長3,300メートルのローレンベルク・トンネルが着工された。
  • 【開通/開業】 7月21日、連邦運輸相ドルリンガーは、ヴュルツブルク〜ロッテンドルフ間に新設された三本目の本線を正式に開通させた。これにより、ヴュルツブルク〜シュヴァインフルト〜バンベルク線およびヴュルツブルク〜ニュルンベルク線における慢性的なボトルネックが解消された。

8月

  • 【開通/開業】 8月4日、ハールブルク・ラートハウス〜ノイグラーベン間が開業し、これをもって「ハールブルクSバーン」の最後の未成区間が完成した。
  • 【トラブル/災害】 8月12日、ハイルブロン近郊で、D 890 シュトゥットガルト〜ハンブルク列車が、過速度を原因として脱線した。この事故により3人が死亡し、57人が負傷した。

9月

  • 【プロモーション】 9月1日から、ケルン〜グンマースバッハ間において、近郊列車を「シティバーン」として運行する試験プロジェクトが開始された。更新されたシルバーリング客車と、218形ディーゼル機関車が、オレンジおよび砂利色の専用塗装で投入された。

City-Bahn

Manfred Kopka, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

 

  • 【会社組織関連】 9月7日から、ドイツ連邦鉄道では本社機能の集約が進められ、中央管理組織として「ドイツ連邦鉄道中央本部」が段階的に形成された。

10月

  • 【車両動向】 10月17日、交流電気機関車120形001号機が、アウクスブルク〜ドナウヴェルト間で最高速度265km/hを記録した。これは、交流電気機関車としての世界最高速度であり、新たな高速運転領域を示す成果であった。※1980年には同形002号機が世界最高速度を達成している

年末(記念運転)

  • 【車両動向】 150周年を迎えるドイツ鉄道の記念事業の一環として、動態復元された蒸気機関車が運転された。50形622号機は7月、23 105は12月に、それぞれ営業線上で特別運転を実施した。

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参考資料:Eisenbahn Journal 2014年特別号「DB in den 80ern」、関連のWikipediaページ