1987年からTEEの後継としてはじまったユーロシティの歴史を振り返っていく企画を立ち上げました。ドイツから取り寄せた、Die EuroCity-Zuege - Teil 1 - 1987-1993: Europaeische Zuglegendenの翻訳を通じて、ユーロシティーの一端を知る、文字通り「備忘録」としたいと思います。

 

まとめの対象ですが、前述の書籍内では1987〜1993年の間に運転開始されたユーロシティを扱っており、その中の列車名ごとに歴史や仕様がまとめられているページとします。書籍の紹介順に倣って、69回目は、ロームルスを取り上げます。

(以下原文訳、一部表現、短縮名称等をブログ筆者で補足)

ロームルスと弟レムス:ローマ神話によると、戦いの神マルスと巫女レア・シルヴィアとの間の子供で、紀元前753年にローマ市を創設した。

 

1969年6月1日の夏ダイヤの開始とともに、510/511列車という新しい特急列車ペアがヨーロッパの鉄道に投入され、首都ウィーンとローマ間が毎日結ばれるようになった。

最高標高898メートルのゼメリング線を経由し、15のトンネル、16の高架橋、100以上の小さな橋や通路を持つヨーロッパ初の標準軌山岳鉄道を通過しつつ南下し、フィラッハ、タルヴィージオ、旧ポンテッバーナ線を経由する。

 

ロームルス号は、1987年夏ダイヤでユーロシティ・ネットワークが誕生した際、インターシティではなく、EC 30/37として最初のユーロシティ列車の1本となった。EC 30は2つの列車区間(ÖBB VSE/ユーロフィマ客車によるローマ~ウィーン間の基本列車と、ローマ~タルヴィジオ間のFS(イタリア国鉄)客車編成)で構成され、ローマ中央駅(ローマ・テルミニ駅)発7:10で、フィレンツェ方面への朝一番の特急列車である。フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅で進行方向と機関車が変更され(9:20着/9:29発)で、その後ボローニャ中央駅、パドヴァを経由してヴェネツィアへ向かう(11:59着)。ヴェネツィア発12:16後、ポルデモーネとウディーネに途中停車し、国境駅のタルヴィジオ・チェントラーレ駅着15:18。税関とパスポート・コントロール、機関車交換など、ローマ~タルヴィジオ間の客車連結・解除に20分以上要し、タルヴィジオ発15:38で旅は続く。ロームルス号はフィラッハ、クラーゲンフルト、レオーベン、ブルク・アン・デア・ミュール、ウィーナー・ノイシュタット駅を経由し、ようやくウィーン南駅着20:38。EC 37はウィーン南駅発8:15で、わずか13時間12分後の21:27にローマ到着。これにより、EC 30/37の表定速度はそれぞれ89km/hと91km/hとなる。

 

2年後の1989年5月28日からは、EC 30はウィーン到着が15分早まり(20:23)、EC 37はウィーン発時刻が5分繰り上がった(8:20発)。1990年9月30日からは、EC 30の所要時間は13時間8分(ローマ発7:15→ウィーン着20:23)、EC 37の所要時間は13時間5分(ウィーン発8:20→ローマ着21:25)に短縮された。

 

1991年6月2日以降、EC 37の出発は約1時間繰り上げられる(ウィーン発7:24→ローマ着20:30)。EC 30は、フィラッハで(新たに導入された)ローマ〜ザルツブルグ間の客車編成がウィーンに向かう基本編成から切り離されるため所要時間が12分延びたものの、以前の時刻表位置に留まった。ÖBB車両で構成されるこの編成は、フィラッハでタウエルン鉄道を経由するIC 595 インゲボルク・バッハマン号(ザルツブルク着18:53)に転換された(南行はIC 592 ガシュタイナータール号)。5月から9月にかけてのロームルス号には、ウィーン南駅〜フィラッハ中央駅間に自動車輸送用客車も連結されます。

 

1993年5月23日以降、EC 37はEC 31となり、EC 30と同様にさらに加速される(EC 31:ウィーン発7:18→ローマ着20:20)。EC 30は13時間を下回り(ローマ発7:45発→ウィーン着20:40)、表定速度は93km/hに達した。このさらなる改善は、特にローマとフィレンツェ間のFSネットワークで進行中の拡張工事によって可能になった。

 

1995年夏ダイヤから、ロームルス号はヴェネツィアから島の中心に位置するヴェネツィア・サンタ・ルチア駅まで続くことになり、その魅力はさらに高まることになる。しかし、観光を促進し、ヴェネツィアへの旅客に特に優しいこの解決策は、相当な所要時間の延長という代償を払うことになる。その結果、EC 30の所要時間は13時間31分(ローマ発7:15発→ウィーン着20:46)、EC 31の所要時間は13時間27分(ウィーン発7:18→ローマ着20:45)となった。1996年6月2日からは、ローマ〜フィラッハ〜ザルツブルグ間の編成がリンツ中央駅まで延長運転された。EC 30の転換先列車は、フィラッハ→ザルツブルク ÖBBのEC 599 クルシュタット・バーデン号、ザルツブルク→リンツはIC 647 エレブニスヴェルト・テンネンガウ号(逆方向:リンツ→ザルツブルクはIC 744 アーダルベルト・シュティフター号、ザルツブルク→フィラッハはIC 191 フーゴ・フォン・ホーフマンスタール号)として運行された。

 

1997年夏ダイヤから、IC 647はウィーン西駅まで延長運転された。その結果、基本編成(EC 30)と、フィラッハからザルツブルク、リンツを経由してオーストリアの首都に到着する「独自に送られる特別客車」の両方が、2つの異なる駅で終着することになる。しかし、基本編成のEC 30 ロームルス号が20:32にウィーン中央駅に到着するのに対し、ザルツブルグ経由の別編成列車は143kmの長いルートと2時間以上長い所要時間で、ウィーン西駅着22:35。

 

2000年5月28日以降、ロームルス号はローマ・テルミニ駅とウィーン南駅を結ぶ元のルートに戻され、ザルツブルクとタウエルン鉄道経由の定期列車は運行停止された。その1年後(=2001年夏ダイヤ改正)、ローマ発着の直通運転は終了し、ロームルス号はユーロシティ カルロ・ゴルドーニ号となり、列車番号はそのままに、ウィーン南駅とヴェネチア・サンタ・ルチア間に運転区間が短縮された。

 

 

  編成例(書籍内イラストから)

 

1994〜95年冬ダイヤ 

1等・2等のコンパートメント車、2等オープン座席車(イタリア)、食堂車、途中駅での増解結なし。オーストリアとイタリアの車両のみ。

 

今回は以上です。

 

 

参考資料:

・Die EuroCity-Zuege - Teil 1 - 1987-1993: Europaeische Zuglegenden /Jean-Pierre Malaspina, Manfred Meyer, Martin Brandt

・Thomascook European Timetable/Thomascook

参考ページ:

Datenbank Fernverkehr (Database long-distance trains)

Harrys Bahnen

ページ内写真:Flickr(引用元は写真とセットで明記)