ダイヤ改正前後で並べて眺める(そして愛でる)
このテーマでは、ブログ筆者の琴線に引っかかった印象的なダイヤ改正について、当時の時刻表紙面の「改正前号」と「改正号」を両方引用し、シンプルに並べて、眺めてみる、というもの。あわせて当時の各線でのダイヤ改正された背景もコメントしましたので、当時を知らない方の一助になれば幸いです。
1994年7月1日ダイヤ改正の意義とは?
まずJR九州では1994年に2回のダイヤ改正を行っています。その主たるは3月の春のダイヤ改正であり、九州都市間の特急ネットワークのさらなる充実と都市圏の輸送改善が大規模に行われています(3月の改正については別途まとめますのでここでは割愛)。
そのうえで、7月に実施ダイヤ改正を行ったのは787系特急電車3編成21両の増備を受けた結果です。これをうけて、特急つばめ号に充当される787系が11往復に増加し、その運用から外れる783系(当時はハイパーサルーンという愛称のほうが伝わるかも)を特急有明号の運用に充当することで、特急有明号がすべて783系化します。特急有明号の783系統一は従来の787系と485系が運用から外れたことを意味しており、それは、あの真紅のRED EXPRESS編成で青い有明号のヘッドマークという組み合わせが定期運用では見れなくなったことを意味します(その後臨時で運用についてのかは調査できておりません)。
その上、1994年にJR九州の車両の動向を見ていくと、783系もリニューアル工事(第一次)が開始され1994年度には7編成35両が完了、初期型が徐々に姿を消しいき、ダイヤ改正とは直接関連はないものの、民営化当時のJR九州のジョイフルトレインの雄であったサザンクロスをはじめ、他のジョイフルトレイン(サルーンエクスプレス、ジョイフルトレイン長崎など)もこの年にほぼ消滅しています。
ちなみに私が撮影していた783系第一次リニューアル編成はこれくらいかしら(右側の銀色の方)。中途半端感満載ですが、ご高覧ください。
眺めてみてコメント(ブログ筆者より)
前述の通り、7月実施のダイヤ改正は特急列車の動きが中心ですが、それにかかわらずに香ばしい列車がたくさん並んでいますので、見ていて楽しい時代です。ここでは列車名に関して2点を挙げました。
- L特急かもめ号について。2027Mについて、改正前はハイパーかもめ27号を名乗っていますが、改正後はかもめ27号と列車名から「ハイパー」が取れました。かもめ号については、この改正をもってハイパーサルーン(783系特急電車)充当でも列車名はかもめ号に統一することになります。
- 一方のL特急にちりん号の5032Mについて、改正前はハイパーにちりん32号を名乗っておりますが、改正後はにちりん32号と「ハイパー」なしの愛称になります。こちらは充当車両が783系から485系に変更されたことが理由であり、名実ともに「ハイパー」なしになっただけで、他のハイパーサルーン充当列車には「ハイパーにちりん」の列車名が残りました。
同じJR九州の特急列車名でも「ハイパー」が有り無しが分かれる、珍しいというか、ファンに取ってはJR九州の内情を探りたくなる動きがあったのです。
余談ですが、同じハイパーサルーン充当列車でも、ハイパーかもめ号用の編成があり、展望席部分の帯が青緑色に変更され、外観から有明(にちりん)用と区別できる外観でした。個人的に登場当初の配色がとても印象的で大好きで、何度も博多駅に写真を撮りに来ましたが、なぜか一切の紙焼き写真は処分してしまい、手元には残っておりません。。。
そのほか、改正前後の動きはありませんが、香ばしい当時の列車について、いくつか触れておきます。
- 改正前の紙面には823Dが確認できます(改正後も残っています)。急行さんべ号が小倉まで乗り入れていた時代です。現在は関門連絡列車はもっぱら415系1500番台が担当していますが、当時は415系電車にはじまり、山陰本線、筑豊本線、日田彦山線のディーゼル列車も散発的に乗り入れていました。
- 快速スペースワールド号も当時の福岡の様子を象徴する列車ですね。当時北九州市にあったアミューズメント施設、スペースワールド(1990年4月開業)のイメージカラーを配色した811系が充当されていた記憶があります。この時期にはスペースワールドの最寄り駅は枝光でした。現在は閉園しているものの、残るスペースワールド駅は後世にその存在を語り継ぐ存在になります。
- 博多発のかもめ号、みどり号、ハウステンボス号のいわゆる、3階建列車の存在も見逃せないです。紙面内のかもめ29号、みどり29号、ハウステンボス19号を例に上げますが、かもめ号は5両編成、みどり号4両、ハウステンボス号4両と堂々の13両編成。それも485系のRED EXPRESS、HUIS TEN BOSH、MIDORI EXPRESSという奇抜な真紅の特急列車が駆けていた、趣味的には最高な時代です。
ダイヤ改正前 1994年3月号より
1994年3月1日から運行開始したのが、いまでも現役の813系電車です。この列車の投入をもって421系はじめ老朽化のすすむ近郊型電車の置き換えを加速していきます。設計はご存知水戸岡鋭治率いるドーンデザイン研究所担当で、そのためか2025年現在も外観配色に変更は行われていませんね。一方で客室は当時は転換クロスシートを配置しましたが、2025年はご存知の通りロングシート化が進行しており、イメージが様変わりしました。
JTB時刻表1994年3月号より引用
ダイヤ改正後 1994年7月号より
ここでは、筑前新宮駅に注目します。私の通学していた高校の最寄り駅でしたが、現在は福工大前駅に改名されています。私にとっては福工大前駅に思い出が沢山詰まっております!
実は筑前新宮駅ですが、駅舎の所在地ベースでいうと新宮町には存在せず、隣接する福岡市の所属となります。そのため、私が高校生の頃には新宮町に存在するJR駅はありませんでした。その後新宮中央駅が開業したことで、新宮町に名実ともに初めてのJR駅が開業した、という話です。なお、福工大前駅(旧筑前新宮駅)は新宮信号所を起源としておりますが、この信号所が現在位置よりやや門司港寄りに位置したのを、あえて市町の「境」に設置された由縁があるようですが、ここでは詳説割愛します。
JTB時刻表1994年7月号より引用
本日は以上です。
参考資料:JTB時刻表1994年3月号、7月号、年鑑日本の鉄道’95 鉄道ジャーナル社、列車名変遷大事典/三宅俊彦著/ネコパブリッシング


