しばらくの間、JR西日本で現在も運転されている企画列車「かにカニエクスプレス」の一派、ならびにそれ以前からの「かにシーズン列車」の運転の歴史を振りかえります。

 

今回は城崎カニスキ号と同じ福知山線経由の列車ですが、わずか1シーズン運転されて愛称消滅した、丹波カニスキ号についてまとめます。

 

丹波カニスキ号

 丹波カニスキ号の詳細情報は時刻表記載以外の情報が入手できていません。この列車を取り上げるにあたって、急行みやづ号の存在について触れておく必要があります。1988年3月の宮福鉄道(現京都丹後鉄道宮津線)開業にあわせて、臨時特急エーデル丹後号と同時に大阪〜天橋立間で設定されたディーゼル急行列車であり、かつてのファンからは急行はしだて号、急行丹波号のリバイバル列車と見られつつ、宮津線電化開業まで細々運転されていました。JR化後に設定された急行列車ということですが、同じ福知山線を走る特急北近畿号はパターンダイヤ化されて沿線での認知度が順調に上がり、臨時の特急エーデル丹後号は観光特急として宮福鉄道に乗り入れる中、観光需要のない平日にも毎日午前中に大阪を発つ定期急行列車の利用率は高くなく、位置づけがあいまいな急行列車がみやづ号でした。でも、個人としてはそういう国鉄的なダイヤが趣味的には好きなのですがw。

 

 そんなどっちつかずな急行みやづ号ですが、JR西日本の担当者(と妄想)は他線区で盛況なかにシーズン臨時列車が天橋立方面では未設定だったことがきっかけに、1990〜91年の丹波カニスキ号と銘打った列車の登場に繋がります。午前中大阪発、午後現地発というかにシーズン臨時列車と相性の良い急行みやづ号のスジを活用して設定するというアイディアは、利用率が芳しくなかった同列車の起死回生も兼ねたJRの思惑とも相まったといっても大げさではないでしょう。さて、天橋立方面のかにシーズン臨時列車名に丹波の名を含むのは、かつての福知山線経由の急行丹波号という名称が影響したと考えるのが自然でしょうが、天橋立擁する丹後半島方面に向かうのに利用客にとっては少しややこしいですね。

 

 最後に丹波カニスキ号の評価ですが、盛況な各地のかにシーズン臨時列車なのを尻目に、1シーズンで運行を取りやめているところから不調だったと思ってよいでしょう。とはいえ取りやめ以降も同じスジで運行継続されたみやづ号は何を意味しているのかは謎です。。その後丹後半島沿岸に向けた、かにシーズン列車の設定はしばらくなくなり、1993〜94年シーズンの味めぐりタンゴエクスプローラー号の設定を待つことになります。

 

 

  シーズンごとの運転状況

全シーズン共通

一部指定席

福知山線、北近畿タンゴ鉄道(現京都丹後鉄道)宮津線経

 

 列車種別と運転区間 

急行みやづ号は大阪〜天橋立間でしたが、丹波カニスキ号の名称で運転される期間は網野まで延長運転されました。

運行シーズン 列車種別
1990〜91年 急行 大阪〜網野 ※福知山〜網野間は快速列車
※福知山線、北近畿タンゴ鉄道(現京都丹後鉄道)宮津線経由

 

 

 往復の始発・終着駅発時刻と所要時間

大阪〜天橋立間は急行みやづ号の運行ダイヤで運行されました。列車番号もみやづ号と全く同じです。

運行シーズン 始発・終着駅発時刻と所要時間
1990〜91年

大阪発9:07 → 網野着13:09(4:02)▲

網野発15:50 → 大阪着19:54(4:04)▲

▲:土・日・休日運転

 

 

 使用車両・編成: 

運用についた車両の情報は、時刻表列車番号からディーゼル列車であったこと以外は入手できておりませんが、急行みやづ号と同じ列車番号、運転時刻で運転されていたことから、おそらくキハ58系ディーゼル列車だったと推察します。

運行シーズン 使用車両
1990〜91年 キハ58系ディーゼル列車と推察

※運転日よって編成両数の増減の可能性があります。

※使用形式については、当時の雑誌、ならびにインターネット上にアップされている写真などから判断しておりますが、運行実績をすべて網羅したものではありません。

 

本日は、以上です。

 

参考資料:JR時刻表、JTB時刻表(各年)、鉄道ダイヤ情報(臨時列車運転情報)、国鉄・JR列車名大事典 寺本光照著 中央書院、列車名変遷大事典 三宅俊彦著 ネコ・パブリッシング、カニという道楽: ズワイガニと日本人の物語 広尾克子著 西日本出版社