Trans Europ Express(TEE)を、当時のトーマス・クック鉄道時刻表の紙面から振り返る企画です。

 

51回目は、イタリアとスイスを結んだTEEのレマノ(Lemano)号です。

TEE第一弾が運行開始した翌年1958年から四半世紀活躍した歴史のある列車です。同じシンプロントンネル経由のシザルパン(Cisalpin)号と引き合いに出されることが多いのですが、車両担当はレマノ号がイタリア国鉄、シザルパン号がスイス国鉄で、投入した車種については、一足先に運転開始したイタリア国鉄はディーゼル列車、後発のスイス国鉄はTEEで唯一無二の電車列車RAe TEE Ⅱ形と、レマノ号を巡ってイタリアとスイスの個性のぶつかり合いがありました。

 

列車名の由来は?

英語名ジュネーブ湖ですが、日本ではフランス語名レマン湖のほうが通じますね。はい、スイスとフランスにまたがる三日月形の湖です。列車名はこの湖のフランス語に由来します。

 


運行されていた国 イタリア、スイス

 

 

運転時期と区間

 

1958年6月1日 〜   1982年5月22日

ミラノ中央駅 〜 ブリーク 〜 ローザンヌ 〜 ジュネーブ

 

インターシティーに格下げ

 

 

使用された車両、編成

ディーゼル列車

【イタリア】

ALn442型+ALn448型ディーゼル列車

運転開始から活躍していたのはイタリア国鉄のディーゼル列車(ALn442型+ALn448型)。

2両で1ユニットとなる(=固定編成)列車で、増結で2ユニット4連で運転されたこともあるようです。ちなみに形式番号の一桁目4は総括制御可能である記号、二桁〜三桁はその車両の定員を表しています。ということは1ユニットでの定員は42名+48名=90名となります。

1958年から1972年夏ダイヤまでの運行期間で、最速は4時間3分、表定速度は90Km/hで、そこそこの俊足ぶりを発揮できたのは、スイス・イタリア間の機関車付け替え不要のメリットなど、このディーゼル列車の特性をフルに生かした努力が実を結んだ結果です。

 

 

客車

【イタリア】

グランコンフォルト型客車

1972年5月28日から、イタリア国鉄所有である、フィアット社のグランコンフォルト客車が使用されています。写真は牽引機の項目を参照をください。ディーゼル列車時代から大幅に車内アコモデーション向上が図られていますが、一番の目玉がエアコン装備でしたが、導入当時は不調が続き、グランコンフォルト以外のイタリア国鉄客車が運用に入っていたこともあるようです。

編成を構成した客車内訳ですが、コンパートメント車2両、オープン座席車1両、食堂車1両、荷物・電源車1両の5両を基本とし、多客時にオープン座席車1両を増結した編成を1日で循環運用していました。

 

なお、1977年秋に発生した水害による橋梁流出の影響で、1977年12月15日以降しばらくの間は部分的に運転を再開しており、ミラノ〜ストレーザ間はグランコンフォルト形とイタリア国内用の2種客車混合で運行、ドモドッソラ〜ジュネーブ間はスイス国鉄のユーロフィマ客車が運用に入っていたようです。下記写真でいうとオレンジ色がそれに当たります。

 

牽引機

【スイス】

Re420型(Re4/4II)交流電気機関車

TEE専用機がジュネーブ〜ドモドッソラを担当していました。ディーゼル車から客車に切り替えた当時は専用機が足りず、緑色の機関車も運用に入っていたようです。

 

 

【イタリア】

E444型直流電気機関車

ドモドッソラ〜ミラノを担当していました。

 

 

実際の時刻表紙面

1962〜63年冬ダイヤ
GM ジュネーブ発19:40 → ミラノ着23:48
MG ミラノ発9:10 → ジュネーブ着13:23
この頃の列車番号は接続する2都市の頭文字をとって生成されています。ダイヤを見るとわかりますが、ミラノ起点で同一編成が1日で循環する運用が組まれていました。
Cooks Continental Timetable March 1963 より
 
 
1969年夏ダイヤ
15列車 ジュネーブ発13:13 → ミラノ着18:18(※夏時間)
16列車 ミラノ発9:30(※夏時間) → ジュネーブ着12:35
ジュネーブ発時間帯が昼間に変更されていますが、ミラノ発時間帯は「当たり」だったのか、変更されていません。車両運用の影響としてジュネーブへの車内整備の時間が大幅に減っていますが、以降もこの短い折返し時間の運用は続いています。
なお、この紙面には記載されていないのですが、ローザンヌ〜ブリーク間でシオン(Sion)の停車が1969年6月1日から開始されています。
Cook Continetal Timetable August 1969 より
 
 
1975年夏ダイヤ
25列車 ジュネーブ発13:20 → ミラノ着17:20
24列車 ミラノ発8:35 → ジュネーブ着12:28
この紙面には記載されていないのですが、1975年6月1日からローザンヌ〜ブリーグ間でシオンが通過となり、代わってストレーザへの停車しています。この「取引」の詳細は不明ですが、停車駅を増やすことは所要時間を延ばす要因となりますので、シビアにだったと推察します。
Thomas Cook Continental Timetable May 1975 より
 

 

1977年秋に発生した運休
 シンプロン線ドモドッソラとアローナ間で発生した水害による橋梁流出の影響で1977年10月7日〜12月14日の間はレマノ号は全区間運休となっています。同年12月15日以降はドモドッソラ〜ストレーザ間は代替バスで接続しつつ、レマノ号はミラノ〜ストレーザ間(イタリア国内)、ドモドッソラ〜ジュネーブ間(スイス側)それぞれで運行を再開。
 列車番号としては、【ジュネーブ発】12025列車→代替バス→25列車、【ミラノ発】24列車→代替バス→12024列車。通常ダイヤよりも40〜1時間弱程度所要時間が延びていたようです。

 

今回は以上です。

 

すでに取り上げたTEE列車の一覧ページです。こちらもご参考ください!

 

 

 

 

参考資料:

・Cook Continental Timetable、Thomascook International Timetable

・Das Grosse TEE-Buch 40 Jahre Trans-Europ-Express /Jörg Hajt/HEEL 1997年

・Die Geschhichte Des Trans Europe Express /Maurice Mertens、Jean-Pierre Malaspina 2009

参考サイト:TEE、Lemano (train)、イタリア国鉄ALn442-448気動車(ともにWikipedia)

ページ内写真:Flickr の各リンク