Trans Europ Express(TEE)を、当時のトーマス・クック鉄道時刻表の紙面から振り返る企画です。
20回目は、ハインリヒ・ハイネ号(Heinrich Heine)号です。
列車名の由来は?
19世紀に活躍した、ドイツの作家、詩人、文芸評論家、エッセイスト、ジャーナリストとのこと。私は文学に疎いのですが、抒情詩『歌の本』といった大変有名な著作を残されています。
運行されていた国
西ドイツ
運転時期と区間
1978年夏ダイヤから、西ドイツのインターシティーとして運転開始
1979年5月27日〜1983年5月27日
ドルトムント − エッセン − ケルン − フランクフルト
その後、西ドイツ国内のインタシティーに格下げされ、後にユーロシティ−としても運転されている
使用された車両、編成
客車
【西ドイツ】
ラインゴルト型客車
運転開始当初は6両編成だったものの、毎年のダイヤ改正で車両が減らされてゆき、晩年には3両編成となっていたようです。下記の写真はインタシティー時代ながらハインリヒ・ハイネ号のようです。
NAC, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
牽引機
【西ドイツ】
103型交流電気機関車
Steffs88, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
実際の時刻表紙面
1979年、ルール地方からライン川沿いの大都市を結ぶTEE列車が4本同時に新設されました。
そのうちの1本である「ハインリヒ・ハイネ(Heinrich Heine)」号は、同区間を走る「ゲーテ(Goethe)」号と対をなすダイヤ構成で、両都市間を朝・夕でそれぞれ逆方向に運転していました。
具体的には、TEE「ハインリヒ・ハイネ」号が早朝にフランクフルトを出発し、TEE「ゲーテ」号がドルトムントを出発。
夕方には出発方向が入れ替わり、まさに双方向システムと呼べる運行形態でした。
この方式は、のちにユーロシティ(EuroCity)設定時の運行コンセプトにも引き継がれています。
また、運転日にも特徴がありました。
1980年以降は6〜8月の夏期に運休となり、さらに1982年9月以降は、
-
ドルトムント発:金曜のみ運転
-
フランクフルト発:月曜のみ運転
という、TEEとしては極めて異例の週1往復運転となっていました。
この背景には、同区間で運行されていた「ルフトハンザ・エアポート・エクスプレス(Lufthansa Airport Express)」の設定が影響していたとみられます。
e Mondays to Fridays (not June 1-Aug.31)
今回は以上です。
参考資料:
・ThomasCook International Timetable September 1980
・Das Grosse TEE-Buch 40 Jahre Trans-Europ-Express /Jörg Hajt/HEEL 1997年
参考サイト:TEE、インターシティー(ドイツ)、ハインリヒ・ハイネ、Heinrich Heine (train)(ともにWikipedia)、welt-der-modelleisenbahn.com
ページ内写真:Flickr の各リンク
カバー画像:Deutsche Bahn AG, converted by , Public domain, via Wikimedia Commons


