1987年からTEEの後継としてはじまったユーロシティの歴史を振り返っていく企画を立ち上げました。ドイツから取り寄せた、Die EuroCity-Zuege - Teil 1 - 1987-1993: Europaeische Zuglegendenの翻訳を通じて、ユーロシティーの一端を知る、文字通り「備忘録」としたいと思います。

 

まとめの対象ですが、前述の書籍内では1987〜1993年の間に運転開始されたユーロシティを扱っており、その中の列車名ごとに歴史や仕様がまとめられているページとします。書籍の紹介順に倣って、16回目は、マッターホルンを取り上げます。

 

(以下原文訳、一部短縮名称等をブログ筆者で補足)

標高4478mのマッターホルン(モンテ・チェルヴィーノ/モン・チェルヴィン)は、アルプス山脈の最高峰の一つ。そのユニークな形から、スイスで最も有名なランドマークの一つです。

 

1989年5月28日、EC 72/73 マッターホルン号は、ドイツのビジネス都市フランクフルト・アム・マインとスイス南部ヴァレー州の都市ブリーク間を結ぶユーロシティとして運行開始。南行EC73はDB-103形電気機関車が牽引するドイツ鉄道(以下、DB)編成でフランクフルト中央駅発7:41、その後マンハイム、カールスルーエ、バーデン・バーデン、フライブルグ、バーゼル・バディッシャー駅、バーゼルSBB駅(10:43着/11:00発、SBB-Re 4/4 II形電気機関車に機関車交換、方向転換)、オルテン、ベルン(12:10着/12:21発、BLS Re 4/4形電気機関車に交換、方向転換)、シュピーツ、フルティゲン、カンデルステッグ、そして全長14.6kmのレッチュベルクトンネルを通過し、ゴッペンシュタインに途中停車して終着ブリーク着13:59。所要時間6時間18分、走行距離614km、表定速度98km/h(ドイツ区間はさらに119km/h!)という驚異的なパフォーマンスで走破。北行EC72は、EC73と同じ編成を使用してブリーク発15:10。ブリークではミラノ始発のベルン行急行326列車(ブリーク着14:40)をベルンまで併結。その後、ベルン(16:39着/16:50発)、バーゼルSBB駅(18:00着/18:17発)で、フランクフルト中央駅着21:16。

 

1991年6月2日より、マッターホルン号の列車番号がEC100/101に変更され、フランクフルトではなく、ヘッセン州の首都ヴィースバーデン中央駅が始発・終着駅となった。EC101はヴィースバーデン発7:32、マインツ、ヴォルムス中央駅に途中停車しマンハイム着8:24、マンハイム以南は以前の時刻表位置でブリーク着13:59。北行EC100はブリーク発15:01でマンハイムまではEC101と同じルートを走行、マンハイム以北では、マインツ、コブレンツ、ボン、ケルン、デュッセルドルフ、デュイスブルク、エッセン、ボーフムを経由して新しい終着駅ドルトムント中央駅着翌日0:20となった。EC100/101は他のインターシティと編成を共通運用していたため、マッターホルン号の始発・終着駅が異なる運転区間となった。(ここまでのルートで1日目)、2日目以降の編成ローテーション内容は次の通り。

 

2日目: IC 723 マインフランケン号 ドルトムント中央駅発5:40→ミュンヘン中央駅着13:36 → IC 726 ローレライ号 ミュンヘン中央駅発14:18→ハノーファー中央駅着23:59

 

3日目:IC 908 マルク・ブランデンブルク号 ハノーファー中央駅発5:49→ベルリン中央駅着10:27 → IC 605 ストルツェンフェルス号 ベルリン中央駅発12:41→カールスルーエ中央駅着22:58

 

4日目:IC 604 ストルツェンフェルス号 カールスルーエ中央駅発6:59→ベルリン中央駅着17:17

 

5日目:IC 501  ハインリヒ・デル・レーヴェ号 ベルリン中央駅発6:41→バーゼルSBB駅着18:45 → IC 570 ブライスガウ号 バーゼルSBB駅発19:15→フランクフルト中央駅着 22:18、その後編成は列車30101としてヴィースバーデンまで回送

 

そこからいよいよ循環6日目はマッターホルン号(EC101)としてヴィースバーデン発でブリークに向けて運転された。なお、1993年5月23日からのEC100/101との共通運用には、ユーロシティ レーティア号(EC103 ドルトムント〜クール、EC102 クール〜ドルトムント)、IC501 マリー・ルイーズ・カシュニッツ号(ベルリン中央駅〜バーゼルSBB駅)、IC 600 バーデニア号(バーゼルSBB駅〜ヴィースバーデン中央駅)が加わっていた。

 

1994年5月29日から、マッターホルン号は完全にSBB編成(DBのBm235を除く)に変更され、EC100の終着駅がドルトムントからヴィースバーデン中央駅(21:31着)となり、ヴォルムスとマインツも途中停車駅に加わった。EC101の所要時間にはわずかに変化が見られた。1995年5月28日からは、マインツ以北の運転区間は北行マッターホルン号がEC1000として日曜日のみケルン中央駅(22:59着)まで延長運転された。翌月曜日には、EC1001としてケルン中央駅発6:00で南に向かって発車。1999年夏ダイヤからは、南行の月曜のみ運転ケルン〜ヴィースバーデン間の運転は取りやめられ、EC1001はヴィースバーデン始発として毎日運転となった。一方、北行EC1000は、日曜日夕方のケルン延長運転は続いた。そのためケルン到着後、夜間に回送列車76101としてヴィースバーデンに移動。効率を追求するあまり、路線の端に非論理性が潜んでいた...。

 

2002年12月15日からは大きな変化を迎えた。この日からマッターホルン号はユーロシティ ヴェルディ号の列車番号を引き継ぎ、EC4/5となり、編成担当もDBに戻り、運行ダイヤも変更された。EC5はDB-101型電気機関車の牽引でヴィースバーデン中央駅発5:24で、バーゼルSBB駅着(8:46着/9:04発)、ベルン(10:11着/10:22発)、ブリーク着12:00。北行EC4はブリーク発17:59、ヴィースバーデン着は翌日0:44。

2004年12月12日、ユーロシティ マッターホルン号は、スイスとドイツ北部・東部とを結ぶICEネットワークに組み込まれ、ICE1電車を使用。ユーロシティの時代を終えたが、その後もICE4/5として、ヴィースバーデン〜ベルン間で運行され、所要時間が15分ほど短縮された。

 

 

  編成例(書籍内イラストから)

1991〜92年冬ダイヤ 

コンパートメント車(1等・2等)、オープン座席車(1等・2等)

食堂車連結、途中での増解結なし。ドイツの車両のみ。

 
今回は以上です。

 

 

参考資料:

・Die EuroCity-Zuege - Teil 1 - 1987-1993: Europaeische Zuglegenden /Jean-Pierre Malaspina, Manfred Meyer, Martin Brandt

・Thomascook European Timetable/Thomascook

参考ページ:

Datenbank Fernverkehr (Database long-distance trains)

Harrys Bahnen

ページ内写真:Flickr(引用元は写真とセットで明記)